元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(9)古代金竜の乱入
「おいジョウ」
ドンちゃんがイチノジョウに訊いた。
「喰って良いか?」
「良いけど」
イチノジョウがじっと黒猫を見つめた。
その間に赤い数字がカウントダウンを止めたのだが、あれってご都合主義的な力が働いているよな?
あーうん。
こいつ女神プログラムを使って臨時クエストを提示できるんだからカウントを自由に止めたり動かしたりしてもおかしくないよな。
「その弱体化の鈴をドンちゃんに食べさせるのは構わないけど」
イチノジョウが困ったように眉を寄せた。
「それよりもっと厄介な物を首に付けているんじゃない? 僕、それも何とかすべきだと思うよ」
「ニャー(ああ)」
と、黒猫が視線を落とす。
「ニャ?(こいつに気づいたか。さては鑑定の能力か?)」
「いや鑑定の能力じゃないけど呪物の類はわかるんだよね。これでも割と経験豊富だから」
「ニャン(そうか)」
「あーその首輪は不味そうだな」
ドンちゃん。
彼は露骨に顔を顰めた。
「よく見るとすげぇ混沌としてやばそうな上に毒々しい色味の魔力が見えるぜ。しかも注意深く観察しねぇとわかんねぇように偽装までしてやがる。ぱっと見は美味そうなのによぉ。これ誰にやられた?」
「ニャ(知らん)」
「へぇ」
イチノジョウが黒猫を見つめている。
何かを言いかけて彼は止めた。
はぁっとため息をついてからドンちゃんに声をかける。
「弱体化の鈴だけ食べてね。間違っても呪物を口に入れたら駄目だよ」
「俺様がそんなヘマするかっつーの」
ドンちゃんが宙を舞って黒猫の頭の上に降りた。
「んじゃ、早速」
嘴をがばっと開く。
黒猫の首にあった鈴だけが光に包まれた。
あっという間に光の粒子となってキラキラと煌めきながらドンちゃんの口へと吸い込まれていく。
「わぁ、リビリシアの意思もアレなことさせるなぁ。あの首輪って完全にあの子の仕業だよね。あれ下手すると一生猫のままだよ」
イチノジョウが小声で何か言っているがその声は小さ過ぎて俺には全く聞こえない。
でも口は動いていたから何かを言っていたんだろうな。何かはわからんが。
光の粒子の最後の一粒まで口に入れるとドンちゃんは「食事」を終えた。
黒猫の頭の上からイチノジョウの頭の上へと飛び移る。
身を落ち着かせるとドンちゃんは盛大にゲップをした。
「ちょっとドンちゃん止めてよ」
「いいじゃねぇか、ゲップくらいさせろ」
「もう、品がないなぁ」
イチノジョウの眉尻がさらに下がった。
こうしているとただの気弱キャラに見えるのになぁ。
けど、こいつそういうキャラを演じていただけみたいだし。
つーか、管理者だとバラしてから俺たちに対する口調がちょい変わってるし。
こっちが本来のイチノジョウか?
いや、もしかしたらこれも演技かも。
うーん……。
ま、いいや。とりあえずイチノジョウのことは脇に置いておこうっと。
それよりもラ・プンツェルだ。
赤い数字もカウントダウンを再開してるしな。
黒猫が素振りで猫パンチをしている。
「ニャ(ふむ)」
数回体の向きを変えながら素振りの猫パンチを放つと黒猫は俺に振り向いた。
「ニャー(おい小僧)」
「ん?」
「ニャニャー(初手は俺がやる。邪魔するなよ)」
「……」
おっと、黒猫がやる気だ。
さては弱体化の鈴が外れて気合いが入るようになったせいで調子に乗ってるな。
でもまあ、そうだとしても別にいいか。
「好きにしてくれ」
「ニャ(おう)」
赤い数字が5を過ぎた。
ラ・プンツェルが何かを唱えている。
これは……呪文?
空中で硬直したラ・プンツェルの身体が赤い光の粒子に包まれる。
「ありゃー、ラ・プンツェルの奴いきなり範囲攻撃する気だ」
イチノジョウ。
その右肩でパンちゃんがすやすや眠っている。
かなり無理な体勢なはずなんだけどあれでよく眠れるなぁ。
ほいでドンちゃんはというとじいっとラ・プンツェルを見てる。
嘴からは……涎?
あっ、俺ドンちゃんの考えてることわかった。
ラ・プンツェルのあの魔力を喰いたいんだ。
「じゅるっ」
「わぁ、ドンちゃん! 涎なんて垂らさないでよ。汚い」
「俺様の涎は汚くないぞ」
「いや汚いから」
「ちっ、ジョウはわかってねぇなあ。俺様の涎は超高濃度の魔力と極めて純度の高いエーテルをふんだんにブレンドしたようなそれでいてフルーティーな風味を香らせているすっげぇレアリティの高い、そうまるで命の水と呼んでも過言じゃねぇ(以下早口で涎が汚くない理由を言っているが早口過ぎてよく聞こえない)」
「何一つとしてわかりたくないよ。というか意味不明だからもう喋らないで」
カウントが残り2になった。
シュナが聖剣ハースニールを構え、その刀身に雷を走らせる。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ……。
その右肩に現れる儚げな少女の姿をした精霊。
ラ・ムーだ。
こいつはどうやら元悪魔だったようだが今は精霊として存在している。
一体どういう経緯で悪魔から精霊になったのか謎だがひとまずその解明も保留だ。少なくとも今はこっちの味方なんだから良しとしようじゃないか。
イアナ嬢も空を見上げて構えに入っている。クイックアンドデッドの構えだ。
目つきがめっちゃ悪い。極悪人のようだ。
あれは間違いなく五歳児が泣く。号泣レベルだ。引きつけも起こすかもしれない。
とか思ってたら円盤が飛んできた。こいつ俺に威嚇してからまた構えに戻りやがった。
「失礼なこと考えてる暇があったらあんたも攻撃態勢をとりなさいよ」
「……」
うん。
きっとイアナ嬢の方が正しいんだろうけど何かムカつくな。
後で寝ているところに忍び寄って額に「凶暴」て書いてやろう。うんそうしよう。
て思ってたらまた円盤が飛んできた。何故考えていることがバレた。
俺から少し離れた位置でギロックたちが身構えている。
ジュークは万能銃のバンちゃんを抜いて魔弾を装填してる。あの魔力量はかなりの攻撃魔法が込められているな。
ニジュウはドラゴンランスのドラちゃんを空中待機。
そして……あれ弓?
