理想の防具
「ははっ、すごいじゃないか! 苦労して素材を取りに行った甲斐があったな!」
「うん! ガイ君と、テレサちゃんと、この剣があれば、私、どこまでも強くなれる気がする!」
サクラの瞳は自信に満ち溢れ、キラキラと輝いていた。その姿を見て、俺もテレサも自分のことのように嬉しくなった。
しかし、その一方で俺は新たな懸念に気づいていた。
俺は思わず声をかける。
「サクラ、ちょっといいか」
「ん? どうしたのガイ君?」
「その防具……まだ初期装備のままだろ」
俺の指摘に、サクラはきょとんとして自分の胸当てや腕当てを見下ろした。それは、このゲームを始めた時に誰もが身につけている、粗末な革製の防具だった。俺自身も似たようなものだ。
「えっ? あ、うん。そういえば……」
「武器の攻撃力は飛躍的に上がったが、防御面が全く追いついていない。もしかしたら一撃で戦闘不能になる可能性もあるぞ」
実際、サクラの立ち回りは格段に良くなったが、その分より強力なモンスターと戦う機会が増える。そうなれば、被弾のリスクも当然高まる。
今のサクラは、まさに「諸刃の剣」のような状態だった。
「それはガイっちも同じでしょ。ペラペラの防具じゃ見てるこっちが心臓に悪いわよ」
隣で聞いていたテレサが、呆れたように腕を組む。テレサの言う通りだ。
カウンタースキルを最大限に活かすためには、圧倒的な防御力が不可欠だった。
スキルである程度ダメージは抑えらえるようになったものの、さすがに初期防具では不安が残る。
「……だな。よし、テレサ。また頼みがあるんだが」
「はいはい。どうせ防具のことでしょ? 分かってるって!」
テレサは得意げにニッと笑うと、ポンと胸を叩いた。
「武器はあたしの専門だけど、防具のことなら、もっとすごいプロフェッショナルがいるのよ。あたしの親友なんだけど、紹介してあげる!」
俺たちはテレサに連れられ、ルンベルクの職人街の一角にある、とある工房を訪れた。そこはテレサの工房とは違いなめした革の香りと、色とりどりの布地が壁を埋め尽くす、明るく開放的な雰囲気の場所だった。
「おーい! エレノアっちー! いるー?」
テレサが工房の奥に向かって呼びかけると、作業台の陰からひょこっと一人の女性が顔を出した。
「んー? なんだいテレサっち、騒々しいねぇ。……おや、お客さんかい?」
額に上げたゴーグル、オイルで少し汚れた快活な笑顔、そして動きやすそうな革の作業着。いかにも職人といった出で立ちの彼女は、テレサとよく似た、太陽のような雰囲気を持っていた。
「この子が防具職人のエレノアだよ。こっちはガイっちとサクっち!」
「どうも! エレノアだよ! テレサっちの友達なら大歓迎さ! で、今日はどんな用だい?」
エレノアはカラッとした笑顔で俺たちを迎えてくれた。俺は早速、サクラと自分の防具を作ってほしい旨を伝えた。
「なるほどね! 新しい防具の新調かい! いいねいいね、あたしの腕が鳴るよ!」
エレノアはまずサクラに向き直り、その体つきや立ち姿をプロの目でじっくりと観察する。
「サクラちゃんは……アタッカーだね? しなやかな動きをするタイプと見た。だったら、金属鎧より、動きやすさを重視したレザーアーマーの方がいいだろうね。革を使った軽くて丈夫なやつ、どうだい?」
「は、はい! お願いします!」
サクラの希望を的確に汲み取った提案に、俺も感心する。
問題は、俺のほうだった。
「さて、それじゃあガイ君は……っと。君は後衛かい?」
「ああ。俺は後衛で、デバッファーだ」
「へぇ、デバッファー! 面白いね! なら、ローブ系で魔法耐性を上げた方がいいかな?」
「いや、違うんだ。俺の防具は、かなり特殊なものを頼みたい」
俺は一呼吸置いて、自分の要求をはっきりと伝えた。
