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願紡  作者: 朝日超乾
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人の性

「うちのシュークリームを奪ったやつはだれだい!ショーケースを壊しやがって!」


 通りの大衆がこちらに注目している。どこからか現れたシュークリームを食ったお前だろという目で見てくる。怒声のもとは今列に並んでいたスイーツ屋の方から。いやいや、まさか元からあったものが飛んでくるなんて思うわけない!そうだと分かっていたら多数決の力なんて使わない...!

「ほら、誰なんだ!今のうちに出てきたらショーケースの弁償だけで許してやる!」

ここで潔くはい、と言える人なんているだろうか。言っても言わなくても自分が悪いことには変わらないのに。

「おい、『私がやりました』って言わないのか!?」

おっと、モンドスはできるらしい。さすが、人の歴史を見てきただけの選択ができる。まぁ、そんなこと言われたって人間というのはそう簡単に変わらないことは分かってるはずだ。どうしようか悩んだ...。良心がないわけではない。でも言い出す勇気もない...。僕を見守る静かさの中であたふたしていた。

「はぁ、そうかい。仕方ないよ、どうなっても知らないよ!」

再び怒声が聞こえた。

「あたしを今ここでシュークリームを奪ったやつのところに瞬間移動させな!」

「...これは多数決か!」

気づいたときには声は前方からではなく後ろから聞こえていた。

「あんたかい?」

瞬時に背筋が凍る。悪い行いをした心当たりがあるからこんなにも緊張するのだろう。

「...。」

「違うのかい?多数決を採って確かめても良いんだよ?」

「...そうですよ。でも、故意にやったわけじゃないんです!」

これはしょうがないな、と思って渋々答えた。言い訳をしようとすると店主らしき人は黙って聞いていた。

「シュークリームを買うために並んでいたんですが、全然列が進まないもので例の多数決の力でシュークリームをゲットしようとした。そしたら御宅のシュークリームが僕の手に飛んできちゃったわけです。」

この言い訳に嘘はない。真実を伝えた。

「...ほーん。とでも言うと思ったか!もしそうだったらなんで名乗り出てくれないんだ!そんなやつのことを信用できないに決まってるじゃないか!」

「そらそうなるぜ...。」

いよいよ窮地に追い込まれてきた。こうなることもあるから自首したほうがいいわけだ。たしかに、効力のおかしさを考慮せず多数決の力を使った僕が悪い。弁償したい気持ちはあるにはあるが、一人暮らしじゃ、そんなお金はない...。もしかしたらどこかの労働施設に入れられるかもしれないと脳裏をよぎる...。それは絶対に人生がつまらないものになる。