こいつ弓なんて持ってたか?
「ニャ(あれは魔法狩人とかってのを倒した時に入手した物だな)」
「ああ、あのドラちゃんで一撃だった……」
あいつ、何しに来たんだろうね。いやまあ攻撃しに来たんだろうけど。
つーか、やっぱりあんまり絡まなかった敵は駄目だね。
後で思い出しても印象薄いから「そういやそんなのいた」レベルで泊まってるよ。
ま、思い出せただけでもマシかもだけど。忘却の彼方って奴もいるんだろうなぁ。忘れちゃってるから誰のことかはもうわかんないけどさ。
それよりもニジュウの弓だ。
全体的にピンク色で何となくファンシーな感じのする弓だ。お子様にしか見えないニジュウが持っても違和感のないサイズだから大きさはそれほどでもない。
貴族の女児がお遊びに使っていたとしても変ではないはずだ。そのくらいお子様向きのデザインである。
「……」
て。
あれ、矢は?
俺の疑問に気づいたらしい黒猫が答えた。
「ニャー(矢の代わりに魔力を使うみたいだぞ)」
「へぇ」
つまり射手の魔力を矢にするってことか。
こりゃ、ニジュウの攻撃手段が増えていいかもな。
赤い数字がとうとう1になった(めっさカウントがゆっくりだがそれについては放置)。
俺は収納から銀玉を射出する。
大量の銀玉を空中で待機させた。
それと同時に腕輪に魔力を流す。
チャージ。
ダーティワークを発現させた状態で軽く両拳を打ち鳴らした。
黒猫じゃないが気合いが入るな。
早口のダミ声があたりに響く。
シーサイドダックだ。
そして、呪文詠唱をするシーサイドダックの横にはシャルロット姫をお姫様抱っこしたプーウォルト。
黄色い熊の仮面をしているというのに困惑顔なのがよくわかる。むっちゃ困っているのが丸わかりだ。
どうしていいかわからないんだろうなぁ。
「シャリ、本官ではなくあっちの竜人……アミンと一緒にいた方が良いのではないか? 本官はこれから戦闘をせねばならんのだぞ」
「私も戦うでふ」
「いや、しかしだな」
「私も熊さんやアヒルさんと戦うでふ」
「非常に危険なのだぞ?」
「戦うでふ」
「ね、ねえ」
アミンが近づいて話しかけてきた。
「その熊さんは肉弾戦をするからあなたとは戦えないわよ。邪魔になるといけないからアミンと一緒にいない?」
「私、邪魔でしゅか?」
「……」
「……」
悲しそうな顔をするシャルロット姫にプーウォルトとアミンが何も言えなくなってしまう。
てか、またカウントが止まってるし(あ、ついつっこんじゃったよ)。
あれか、空気を読んでいるのか?
とか俺が思っていたら赤い数字が0になった。おい。
ラ・プンツェルの真横に突如現れる疾風の魔女ワルツ。
あいつまた姿を消して超絶長い呪文を唱えていやがったな。
範囲攻撃をしようとしていたラ・プンツェルにあの究極魔法が炸裂する。
「究極魔法、ダイソン……」
「させぬわっ!」
魔法が発動する刹那、悪魔の顔を模した目が光ってワルツを吹き飛ばした。
発動を中段させられた究極魔法が光の粒子を残しながら魔力を霧散させる。
ニヤリ。
ラ・プンツェルが不敵に嗤い、先端に一つ目がある触手をワルツへと伸ばす。
一本や二本ではない、何十本もだ。しかも取り囲んでいる。
そして、一斉に放たれた光線がワルツを蜂の巣にした。
**
臨時クエストとなった対ラ・プンツェル戦の開始直後、姿を隠して超絶長い呪文の究極魔法を発動させようとした疾風の魔女ワルツがその究極魔法を阻まれた挙げ句返り討ちに遭った。
触手の光線で蜂の巣にされたワルツの姿がキラキラと光の粒子を残しながら消えていく。
「……」
て。
あれ、これ、前のやられ肩と違くね?
そう俺が思っているとラ・プンツェルが微笑んだ。
「ふふっ、そなたの魔力も無念さも妾が糧としてやるぞ。有難く思うがよい」
しかし、悠長にラ・プンツェルのお食事を眺めている俺たちではなかった。
つーか、ラ・プンツェルがワルツの魔力やら何やらを食べているこの隙を逃す手はない。
「シャーッ!(究極奥義、深山脈気合猛虎疾走)」
「トゥルーライトニングファイナルブラスト!」
「クイックアンドデッドォ!」
「激流葬(デスフラッド!)」
「ドラちゃん発射、さらにクレシェントで連射!」
「オラオラッ! ウチの魔法もあるぜこのあばずれがぁっ!」
黒猫、シュナ、イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、そしてシーサイドダック。
黒猫が気合いを込めて放った猫パンチが強烈な光弾となってラ・プンツェル目掛けて飛んでいく。
シュナが振り上げた聖剣ハースニールから膨大な放電量の雷撃が走る。
イアナ嬢が魔力操作する四枚の円盤が光の速さでラ・プンツェルを襲う。
ジュークの万能銃から撃ち出された水の最上級攻撃魔法が文字通り激流となってラ・プンツェルを飲み込む。
ニジュウのドラちゃんことドラゴンランスが魔力操作で空を疾走し、さらに彼女の魔力を矢に変えた弓による連続攻撃がラ・プンツェルに撃ち込まれる。
そして、シーサイドダックの展開した魔方陣から黒光りする雷がラ・プンツェルを狙う。
「……」
て、おい。
幾ら相手が魔王級と目されるやばい奴だとしてもこの同時攻撃はないだろ。
連携とか考えろよ。
轟音となって爆音があたりに響き、爆煙が重力を無視した激流に流されていく。
あまりの無茶苦茶なエネルギーの一点集中によって空間が歪んだ。飲み込まれるように爆発の熱も水蒸気の煙もどこかへと消えていく。
少しの間その所在を失っていたドラゴンランスのドラちゃんが微かに光りながら中空に現れた。
イアナ嬢の円盤は消失したままだ。
ラ・プンツェルは……。
「ふふっ、こんなものかのう」
無傷で空中に浮かんでいるアルガーダ王国の災厄。
その額に装着された悪魔の顔を模したサークレットの目が妖しく赤く光る。
俺は待機中の銀玉を全てラ・プンツェルにぶつけた。
サウザンドナックル。
「ウダダダダダダダダダダダダダダダダッ!」
大量の銀玉が四方八方からラ・プンツェルを攻撃する。
……はずだった。
「ククク、学習しない奴よのう」
ラ・プンツェルは見えない壁に守られていた。
彼女を取り囲む見えない壁は俺の銀玉を全て跳ね返している。鉄壁だった。
そして、黒猫たちの攻撃を全て防いだのもこの見えない壁によるものらしい。
あ、うん。わかってるよ。
これ、最初にあのドモンドとかいう竜人と一緒に俺たちを襲ってきた時と同じだよな。
つまり、あの見えない壁を突破しないとラ・プンツェルにダメージを与えられない、と。