「攻撃に関する性能は、完全に捨ててくれて構わない。ATKがマイナスになってもいい。その代わり、ただ一つ……物理、魔法、属性、あらゆる攻撃に対するダメージを、極限まで軽減できる防具が欲しい」
俺の言葉に、エレノアは目を丸くして固まった。
「……え? ちょ、ちょっと待って。火力を、完全に捨てる……? そんなオーダー、あたし初めて聞いたよ!?」
無理もない。普通、プレイヤーは少しでも高い攻撃力を求めるものだ。自ら火力を捨てるなど、正気の沙汰とは思えないだろう。
隣で聞いていたテレサが、ニヤニヤしながらエレノアの肩を叩いた。
「でしょー? だから言ったじゃん、ガイっちは面白いんだって。ガチのデバッファーだから、普通じゃないのよ」
「いやいや、面白いとかそういうレベルじゃないよ! でも……なるほどねぇ……」
エレノアは驚きながらも、その瞳に俄然、興味の光を宿らせていた。職人としての好奇心を、俺の無茶な要求が激しく刺激したようだった。
「どうして、そんな極端な防具が欲しいんだい? 理由を聞かせちゃくれないかい?」
「俺の役目は、敵を弱体化させて、サクラが戦いやすい状況を作ることだ。そのためには、俺自身が敵のあらゆる攻撃を受け続けても倒れない、絶対に沈まないようにする必要がある。補助役が先に死ぬわけにはいかないからな」
俺は自分のプレイスタイルと、カウンタースキルという戦術の核について説明した。敵の攻撃を受け、それを引き金にデバフをばら撒く。その為には、一撃で沈むような脆い装甲では話にならないのだ。
「なるほどね……! 敵の攻撃すらも自分の力に変える……最高じゃないの、そのコンセプト! 面白い! めちゃくちゃ面白いよ、ガイ君!」
エレノアは手を叩いて大笑いすると、完全に職人の顔つきになった。
「分かった! その無茶なオーダー、あたしが最高の形で実現させてあげる! でもね、ただ硬いだけの金属鎧じゃ、君の求める理想の防具は実現できない。物理だけじゃなく、魔法の耐性も高めないとね」
「何か、特別な素材が必要になるのか?」
「その通りさ!」
エレノアは悪戯っぽく笑うと、一枚の古い地図を広げた。
「君の理想を形にするには、『妖精の糸』と『守護樹の樹皮』っていう、二つの素材が必要になる。どちらもあらゆるダメージを吸収し、魔法耐性が高いという性質を持ってるんだ」
「妖精の糸と、守護樹の樹皮……」
「そう。そして、その二つが手に入る場所は、この世界に一箇所だけ。ルンベルクのはるか南に位置する、霧深き『妖精の森』さ」
エレノアが指差した地図の一点には、神秘的な森の絵が描かれていた。
「ただし、気をつけて。妖精の森は、その名の通り、気まぐれでトリッキーな妖精族のモンスターが多い。力押しだけじゃ、絶対に素材は手に入らないよ。彼らを納得させられるだけの『何か』が必要になるだろうね」
挑戦的なエレノアの言葉に、俺の心は燃え上がっていた。
最高の防具。そして、一筋縄ではいかない新たなダンジョン。冒険の匂いがぷんぷんする。
「分かった。その素材、俺たちが必ず手に入れてくる」
「うん! 私も行く! ガイ君の防具のためだもん!」
サクラも力強く頷く。
すると、話を聞いていたテレサも「面白そうじゃん!」と目を輝かせた。
「あたしも行く! エレノアの素材集め、手伝ってあげる! その代わり、あたしの分の素材もゲットさせてもらうからね!」
「ははっ、頼もしいな」
エレノアは満足そうに頷くと、俺たちを力強く送り出した。
「それじゃあ、頼んだよ、みんな! 素材が手に入ったら、すぐにこの工房に持ってきておくれ! あたしは最高の設計図を用意して、君たちの帰りを待ってるからね!」
新たな目的を胸に、俺たち三人は工房を後にした。
期待に胸を膨らませ、俺たちは神秘の森「妖精の森」を目指し、再び冒険の旅へと足を踏み出すのだった。




