食べ歩き
この玉ノ華通りにはたくさんの店が道端に並んでいる。アイス、スイーツ、だんご、ケバブ、中華料理、ファストフード、回転寿司、カフェ、そしてモンドスのいうシュークリームなどの食べ物。洋服屋、ゲーセン、パチ屋、市場、カラオケなどもある。
「僕は別にこの店に行こうというのは決めてないんだけど、モンドスはあるかい?」
「お前、話していて大丈夫か...?ええと、シュークリームは甘いんだろ?他の色んな味を体験したいから、色々食ってくれないか?」
甘いものはシュークリームだとして、しょっぱいもの、辛いもの、酸っぱいもの、旨いものを考えた。しょっぱいものと辛いものは中華料理でどうにかなりそうだが、酸っぱいもの、旨いものがそう出てこない。
「旨い食べ物が欲しい。」
「お、多数決の力を使うのか。いいな。」
ものは試しと小声で呟いて多数決を採ってみるといつの間にかに手に袋を握っていた。良いタイミングで可決をもらえたようだ。中を覗いてみると容器がありハンバーグが入っていた。
「ハンバーグじゃないか。どう食べるんだ?」
「あれ、フォークとナイフが付いてない...。」
これまた同様に多数決を採ると、可決された。随分と賛成するようになっている。しかし、座って食べることができない。ベンチなどを探していたら効力が消えてなくなってしまうかもしれない。フォークとナイフを貰った意味が無くなるが、仕方ないからその場で容器を開けて、傾けてハンバーグを口いっぱいに頬張った。噛み砕くと瞬時に口の中にじわっと旨みがのった肉汁が溢れ出す。久しぶりの肉の味だ。
「これが『旨い』か、確かに良い味だな!他の味も楽しみだ!」
モンドスは喜んでくれたようでなによりだった。
スイーツ屋の列に並んだ。次はシュークリームを食べるつもりだ。人混みで誰が列に並んでいるのかが分かりづらい。ちらっと、僕の前の人とその前の人が並んでいる間に誰かが列に割り込むのが見えた。
「人間のこういうところは嫌いだぜ。」
僕が割り込んだ人に声をかけようとするよりも先に前の人が声をかけた。
「あの、割り込まないでちゃんと後ろに並んでください。」
そう言い終わる前に割り込んできた人が睨みつけた。すると、前の人は口を止めて何事もなかったようにしていた。何かがおかしい。
「あいつ、多数決の力でも使ったんじゃないか?」
モンドスが言ったように僕もそう思った。こういう風に使う人がいるのは予想できた。何か言うと同じ結末を辿りそうなので僕は注意することができなかった。
「いつになればシュークリームを食えるんだ?」
モンドスは我慢の限界に達したようだ。先程から十数分は待っているのに一向に列が進まない。たくさんの人が同じように割り込んでいるのだろうか。僕も待つ気が失せて多数決で手に入らないか試した。
「シュークリームが欲しい。」
そうして掌を広げたが、現れない。否決されたのかと思っていると、どこからかガシャァンとガラスの割れる音がした。音の出所を探ると列の前方からのようだ。...もしや、と思い列から外れて人混みを前に突き進んでいると、奥から小さな何かが通行人の頭上を勢いよくこちらに飛んできているのが見えた。距離が縮むにつれてそれはシュークリームだと分かった。
「あれはシュークリームじゃないか!無から顕れるわけじゃないのか!」
モンドスがそう叫んだ。同じく僕もそう思っていた。ガラスが割れたことからするに、現実のものが自分のところにやってくる場合があるのかもしれない。シュークリームの勢いは衰えずこちらに向かってくる。シュークリームは次第に角度をつけて僕に狙いを定めるように上昇した。やはり多数決によって可決されて実現しているようだ。しかし、このスピードでぶつかられるとシュークリームは中身が飛び散って僕の顔面はクリームまみれになってしまう。避けることは考えたが、体を動かすことができないほど動揺していた。
「もうダメだ...。」
ポカンと口を開けてしまうほど呆気に取られた。シュークリームは顔の正面までやってきた。どうすればいい...。シュークリームが爆散したらペロリとクリームを舐めながらささっと店舗と店舗の間の路地に隠れでもしようか。衝突してからのことを考えていた。走馬灯のように考えは駆け巡る。
「ぅがっ!」
するとなんということか、驚くべきことが起きた。すっぽりとシュークリームが開いた口にホールインしたのだ。
「ストライク!...で、大丈夫か?」
口に入り込んでそのまま喉にぶち当たったので思わずむせて吐き出しそうになったが、なんとか口に押し留めてシュークリームをすり潰した。口の中にはとろっとした舌触りのクリームが殻を破り出てハチミツのような甘さと共に広がった。
「...あぁ...。なんだ...。これが『甘い』か...?人間の文化は素晴らしいものだな...。」
「シュークリーム、久しぶりに食べたけど美味しいね、やっぱ。」
懐かしい味を思い出す僕とは対照的にモンドスは感嘆をもらしていた。
「俺はもうこの甘さを味わっただけでも十分いい体験ができたと思うぜ...。」
「他の味も体験するかな。」
「あぁ、是非体験させてくれ!」
シュークリームによって注目が集まった上に、周りに変人に見えないような言葉遣いで独り言を呟いたが、十分に変人に見えるものだ。
さて、甘さと旨さは体験させた。あとはしょっぱいもの、酸っぱいもの、辛いもの、最後に苦いものでも体験させてみようかと考えていた。すると、突然その場に怒声が鳴り響いた。
「うちのシュークリームを奪ったやつはだれだい!ショーケースを壊しやがって!」
注目が集まった状態でこれは非常にまずい。
*
薄暗い下水道である男と女が話していた。
「これで何体目だ?」
マントを羽織っているガタイのいい上裸の男が言った。それに続けて2体の虚ろな目をしている傀儡を連れてきた女が、
「これでやっと86体。一体どれだけ集めればいいの?」
と問いかけた。男はただ、
「知らん、そんなことは上に聞け。俺たちは《《数》》を増やすのが仕事だと言われている。」
と返した。
「86体よ?こんだけ集めたのに報酬もないわけ?」
と女が苛立ちながら聞くと、男が、
「人って80億もいるのは知ってるか?」
と言ってやった。
「80億も集めるわけ?そんなのできるわけないに決まってるわ。100ぐらいで報酬が貰えるならいいけど。」
「100で貰えるわけないだろう。200...500...いや、1000体で《《ほんの少し》》注目されるぐらいだろうな。」
「あら、そうなの?意外とそのぐらいでもいいのね。だったら、やるしかないわね。」
「お前にできるのか?」
「何言ってるの?86体も集めたのよ?今までのことをあと10数回やればいいだけよ。できるにきまってるじゃない。」
「そうか。ならお前が1000体手に入れるまで俺は何も手を出さないぞ。」
「ふん、いいわ。やってやろうじゃないの。《《たくさんいるところにいくわ》》。」
女は不穏な笑みを浮かべて、下水道に並ぶ86体の傀儡たち一体一体の頭を撫でて闇に消えた。