くっ、俺が第一級管理者の力を使えていたら……。
きっとあの馬鹿げた防御も無効にできるのに。
「おや、もう攻撃は終わりか?」
ラ・プンツェルが俺たちを挑発する。
その顔が余裕の笑みを浮かべていた。
「ほれほれ、妾は丸腰だぞ? 魔法を撃つなり物理で攻めるなり好きにして良いのだぞ?」
「ニャー(こ、こいつ嘗めやがって)」
「もう一撃試すか? いや、それでもし駄目だったら……」
「あたしのクイックアンドデッドが完璧に発動できていれば……あと二枚はいけるはずなのよ。それなのに」
「ジューク、さっきのより強力な魔法弾持ってない」
「ドラちゃん壊れなくて良かった。うーん、クレシェントもっと使いこなせないとまずいかも。要練習」
「わぁ、マジでムカつくな。つーか、あんなんどうやって倒すんだよ」
黒猫、シュナ、イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、そしてシーサイドダック。
ラ・プンツェルに一斉攻撃を仕掛けた全員がその防御力に衝撃を受けていた。
それでもさらに攻撃を加えようとしている者、あるいは早くも打つ手を失っている者と様々だがこの場から撤退しようとする者は一人もいなかった。
というかイアナ嬢。
お前、この土壇場でクイックアンドデッドの能力向上(使える円盤の枚数増加)を期待してないよな?
そんな都合良くいかないと思うぞ。
て、俺が思っていたら……。
『確認しました』
『イアナ・グランデの能力「クイックアンドデッド」の熟練度が規定値に達しました』
『魔力操作による円盤の制御可能な枚数が一つ増えます』
「あ、クイックアンドデッドの熟練度が上がってる。わぁ、もう一枚円盤を操れるようになったわ♪」
「……」
おい。
とことんご都合主義かよ。
この世界、色々と甘くないか?
「ありゃ、もうちょっと頑張れば一枚じゃなく二枚追加だったのに」
「イアナさんって、そういうとこありますよね」
「……」
何やら管理者と精霊王が言っているが聞こえない聞こえない。
つっこみたくない。
うん、聞こえなかったことにはつっこむことないよな。無視無視。
んで、そんな俺の耳はまた別の会話を拾ってしまう訳で。
「うぬぬ、本官も攻撃できていれば」
「いや無理でしょ。そもそも空飛べるの?」
「熊しゃん、アヒルしゃんにお空飛べるようにしてもらうでふ」
「ポゥ」
プーウォルト、アミン、シャルロット姫、そしてポゥ。
こいつらちょい俺たちから離れて観戦しているんだよなぁ。
やっぱシャルロット姫を戦いに巻き込めないしそれは仕方ないんだろうけど、プーウォルトはどうも空中の敵に攻撃できないらしいしアミンはアミンで攻撃よりも回復の方が得意……というか回復役なので今のところとりあえず後ろに下がっているしかないんだよね。やむなし。
そんな事情を知ってか知らずかラ・プンツェルがプーウォルトに声をかけた。
「おや、そなたは妾とは戦わぬのか?」
「ぬ」
ラ・プンツェルに軽く嗤われプーウォルトが唇を噛む。
シャルロット姫が目を吊り上げた。
「熊しゃんは出番を待ってるだけでふ」
「出番?」
聞き返してきたラ・プンツェルにシャルロット姫は自慢げに答える。
「そうでしゅ。熊しゃんはしゅっごく強いから最初から戦うと皆の出番が無くなってしまうでふ。ヒーローは遅れて参戦するでしゅ」
「いやそんな安っぽい英雄伝みたいなこと言われても」
アミンがつっこむがシャルロット姫はスルーする。
あ、リアさんがプーウォルトのこと視線で殺しかねないくらい睨んでる。恐い恐い。
あれイチノジョウが止めてなければやばかったぞ。
「……」
じいっとシャルロット姫を見つめるとラ・プンツェルは拳をギュッと握った。
悪魔の顔を模したサークレットの目がチカチカと点滅する。
「生まれ変わってもなお婚約者を信じて疑わぬか」
ギリッと音がしそうなほど強く歯ぎしりするラ・プンツェル。
「そして、プーウォルト。そなたは未だシャーリーを想うのだな」
一瞬悲しそうな表情を浮かべるとラ・プンツェルはまた余裕の笑みに戻った。
「だが、今の妾には誰も勝てぬ。妾は無敵の力を持ってマンディの望みを叶えるまでよ」
サークレットの目が光る。
強烈な魔力が放たれシャルロット姫を襲った。その衝撃の激しさで射線上の大地が裂ける。空圧も凄い。
当然シャルロット姫をお姫様抱っこしているプーウォルトやその傍にいるアミンやポゥにも被害が及ぶはずなのだが、彼らの直前で七色の光の壁に阻まれるように魔力が霧散した。
「?」
ラ・プンツェルの片眉が上がる。
魔力攻撃に目を瞑ってしまったシャルロット姫や思わずポゥを捕まえて盾にしようとしたアミンが固まっていた。プーウォルトも動かずにいるがこちらは恐怖というよりシャルロット姫を庇おうとして自身の身体を丸めているため防御姿勢をとっていると呼んだ方がいいだろう。庇い切れてないけどね。
全員ノーダメージである。
「……」
あれは……。
シャルロット姫たちを守っていた七色の光の壁は大小様々な精霊が集まってできた物だった。
それはシャルロット姫を寵愛している闇の精霊王の眷族だけではなく風や水、火、地さらには光りや生命その他の精霊も含めて構成された壁だ。そこらの魔物なら絶対に挑んだりしない類の代物である。
まあ何も考えない頭悪い奴は挑んじゃうかもしれないが。そこまで責任は持てん。
で、またも聞こえてくるあの人たちの会話。
「あーうん、そうだよねぇ。やっぱ守りはちゃんとしているよねぇ。四作目のヒロインは伊達じゃないよねぇ」
「さすが私の姫様。イチノジョウが言っていることはよくわかりませんがあの子がシャーリーの生まれ変わりでしかも私の寵愛を受けている以上滅多なことではやられたりしませんよ♪」
「ただ、本当なら彼女が一七歳の時に『ラ・プンツェルの復活』は起こるはずなんだけどね。あの人が女神プログラムに手を出したせいでいろいろ変わっちゃってるなぁ」
「姫様が可愛ければ全てOKです♪」
「……」
あれだ。
管理者と闇の精霊王が何か言ってるけど俺は何も聞いてないぞ。
「ラ・プンツェルもまさか運命のために滅ぼされていなかったとは思わなかっただろうなぁ。リビリシアの意思に選ばれていると思い込んでるだけにこれはきっついよねぇ」
「姫様こそが最もリビリシアの意思に愛され……いやいやいや、姫様は私が一番愛しているんですからねっ! たとえリビリシアの意思が相手であろうとそこは譲りませんよっ!」
「……」
うん。
こいつらは放っておこう。
よ、よし。ラ・プンツェルとの戦いに集中するぞ!
