サクラの武器
今日は一旦切り上げ、ルンベルクの町に戻ることになった。
結局VITを上げる方法は不明のままだったが、新たなスキルを習得できたお陰で結果的に耐久力が上がったといえる。
「ふぅ……なんだか、どっと疲れちゃったね」
「ああ。作業だったけど地味に疲れた」
精神的にも妙に疲れがある。不慣れな検証をしたせいだろうか。
「それじゃ、今日はこの辺で一度ログアウトしようか。明日にはもしかしたらテレサから連絡が来てるかもしれないし」
「うん、そうだね。私もそうする」
俺たちは町の中心広場、セーフティエリアの中でも特に人の往来が多い場所で立ち止まった。
「それじゃあ、また明日な、サクラ」
「うん。また明日、ガイ君。……あのね」
「ん?」
サクラは何かを言いかけて、少し躊躇った後、ふわりと微笑んだ。
「ううん、なんでもない。またね!」
「ああ、またな
サクラがメニュー画面を操作し、その姿が光の粒子となって消えていくのを見届けてから、俺もログアウトボタンを押した。
意識が現実へと引き戻される感覚と共に、長い一日が終わった。
そして翌日。
俺は準備を終えてから部屋に駆け込み、VRヘッドギアを装着した。
「よし……ログイン!」
視界が光に満たされ、次の瞬間には、昨日別れたルンベルクの町の広場に立っていた。ゲーム内の時間は昼過ぎのようで広場は多くのプレイヤーやNPCで賑わっている。
「さて、まずは……」
俺は真っ先にフレンドリストを開き、サクラとテレサのログイン状況を確認した。サクラはまだオフラインのようだ。
一方、テレサの名前の横には、緑色のオンラインマークが灯っていた。
「お、テレサはログインしてるな。もしかして……」
期待を込めてメッセージを送ろうとした、その時だった。
『ガイっち! ログインした!?』
まさにそのテレサから、タイミングよくメッセージが届いたのだ。文面から興奮が伝わってくる。
『ああ、今ログインしたところだ。どうした? もしかして、できたのか?』
『ふっふっふ……。百聞は一見に如かず、ってね! 今すぐあたしの工房まで来て! 最高の逸品を見せてあげる! 場所はマップに印つけておくからそれ見て!』
やはり完成したらしい。
俺は逸る気持ちを抑え、マップを見ながらテレサが居る場所へと急いだ。
工房の扉を開けると、昨日よりもさらに強い熱気と共に、満足げな表情で汗を拭うテレサの姿が目に飛び込んできた。
「よぉ、待たせたな」
「いらっしゃい、ガイっち! よく来たね! おっ。サクっちもログインしたみたいだね」
テレサは「こっちこっち!」と手招きし、工房の奥にある特別な作業台へと俺を案内した。
作業台の上には、一本の美しい剣が、まるで芸術品のように鎮座していた。
それはこれまで俺がゲーム内で見てきたどの剣とも違う、洗練されたフォルムをしていた。
刀身はミスリル鉱石をベースにしているためか、吸い込まれるような深い黒色をしている。しかし、光の角度によって、まるで夜空の星々のように、微細な銀色の粒子がキラキラと輝いて見えた。無駄な装飾は一切ないが、そのシンプルさが逆に、武器としての機能美を際立たせている。
「……すごいな、これ」
思わず感嘆の声が漏れた。
素人目に見ても、これがただの武器ではないことは明らかだった。
「でしょー!? あたしの最高傑作、『黒曜の星屑』だよ!」
テレサは自分の作品を前に、誇らしげに胸を張った。
「サクっちの戦い方と、ガイっちのデバフを想定して、とことん性能にこだわったんだ。詳細、見てみなよ!」
テレサが言うままに、俺は剣の詳細情報に視線を落とす。
そこに表示されていたのは、俺の想像を遥かに超える、驚愕の性能だった。
詳細を見てみると、驚愕の性能だった。
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【武器】オブシディアン・スターダスト
ATK:425
・STR+10
・スキルダメージ+20%
【固有アビリティ】弱点看破
対象が弱体効果を受けている場合、
1つにつき与えるダメージが20%増加する。(最大100%)
製作者:テレサ
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「なっ……!?」
俺は思わず息を呑んだ。
まず、ATK425という数値。俺が昨日まで見てきたどの武器よりも圧倒的に高い。これだけでも破格の性能だ。
さらに、STR上昇とスキルダメージアップ。手数と決定力を両立させる理想的なアビリティ構成だ。
だが俺が何よりも衝撃を受けたのは、三つ目の固有アビリティという存在。
「相手がデバフ状態の時、ダメージが20%増加……」
これはもはや俺たちのために作られたと言っても過言ではないアビリティ構成だ。
俺がデバフをかければかけるほど、サクラの攻撃力は飛躍的に増大する。俺の存在が、サクラの剣をさらに鋭く、さらに強力なものへと昇華させるのだ。
「どう? すごいでしょ! 特にこだわったのが、その固有アビリティなのよ!」
テレサは俺の反応を見て、してやったりと笑う。
「ガイっちのデバフと組み合わせれば、サクっちはとんでもないアタッカーになる。あたしが保証するわ!」
「すごい……すごいなんてもんじゃない。テレサ、お前は天才か……」
「えっへん! もっと褒めていいのよ?」
俺が本気で感嘆していると、工房の扉がゆっくりと開いた。
「あのー……テレサちゃん、いる?」
顔を覗かせたのは、ログインしたばかりのサクラだった。
「おっ。サクラじゃないか。よくここが分かったな」
「ログインした時に、テレサちゃんが教えてくれたの」
「サクっち! いらっしゃい! ちょうど今、完成したところだよ!」
「えっ、本当!?」
サクラは駆け寄ってくると、作業台の上に置かれた剣を見て、ぴたりと動きを止めた。
その瞳が、夜空の星を映したようにキラキラと輝き出す。
「きれい……」
サクラはうっとりと呟き、震える手でそっと剣に触れた。
「私の……剣……」
「そうだよ。サクラっちだけの、特別な剣」
テレサが優しく微笑む。
サクラは剣を手に取ると、その場で軽く振ってみせた。黒い刀身が、しゅっと風を切る音を立てる。
「軽い……! それに、すごく手に馴染む……!」
「サクラっちの体格と戦い方に合わせて、重心を徹底的に調整したからね。きっと、今までのどの剣よりも扱いやすいはずだよ」
「うん……! すごい……! ガイ君、テレサちゃん、本当に……本当にありがとう!」
サクラは満面の笑みを浮かべ、心から嬉しそうに俺たちに頭を下げた。その笑顔は、どんな報酬よりも価値があるように思えた。