「さぁ、続きの話は別の場所でしようか。」

周りの人々はスマホをこちらに向けていた。おもしろがっている。この店主の多数決に賛成して様子を見て楽しんでいるのだろうか。実に不愉快だ。放っておいてもらいたい。

「ほら、さっさと付いてきな!」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

同時に悲鳴が上がった。

「こっちに近づかないでよぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

人混みの流れが荒くなってくる。どんどんこちらに押し寄せてくる。一体なんなんだ、と声の聞こえる方に近づいて行った。

「おいおい、何してんだお前、明らかに異常事態だろ?なんでわざわざ近づいていくんだ?」

「なんでって、面白そうだから...じゃダメかな?」

「...よく分からないな。気をつけろよ。」

 何かから逃げているような人の流れに逆らって声が大きくなる方へ進む。人混みの中にぽっかりと空いているところを見つけた。

「なんだこれは...!」

そこには横たわるたくさんの人と、手当たり次第人に触れる女性の姿があった。その女性に触れられた人達は力が抜けるように倒れていく。ぴくりとも動かない。

「列に割り込んだやつみたいなことを大胆にやってるぜ...。お前もああなりたくないなら逃げろ。面白そうなんて言ってる場合じゃない!」

「でも、このままじゃたくさんの人が危険な目に遭うよ?誰かがなんとかしなきゃいけないよ。みんなパニックになってそんなことできないでしょ。」

「ヒーロー気取りか!?お前はパニクってないのか!」

「モンドス、少し僕の我儘に付き合ってくれ。」

この人はただものではない。これは多数決の力を使っているに違いない。これが上手くいくかは周り次第だ。そこで思いっきりその場でこう叫んだ。

「みなさん、あの人は多数決の力を使っていると思うんですよ!だからその多数決の力を打ち消しましょう!」

「なんだって!?」

「おっ、多数決か!?よし、みんな賛成しろ!」

この多数決は逃げていった人達に伝言ゲームのように伝わっていった。空いたスペースの拡大が止まる。

「あぁん、もうっ!なにしてくれんのよ!これじゃ数を増やせないじゃない!」

女性が怒り狂う声が聞こえる。すぐに多数決は可決されたようだ。しかし倒れてしまった人達は起き上がらない。

「はぁ、やってくれたわね...。でも、よかったわ。」

横たわる人々が女性の手の上で圧縮されてボールサイズに収まる。

「ははっ、これからは多数決の内容に見落としがないようにね!」

その女性は高跳びをして店の上を飛び越して商店街から姿をくらませた。一瞬こちらを見たのを見逃さなかった。この顔を見られたようだ。

「逃げられちまったぜ?どうするんだ?」

見落とし...。その言動からするに、多数決で得た人を人形のようにしてしまう力のみが打ち消されたのだろう。ともかく、危険は過ぎ去った。何を思うこともなく、さっきのようにまたモンドスのために食べ物を探そうとしたそのとき。

「よくやったよあんたは。」

声のする方を向くとスイーツ屋の店主だった。

「みんなが冷静になれず戸惑う中で行動できた。自分が危険な目に遭うかもしれないのにね。勇気ないのかあるのか分からないやつだね。」

面白そうかそうでないか、で行動したというのは言えない。

「連れ去られた人達を助けることはできなかったじゃないですか。だからよくやっただなんて言わないで欲しいですね。」

「救おうとしても思った通りに救えるとは限らないよ。あんたはできるだけのことをした。」

この言葉は確かに正しい。しかし、自分ができないから別の人がやるだろうと押し付けて、成功したら褒めに褒め称えて、失敗したら文句を言ってくる。この店主さんもその大衆に一人にしか見えない。一人じゃ何もできないことが多いからそんな大衆ができると思う。僕はただの野次馬だ。最初から助けようとしたわけではない。元々多数決の力がどんなものか見にこの商店街に来たのだからあくまでも多数決の力を試したにすぎない。

「あんたの行動に免じてシュークリームのことは許してあげるよ。」

「...ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。」

これはラッキー、程度にしか思っていない。バレなきゃどう思っていようが振りだけをしていればいい。とりあえずお礼と謝罪をして、僕はさらに人の注目を集める前に路地に逃げ隠れた。



「あのガキ、よくもやってくれたわ。おかげでそんなに増やせなかったわ。」

「てっきり、力を打ち消すなんて実現しないと思ったんだがな。多数決の力は平等のようだな。」

「ほんと、この力ってのはよく分からないものね。」

「発表されてないだけで、ルールはもう割れてるのかもしれないぞ。」

「研究者をとっ捕まえて吐き出させるのもありね。でもその前に、あのガキのことをどうにかしたいわ。」

「そんなに気にしてるのか?たまたま会ったやつだろう?」

「そうね。でも忘れられないのよ。あの感情を持たないかのような表情。」

「はっ、お前の()()とやらも同じような顔をしているじゃないか。」

「うるさいわね、表情が変わっていくところをみたいのよ。ああいう顔から恐怖して怯える顔。それが私みたいな人にはたまらなく愛おしいのよ...。」

「頭のいかれてるやつは近くにいるもんだな。」

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