とか俺が決意を新たにしていると天の声が聞こえてきた。
『お知らせします』
えっと。
まだ何かあるの?
**
『お知らせします』
『ランドの森エリアを囲う特殊結界に高エネルギーによる攻撃が実行されました』
『女神プログラムにアクセス権限のない者による不正アクセスを確認』
『コード5963を発動』
『……』
『不正アクセスの阻止に成功しました』
『再度高エネルギーによる攻撃を確認』
『敵対行動と判断。敵対者への物理的攻撃を要請します』
「……」
何これ?
俺は思わずぽかんとしてしまった。
どっちを見るのが正解なのかわからないがとにかく空を眺めている。
あー、うん。
ケチャもどきが沢山いるね。
ちょっと見ないうちにすんごい数が増えちゃってるよ。
これ、どうしたもんかな。
まあ、こいつらもあの天の声のせいかは知らんが固まっちゃってるんだけど。
「な、何事だ?」
ラ・プンツェルが頓狂な声を上げる。
彼女はあたりを見回した。隙だらけだがあの透明な壁が展開されているであろうことは容易に想像できる。
何かのご都合主義が働いているのかと疑いたくなるくらい全員が戦闘行動を止めていた。
シーサイドダックがはっとして叫ぶ。
「おいおい、これはどういうことだよ!」
黒猫も叫ぶ。
「ニャーッ!(やばいのが来るぞ!)」
二人の声をきっかけに他の者も騒ぎだす。
「えっ? えっ? えっ?」
「グランデ伯爵令嬢、驚いてないで結界張って!」
「これマム? あ、でもマムと違う」
「ドラちゃん空中待機。あ、でもドラちゃんでも対処できないかも?」
イアナ嬢、シュナ、ジューク、そしてニジュウ。
一度はクイックアンドデッドの構えをとったイアナ嬢だが何かを察したのか構えを解いて空を見上げている。
その様子に焦ったシュナがイアナ嬢に結界を張るよう急かすが聞こえていないようだ。
ジュークは近づいてくる魔力からマリコー・ギロックと勘違いしたようであるがすぐに別のものだと気づいたらしい。
ニジュウはドラゴンランスのドラちゃんを空中で待機させておこうとするが察知した魔力の強さからかそれで対処できるか不安になったみたいだ。
「むぅ、このとてつもないプレッシャーは……また新手の敵か?」
「誰か来るんでしゅか? 何だか精霊しゃんたちも慌てているでふ」
「あ、ああ……これって、これって」
「ポゥッ!」
プーウォルト、シャルロット姫、アミン、そしてポゥ。
プーウォルトが空を睨みながら警戒を強めている。
シャルロット姫をお姫様抱っこしたままだが降ろさなくていいのか?
で、そのシャルロット姫だがどうやら精霊たちが「視えて」いるらしい。まあ精霊姫とか言われたりしているから「視えて」いてもおかしくはないんだけどね。
ほいでもって、そっかぁ。
精霊たちも慌てているのかぁ。それはまたすんごいのが現れそうだなぁ。わぁ、めんどい。
アミンは……あいつ、何ビビってるんだ? あとあいつ探知系はそんなに得意じゃなかったはずだよな。そんな奴があんなにはっきり認識できるような相手ってどんだけなんだ?
ポゥは……ま、あいつはいいか。単なるもふもふ担当だし(酷い)。
「わぁ、あの人来ちゃうかぁ。まあある意味運命通りなんだけど」
「この反応は……で、でも確か浮島で眠っているのでは?」
「そだね。けどさぁ、ほらあの人にも運命がある訳だし。それにあの人が庇護下に置いていた竜人も犠牲になっちゃってるしねぇ。そりゃ、知ったら怒るでしょ」
「古代紫竜……じゃなくてラキアさんも庇護の対象に加えていたんですけどね。まあ正式な縄張りとしてはラキアさんではなくあの人が権利を持っているんでしょうけど」
「古代竜にもいろいろ事情があるからねぇ。ほら、あの古代白竜とか」
「それは私の範囲外ですので。というか、あなたもあの大規模討伐に?」
「あ、それはないよ。ほら僕リーエフからお仕事もらってる立場だし。あの時期は別件で他所にいる予定。いやぁ、残念」
「そうですか、あなたがいればジェイさんたちも(以下、ピーと雑音が入る)」
「……」
聞く気はなかったんだけど聞こえちゃったよ。
わぁ、管理者と闇の精霊王が何か訳のわからない話をしているよ。関わりたくねぇ。
つーか、大規模討伐ってあの春先の大規模討伐のことか?
確かにドンちゃんとパンちゃんもついてるんだし(ついてるんだよな?)イチノジョウが参加してくれれば心強かったかもな。まあ不参加ならそれは仕方ないって割り切ることにしよう。リーエフも絡んでる分無闇に関わる悪手は避けたい。
ラ・プンツェルがケチャもどきたちに命じた。
「誰かは知らぬが妾の邪魔はさせぬ! 者共、わかっておるな?」
空中で直立不動のケチャもどきたちが一斉に「イーッ!」と叫びながら右手を突き上げる。
ケチャもどきたちが全員高度を上げた。えっ、俺たちは放置? いいの?
天の声。
『警告! 警告!』
『ランドの森エリアの特殊結界を敵対者が突破しました』
『女神プログラムへの不正アクセスを確認』
『あ、これは(ピィーっと長めの雑音が入る)』
「……」
どうやら俺が皆のことに気を取られている間に事態が悪い方向に進んでしまったようだ。
てか、本当に誰だよ。すげー迷惑。
とか俺が思っていると上空で大きな爆発が起こった。
爆煙が晴れないうちに空間に裂け目ができてそこから金色のドラゴンが姿を見せる。
ただのドラゴンではない。
上空も上空、かなりの高度にいるはずなのにその巨体がはっきりと見える。ということは相当なサイズのドラゴンってことだ。やばい。
ドラゴンなら俺はラキア(古代紫竜)を知っているがあいつはめっちゃ人間寄りだ。理由もなく人間を襲うことはないし結構話せばわかる。つーか、金をちらつかせればめっさちょろい。騙したら後が怖いけどな。
「……」
て。
俺は思わず目を瞬く。
何気に意識を向けた探知による反応のデカさに知らず汗をかいていた。喉がすげぇ渇いている。いやマジでやばいぞこれは。
金色のドラゴンが空間の裂け目から完全に出るとその背中にある巨大な翼を広げた。
その巨体を飛ばすには全く足りないサイズの翼だがそこそこ巨大だ。ただこいつらは魔法や能力で空を飛べるので翼なんて飾りみたいなところもあるのかもしれない。偉い人にはそれがわからないのですよ(ちょいパニクっているため意味不明)。
つーかさ、ドラゴンはドラゴンでもあれって古代金竜だよね。
ん、古代金竜?
ちょい待て、古代金竜ってどっかで聞いたような……。
とか俺が記憶を探っていると物凄い大音量の怒声が轟いた。
大気を震わせ聞く者を威圧するとんでもない咆哮だ。しかも肉声はドラゴンの咆哮なのに俺の頭の中では人間の言葉に翻訳されてやがる。恐ろしい上に便利だな……て、恐ろしくて便利って何がしたいんだよ。
『お前らぁっ、よくも俺の舎弟を殺してくれたなぁっ! この落とし前はきっちりつけさせてやるからなぁっ。覚悟しやがれっ!』
「……」
うわっ、ガラ悪っ。
どこぞの反社会的集団のお兄さんかよ。
五歳児が泣くぞ。
ついでにお前の故郷のお袋さんも泣くぞ。
なんてついつっこんでいたらケチャもどきたちが古代金竜に攻撃を仕掛けた。
それぞれのケチャもどきたちが頭の左右に魔方陣を展開してその中から触手を伸ばしてくる。先端には赤く発光する一つ目。
規律のとれた動きで同時に触手の一つ目から光線を発射する。
何十本ではきかない数の光線が古代金竜を狙うが……。
一瞬で光線が消えた。
見えない壁が張られたといった様子もなく、ただ単に光線が消えていた。当然古代金竜にダメージはない。
戸惑うケチャもどきたち。
しかし、すぐに冷静さを取り戻したようで再び光線を発射すべく触手の一つ目を光らせるが……。
古代金竜がノーアクションでブレスを吐いた。
わあ、古代金竜のブレスって金色の光のブレスなんだね。知らなかったよ。
しかも射程もレンジも絶望的にデカい。あんなのに標的にされたら絶対死ぬ。間違いなく死ぬ。死ななかったらそいつの顔を見てみたい。
ほーら、やっぱり全滅してるし。
あのケチャもどきだって決して弱くはないんだろ?
それなのにドラゴンブレス一発で全滅だよ。
もう笑うしかないよ。笑ってなんていられないけどさ。
「わ、妾のケチャリムビホルダーが全滅だと? しかも一方的ではないか」
ラ・プンツェルが呆然としていた。
「ば、化け物か」
「……」
ラ・プンツェル。
お前も十分化け物だよ。
あ、こいつの場合悪魔か。まあどうでもいいけど。
古代金竜が吠える。
『俺の舎弟の仇はどいつだ? 徹底的にぶち殺してやるよっ! 嘗めたらあかんぜよっ!』
「……」
わぁ、すんげぇ怒ってる。
あいつ自分の舎弟の仇討ちに来たみたいだけどそれだけで許してくれるかな?
ここら一帯焦土にしたりしないよな?
**
突如俺たちの戦いに乱入してきたのは金色の古代竜こと古代金竜だった。
ブレス一発でケチャもどきの一群を全滅させたその強さは圧倒的過ぎてとてもじゃないが関わりたくない。あんなん相手にしてたら幾つ命があっても足りないぞ。
そんな古代金竜に一人の少女が声をかける。
「あ、あの、ドラゴンしゃま」
「……」
シャルロット姫だった。
カミカミなのがとても可愛らしいのだがこの状況で古代竜に話しかけるなんてすげぇ胆力だな。吃驚だよ。
あ、リアさんが誇らしげだ。鼻血も出してるからちょいアレだけど。
「にゃにを怒ってらっしゃるのかはよくわかりましぇんがどうか落ち着いてくだしゃい」
『……』
あー古代金竜がシャルロット姫を睨んでる睨んでる。
あれめっさ恐いよ。
五歳児じゃなくても泣くよ。ちびってもおかしくないよ(*ちなみにシャルロット姫は六歳です)。
怒りに満ちていた古代金竜の目が興味深げに細められた。心なしか口許も緩んだように見える。
『ほぅ、精霊王に寵愛されし者か。随分と久しぶりに見たぞ。大分ちびっこくなっちまったなぁ』
「はい?」
『ああ皆まで言うな。わあってるぜよ、あれじゃろ? どうせあの変態が自分好みの姿で永久保存してるんじゃろ? 俺には全く理解できん趣味嗜好じゃけぇ』
「いえ、あの、私にはよくわからにゃい……」
『あぁ、大丈夫大丈夫。嬢ちゃんがあの変態の被害者なのはよーくわかっとるけぇ。それよりちいっとばかし待っててくれや』
古代金竜がそこで話を切り、シャルロット姫からアミンへと視線を向けた。
ひっ、と小さく悲鳴を上げるアミン。さっきからこいつ妙にビビってないか?
あれ?
確かアミンってマリコーに雇われる前は他の竜人二人と浮島に隠れ住んでいたんだよな。ほいでそこには古代金竜がいたはず。
俺はアミンから古代金竜へと目を向けた。
つーことは、あれだ。
こいつ、アミンがいた浮島の古代金竜か。まあ他に同種の古代竜がいるのかは知らんが。
『アミン、お前は無事じゃったか。つーことは殺られたんは他の舎弟ってことじゃな』
「ああああの、エディオン様は眠っておられたのでは?」
』おう。そうじゃったんだがのぅ、なーんかよくわからんがでけぇ魔力反応があったけぇ、そのせいで目が醒めたんじゃ』
「え」
アミンが目を白黒させる。
俺は古代金竜いやエディオンの言った「でけぇ魔力反応」に心当たりがあった。
つーか、あれだ。
メメント・モリ大実験だろ。
あれ滅茶苦茶魔力を使ってたもんな。何せ国一つ滅ぼせる威力だ。設定次第では世界も滅ぼせるみたいだし。恐ろしいわ。
『まあアミンが生きとったんはせめてもの救いってもんじゃな。じゃけぇ、ウサミンとドモンドを殺った奴を放っとくんは駄目じゃ。俺の面子にかかるけぇのう』
「あ、そのウサミンたちを殺したのは……」
『ん?』
アミンがラ・プンツェルを見た。
エディオンもその視線を追う。
ついでに俺たちもラ・プンツェルを見た。
エディオンとラ・プンツェルを除いたほぼ全員が同じことを思ったはずだ。
こいつ終わったな。
注目されたラ・プンツェルがやや居心地悪そうにそわそわしだした。
「わ、妾をそのように軽々しく見つめるでない。妾はリビリシアの意思に選ばれた真なるアルガーダいや大陸の女王……」
『お前かぁっ、往生せぇやぁっ!』
エディオンが怒鳴るとすぐ近くの空気が魔力に反応して揺らいだ。
その揺らぎが空気の刃と化す。
金色の光の粒子を残滓としながら空気の刃は空を切り裂きラ・プンツェルの見えない壁に命中する。
パリーンッ!
あっけなく見えない壁が砕かれた。
咄嗟にラ・プンツェルが避けなければ空気の刃は彼女を真っ二つにしただろう。そのくらい威力のある攻撃だった。
攻撃を避けられたエディオンが苛立たしげに唸る。
あのー、その鼻息と一緒に出た金色の炎がめっさ不穏なんですけど。
見た目ちょいキラキラしていて綺麗な分すっげーやばそうというか。
……などと俺も動揺しておかしなこと考えていると。
「ええっと、エディオン」
眉をハの字にしたイチノジョウがエディオンの鼻先まで飛んでいった。
カラスの姿のドンちゃんとウサギの姿のパンちゃんも一緒である。
「庇護対象の竜人を殺されて怒りたくなる気持ちは理解できなくもないけど君はルールでボスクラスを殺せないよ」
『あ?』
エディオンがイチノジョウを睨みつける。
その鋭い目つきは……やばい、あれは一人二人の犠牲じゃ済まない暴力を振るう奴の目つきだ。
イチノジョウが管理者であっても古代金竜のブレスを食らったらひとたまりもないぞ。
……ひとたまりもない、よな?
『お前、管理者か。じゃけぇ、俺の邪魔はすんなや』
「いやいや、邪魔だなんてとんでもない。ただ、ルールはルールでしょ? それは守らないとまずくない?」
眼光を鋭くするエディオン。
眉尻を下げつつも宥めようとするイチノジョウ。
て。
これ、実は地味にエディオンのこと挑発してないか?
おっかしいなぁ、俺にはイチノジョウがルールを問う体でエディオンを挑発しているように聞こえるのだが。
俺の心がひねくれているのかなぁ?
自覚ないんだけど。
エディオンとイチノジョウが睨み合っているとラ・プンツェルが全身に赤い光りを纏わせながら片手を振り上げた。
赤い光が凝固するように振り上げた指先に集中する。
ラ・プンツェルがエディオンとイチノジョウの方に向けて指を振り下ろした。
「妾から目を離すとは愚かなっ、死ね!」
指先から発射される一本の赤い光の槍。
下僕のではない、ラ・プンツェル本人のレーザースピア。
「……」
と、俺の中の「それ」が教えてくれたような気がする。
何故かそう思える感じであの赤い光の槍の攻撃名が頭に浮かんだんだよね。すげぇ不思議。
ひょっとしてこれってリビリシアの意思?
なんてね。
ちなみにラ・プンツェルのレーザースピアはドラちゃんに喰われました。あれって反則的なくらい便利じゃね? 俺も欲しいよ。
歯ぎしりするラ・プンツェル。
「くっ、おのれ暴食。そなたさえおらなんだら大きな糧を得られ……」
「バーカバーカ、てめーなんかにジョウを喰わせるかよ」
ドラちゃんは最後まで言わせない。
そして、この状況でも寝息を立てているパンちゃん。
シャルロット姫とジュークとイアナ嬢によるパンちゃん争奪戦(?)の時はうるさくて眠れなかったのにね。この違いは何だろ。ご都合主義?
あと、あのイチノジョウの右肩に掴まってだらーんとしている姿勢は眠り辛いと思います。
がくん。
「!」
衝撃音とともにラ・プンツェルの身体が下へと引っ張られる。
その直下には淡く光る魔方陣。
「うしっ、魔法が効いた!」
ガッツポーズをするシーサイドダック。
魔方陣からは吸引の魔力が放たれておりラ・プンツェルを捉えていた。
「こ、小癪な。だが妾の目はあらゆる魔法と能力を無効にできるッ! 視界にさえ入れてしまえばこの程度の魔法など……」
悪魔の顔を模したサークレットの目が光るが。
キラキラ。
キラキラ。
ウフフ。
アハハ。
キラキラ。。
キラキラ。。
ラ・プンツェルのまわりを幾つもの小さな光が飛び回った。
その光はそれぞれ様々な色を発しており何だかとっても賑やかな印象があった。一つ一つの光りに意思があるようにも見える。
『おおっ、こいつはなかなかに希有なもんを』
エディオン。
彼は目を細めて懐かしむように言葉を接いだ。
『最後に見たんは300年以上も前か? あん時はウィリアムもキャサリンも元気じゃったのう。あいつらが亡くなった報せを聞いた時は悲しくて(ピーと雑音が入る)を滅ぼしてしまったもんじゃ。あれは今考えれば八つ当たり以外の何物でもなかったのう。すまんことをしたけぇ』
「あ、それ私にもわかります。私もシャーリーを失った時は腹いせに大陸を無にしてしまおうとしてましたから」
うんうんとうなずくリアさん。
いや、ちょい待って。
リアさん、あなたさらっととんでもないこと言ってますよ。
あれか、実はこの大陸とうの昔に滅んでいたかもしれなかったのか。
わぁ、やっぱやばいよこの人。
危険度だったらマルソー夫人……いや俺の親父以上だよ。
親が言うこと聞かない子供に「悪い子はリアさん(あえて闇の精霊王とは言わない)に連れ去られてしまいますからねっ!」て叱りそうなくらいだよ(軽くパニクっているため意味不明になってます)。
ラ・プンツェルが自分を吸い寄せようとする魔方陣を睨む。
サークレットの目がチカチカと光るが何も起こらない。
そんな彼女のまわりを沢山の小さな光が飛び回っていた。キラキラと輝きながらウフフアハハと笑っている。
「何故だっ、何故妾の力が効かぬっ!」
「そりゃ、精霊姫の力は特別だからねぇ」
イチノジョウが困ったように眉尻を下げた。
「でも本当ならこれ主人公が十七歳にならないと使えなかったんだけどね。もっと経験も積んで精霊との繋がりを強固なものにしたり仲間との絆を深めたりしないといけないはずなんだけどなぁ。いやぁ、これもいわゆる原作改編みたいな? 困っちゃうなぁ」
「……」
イチノジョウ。
俺、お前が言ってることが全く理解できないよ。
あれ、俺急に頭が悪くなったのかなぁ?
地上へと落ちてくるラ・プンツェルをプーウォルトは逃さなかった。
彼はお姫様抱っこをしていたシャルロット姫をアミンに渡す。ちょっと押しつけるような強引な渡し方だった。
「すまぬがシャリを頼む」
「えっ、あ、うん」
シャルロット姫をアミンに任せるとプーウォルトは全速力でラ・プンツェルの落下地点へと駆けて行った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
右腕を水平に伸ばし、魔力を集中させていく。
発光する右腕。
「ハイパーイースタンラリアットォォォォォォォォッ!」
**
吸引の魔方陣によって地上に吸い寄せられたラ・プンツェルの頭の位置とプーウォルトのハイパーイースタンラリアットの攻撃範囲が重なったのはなかなかに絶妙なタイミングだった。
ラ・プンツェルの額のサークレットに命中するプーウォルトの右腕。
激しく魔力がぶつかり合い、凄まじい衝撃音があたりに響く。
「……」
て。
あれ、あのサークレット全然無事じゃね?
結構な打撃を加えられてるはずなのにダメージ一つないの?
凹みも傷もないし砕けそうな気配もないよ。
「ふふっ」
ラ・プンツェルが嗤う。
「馬鹿の一つ覚えの攻撃で妾を倒せると本気で思っておるのか? そなたは真に愚かな男よのう」
「その愚かな男を好いてくれた娘の身体、返してもらうぞ」
「!」
プーウォルトがラリアットを止め、左手を素早く伸ばして悪魔の顔を模したサークレットを掴む。
「くっ」
サークレットを掴む左手から煙が上がった。どうやら素手で触れるとダメージを受けるようだ。サークレットの持つ強過ぎる魔力のせいで直接触れるとダメージを受けてしまうのかもしれない。
しかも、サークレットは額から外れない。
苦悶の表情を浮かべるプーウォルト。
それに追い打ちをかけるようにラ・プンツェルの後頭部から伸びた無数の触手がその先端をプーウォルトへと向ける。
先端の一つ目が嘲るように赤く光った。
「くくく、何を今さら。マンディの想いに応えなかった男が今さらもう遅いわ」
一斉に一つ目から光線が放たれ……。
「……」
「……」
キラキラ、キラキラ。
ウフフ、アハハ。
キラキラ、キラキラ。
ウフフ、アハハ。
プーウォルトの身体を七色の光が包んでいた。
それはラ・プンツェルの攻撃からシャルロット姫を守ったあの精霊の壁と同じ輝きだった。
アミンと手を繋いで立つシャルロット姫がフンと鼻息を鳴らす。
その姿は少女と呼ぶより一国の女王の風格があった。
まあ現実的には彼女が女王になれる可能性は限りなく低いのだが。兄弟姉妹も多いしね。
「熊しゃんをいじめようとするにゃんて、あなた嫌いです」
キッ、とシャルロット姫はラ・プンツェルを睨む。
その背後にキラキラとした人影が見えるのだが、あれも精霊か?
「あなたみたいな人はこのアルガーダ国にはいて欲しくありましぇん。もちろん他の国にもいて欲しくにゃいでふ」
カミカミだがシャルロット姫が一生懸命喋っている姿は可愛い……じゃなくて格好良い。
彼女の親じゃないけど「立派になったねぇ」て褒めてあげたくなるよ。
プーウォルトにサークレットを奪われまいとマンディの額に引っ付いているラ・プンツェルが叫ぶ。
「黙れっ、この小娘がっ! 守られることしかできぬ癖に生意気を言うなっ!」
「あなたをどうするべきかはもうわかってまふ」
シャルロット姫の背後の人影がうなずき、それに応えるようにラ・プンツェルのすぐ傍で空間が歪んだ。
さらに、キラキラと光りながら七色の光がサークレットに集まっていく。
キラキラ、キラキラ。
ウフフ、アハハ。
キラキラ、キラキラ。
要らない、要らない。
七色の光がサークレットを覆っていく。
キラキラ、キラキラ。
要らない、要らない。
キラキラ、キラキラ。
ウフフ、アハハ。
「止めろ、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
みしっ。
みしみしみしみしっ。
不快な金属音とともに悪魔の顔を模したサークレットが眉間のあたりからヒビを走らせた。
慌てたようにそのヒビから黒いシルエットが現れる。長い髪の女のシルエットだ。
頭部には赤々と瞳を光らせる一つ目。
「な、何たる屈辱。この妾がこのような野蛮な方法で契約を解消させられるとは」
壊れたサークレットがプーウォルトによってマンディから外される。
次の瞬間、マンディの身体が崩れるように砂になった。着ていたドレスもあっという間に風化していく。
「マンディ……」
プーウォルトが声を震わせる。
「ちっ、やっぱこうなるのかよ」
シーサイドダックが悔しげに舌打ちする。
「……」
アミンが黙って俯いた。
その胸中は俺には察することしかできない。
そして、シャルロット姫の背後にいるキラキラした人影が何だか悲しそうにその身体をゆらゆらと揺らした。
呼応するように精霊たちが囁く。
キラキラ、キラキラ。
ごめんね、ごめんね。
キラキラ、キラキラ。
さよなら、さよなら。
シャルロット姫が涙を浮かべていた。
「な、何故でひょう? よくわからにゃいのにものしゅごく悲しいでふ」
シャルロット姫の目から零れた涙が頬を伝う。
ポタリと落ちた涙が足下を濡らした。
そこを中心に七色の光が広がっていく。
それは七色の光の線で描かれた魔方陣だった。
天の声が響く。
『確認しました』
『特殊条件を満たしましたので精霊姫の能力「魂のルフラン」を発動できます』
『発動しますか?(はい・いいえ)』
「ほえ?」
突然のことにシャルロット姫が目を丸くして固まっている。
あと今の天の声、シャルロット姫だけじゃないのな。俺にも聞こえたぞ。
シャルロット姫が頭に疑問符を並べながら声を上擦らせる。
「え、えっと。よくわかりゃないけど……はい、でふ」
「……」
シャルロット姫。
よくわからないのに能力を発動させるんですか?
すげぇ勇気あるな。
俺が感心していると天の声がまた聞こえてきた。
『精霊姫の能力「魂のルフラン」を発動します』
『女神プログラムの特殊コードを作動』
『ディメンションコアと対象の(ピーと雑音が入る)をリンクします』
『対象の(ピーと雑音が入る)を検索……検索完了。該当の魂がロストしているため忘却界にて再構築します』
『再構築術式を展開』
『魂の再構築完了まで残り95%……72%……42%……17%……6%……完了しました』
『対象の魂が再構築されましたので忘却界から待機用の亜空間に転送します』
『待機用の亜空間を確認しますか?(はい・いいえ)』
淡々と続いていた天の声が止まる。
シャルロット姫がしばし無言で目を瞑り、やがて口を開いた。
「はい、でふ。ところでどなたの魂の話をしているのでしゅか?」
『待機用の亜空間の様子を表示します』
天の声はシャルロット姫の質問には答えず中空に画像を映し出した。
そこに映っていたのは……。
「マンディ……」
「はぁ? おい、嘘だろ? あいつラ・プンツェルに身体だけ残して他は魂ごと喰われたんじゃねぇのかよ」
「うん……そうよね、ウサミンやドモンドのはずないよね」
プーウォルト、シーサイドダック、そしてアミン。
アミンの声がやたら寂しげなのが何か辛い。後で美味い物でも食わせてやろう。
俺がそんなふうに思っているとシャルロット姫の背後にいたキラキラした人影がシャルロット姫の身体に溶け込むように消えた。
キラリ。
シャルロット姫の全身が一瞬輝く。
そして……。
シャルロット姫の声が大人びた女性の声と重なった。
「魂よ、輪廻の輪に還りなさい。記憶と記録を辿り、彼方と此方の慈悲と希望の源泉へと。生と死を繰り返し、世界の理に導かれて還りなさい」
映像に映っていたマンディの姿が少しずつ色を失うように消えていく。
て。
おおっ、シャルロット姫が噛まずに喋った。凄い凄い。
じゃなくて!
シャルロット姫の声に被っていたのは誰だ?
そう俺が首を傾げていると……。
「シャリ……?」
「おい今の……マジでどうなってるんだよ」
「シャーリー姫。えっ、でも生まれ変わったってことは同じ魂な訳で……ええっ?」
プーウォルト、シーサイドダック、そしてアミン。
ということはあれか。
あのキラキラした光の人影の正体はシャーリー姫ってことか。
でも、シャルロット姫がシャーリー姫の生まれ変わりだというならシャルロット姫の魂はシャーリー姫の魂って訳で……あれ?
そうなると二人が同時に別々に存在してたのっておかしくね?
そんな俺の疑問に答えてくれたのはイチノジョウだった。
「ああ、これゲーム本編では語られてなかったんだよね。けど、確か『ときめきファンタジスタ全シリーズ完全攻略バイブル(みんみん書房刊)』によると覚醒したシャルロット姫は魂が分化しているらしいんだよね。転生前の自分がサポートについてくれるようになるというか……でも、そもそも強欲のラ・プンツェルの復活ってシャルロット姫が十七歳の時に起こるイベントのはずだし、となると本来の形とは別ってことになるのかな? わぁ、あの人がいろいろいじっちゃったから攻略本情報とかもどこまでアテにできるかわかんなくなっちゃったよ!」
「……」
あ、あれ?
これ、疑問の答えになってる?
なってないような?
つーか、攻略本って何?
え?
俺が疑問符だらけになって埋まりかけていると天の声が聞こえてきた。
『確認しました』
『マンディ…(ピーと雑音が入る)の魂がこの世界の輪廻の輪に還りました』
『なお、この情報は秘匿されます』
「マンディ…、来世で幸せになるのだぞ」
天を見上げて呟くプーウォルト。
「んー、まあ生き返れなかったけどよぉ、魂が戻ったんなら良しとしとくか?」
そう言いつつもイマイチといった表情のシーサイドダック。
「そっか、魂が失われてもまた輪廻の輪に戻れることもあるんだ……そしたらウサミンやドモンドももしかしたら……」
目に希望の光を宿らせるアミン。
ポゥがそんなアミンの頭上をポゥポゥ鳴きながら飛び回っている。おいおい、何を騒いでいるんだよ。
シュルルッ!
「ふぇ?」
シャルロット姫のすぐ傍の空間で魔方陣が展開し、そこからどこかで見たような触手が伸びてきた。
触手がシャルロット姫の腰に巻き付き、彼女と手を繋いでいたアミンから引ったくるようにシャルロット姫を魔方陣へと引きずり込む。
「ちょっ!」
慌ててアミンが取り返そうとするがもう遅い。
シャルロット姫が魔方陣の中に消えた。
あたりに嘲笑が響く。
強欲のラ・プンツェルだ。
「揃いも揃って愚か者よのう」
ラ・プンツェルの脇に魔方陣が展開し、そこから触手に巻きつかれたシャルロット姫が現れた。
気を失っているのかぐったりしている。
「よもやこんな小娘に邪魔されるとは思わなんだが、まあ物は考えようとも言うしのう」
ラ・プンツェルの一つ目が赤々と光る。
長い髪の女のシルエットの左手が膨らみ、それが見覚えのある装飾具へと変化した。悪魔の顔を模したあのサークレットである。
つーか、あれって一つきりじゃないのかよ。
ラ・プンツェルが愉快げに告げた。
「次はこの小娘を乗っ取るとするかのう。ふふっ、ちと精霊臭いのが難点だがあれだけのことをできるのだ、魔力と魂の味はきっと極上であろうよ♪」