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願紡  作者: 朝日超乾
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モンドス

 あたりが明るくなって目が覚めた。でもまだ体が自由に動かないからまず時計を見て二度寝した。気持ちよくまた眠りにつきそうなころにまた目を開いた。さっきよりは体が動くようになった。でもまだ眠たい。もう一度時計を見て三度寝した。少し快眠についてしまった。次に目を開いたころには昼の12時を回っていた。

「休日だしこれぐらいでもいいか。」

体を起こしてベッドから降りようとした。そのとき、まだ部屋の摩擦がないことを忘れていたのでつるっと足を滑らせて尻もちをつくと

「一日の始めからこうとは何か不吉なことが起こりそうだな...。」

と少し不安に思った。摩擦をなくしたのは後悔している。

 今日は商店街に行くことにした。他人がどのように多数決の力を使っているのかも観察したいが、そろそろまともな味の食べ物や飲み物を手に入れたくなった。一人で多数決を採っても思うようにはならないようだから何か良くないことをやるとしたら集団で行うだろう。スマホを確認しても大きなニュースというのはない。僕のマンションは近い駅からでも徒歩1時間の場所にある。自転車で行くべきだがこの世の中じゃあっさりと盗られてしまいそうだ。さらに山よりの場所だからバスも通っていない。そんな立地だが美しい自然たっぷりで家賃が安いところだからどうということはない。


 駅まではマンションのすぐ横を流れている川に伝っていけばつく。

"僕がウサギン・ソルト並の運動能力になることに賛成か?"

一応移動が楽にならないか多数決を採ってみた。すると力が漲ってきたような気がしたから走ってみると、ウサギン・ソルトまでとはいかないがいつもの僕よりは速く走ることができた。

「こう上手く通ればいいんだけどな。」

昨日のことがあったので可決されるとは思っておらず、意外に思っていた。

それから効力が切れるまで全力で走ろうとした。しかし、ものの30秒程度で効力が切れたのだ。もし能力の獲得がこんなにも短いなら、昨日飛ぶ力を手に入れても高く飛び上がり過ぎたら脳天から死に一直線だったと思うと体が震えてしまう。

 それは終わったことだから一旦置いておいて、一つ試したいことがある。

"話し相手を見つける"

一人暮らしでできることも限られている。一人では寂しくなった。少しでもいいから誰かと話したいと思った...。しかし、あたりを見回して探しても誰も見当たらない。

「僕が死ぬのは拒否るのに、やりたいようにさせてくれないわけか?これが続くなら運の悪い人生かもしれないな。」

そう嘆いた。動かしていた足が止まった。少し気がへこむ。


「おい、どうした。なに足止めてんだよ、さっさと商店街行こうぜ?」

どこからか声がした。でも姿は見当たらない。キョロキョロしていると、

「あー、俺に姿はない。お前の中にいると言えば分かりやすいか?」

「そ、そうなんだ...。」

...ネガティブな気持ちになっても良いことはない。また商店街に歩み始めながら、久しぶりの会話をした。まだ分からないことがたくさんだから、早速色々なことを質問した。

「君はどこからやってきたの?」

「それは俺にも分からないんだな。でも俺はこの世界のどこからか引き連れられてきた"人間"じゃない。」

「じゃあ君はなんなんだ?」

「お前の話し相手だ。という冗談はさておき、そこらにある木、山、空、海、ビル、そうだった記憶がある。世界全体から引きちぎられて今いるわけなんじゃねぇかな?」

意味不明な生い立ちをしている。本人も理解しきっているわけではないようだ。それはともかく、初対面の会話は質問がたくさん浮かんでくる。

「君はどう呼べばいいんだ?」

「別に俺に名前はないが...かっこつけて『世界(モンドス)』って呼んでほしい。」

どういう意味なのかと尋ねると、

「それは自分で見つけな。」

とだけ返された。モンドス...聞いたこともない言葉だ...。

「俺は世界そのものだった。お前ら人間をずっと見てきた。猿から人間になって、文明作って、争ったところまでな。でもただ見ていることしかできなかった。」

「じゃあ、君に自然をめちゃくちゃにする人間への恨みとかあるの?」

「あっても今の俺はお前と話すことしかできないだろう?俺はお前の()()()()として招かれたからな。だがお前という人間と話す機会だ。俺も人間に聞きたいことがあるんだよ。」

ようやく相手が質問した。相手が人間の歴史を見ていたとカミングアウトしたから、一体どんなことを聞かれるのだろうと身構えた。

「"シュークリーム"というのは美味しいのか?」

「え、シュークリーム?えーと、味か...」

...てっきり人間の複雑な感情について、のような難しいことを聞くのかと思っていた。ところで、最近は多数決によって現れる変な味の食べ物しか食べていなかったので、美味しい食べ物の味を忘れてしまっていた。シュークリームとはどんな味だっただろうか。

「人間は"甘い"と言っているがどんな味なんだ?」

なんとか昔食べたときの味を思い出して、

「なんというか、体がとろけるような優しい味だよ。」

と伝えた。

「そうか。それは幸せそうな味だな。ところでお前、自分で頬をビンタしてくれないか?強くだ。」

「え、えぇ?」

突然のことで困惑した。なにかあるようだからとりあえず思いっきり両頬を両手でバチィンと叩いてみた。じわじわとヒリヒリ感じてくる。

「おぉ、マジか!俺にもお前の感覚が通じているぞ!」

興奮気味に相手は自分の今起こっていることを伝えた。

「つまり?」

「お前がシュークリームを食えば俺もその味を体験できる!」

人間の歴史を見てきたということはたくさんの知識を持っているだろうが、体験しなければ分からないこともある。それで興奮しているモンドス(世界の欠片)にギャップを感じた。人外がシュークリームというスイーツの味を知りたがるのはかわいいと思うのだが男なんだろうか。女なんだろうか、とふと思い浮かんだ。

「モンドスってどちらかといえば、男なのか女なのかどっち?」

「世界という概念に性別なんてないだろ。男だろうが女だろうが人間の歴史を見てきた。だから()()()()じゃないかな。」

どっちも...。男と女を兼ね備えているわけかと、理解できないわけではないが腑に落ちない。それからもモンドスについて質問攻めしたが、モンドスはまだ消えなかった。


 まわりが賑やかになってきた。駅に近づいてきたのだろう。

「なぁ、シュークリームはこういう所で売ってることが多いんだろ?あったら買って食ってくれよ。」

モンドスは目を輝かせた子供のようにいった。徒歩1時間というのは意外と短い。話しているうちにあっという間につく。でも都会に慣れると感覚が麻痺して数分ぐらいでないと遠く感じる。まぁ、入り組んだダンジョンなら僕はもっと時間をかける自信がある。川をまたぐ橋を渡れば着くというところでモンドスが、

「俺はお前に多数決の力で呼び出されてきたからそのうち消えるだろうな。でもそれまでは俺と話していると周りからは独り言をぶつぶつ言っている変人に見えるから気をつけろよ。」

と忠告をした。

「もし君が消えてしまったとして、また呼び出せば君は戻ってくる?」

「さぁな。多数決の力というのはつい最近のシステムだから俺にも分からない。でも消える前に見てるだけじゃ体験できないことを体験したい。」

何かと出会えば何かと別れるとき、なんであろうとも悲しむものだ。モンドスが消えてしまうことも悲しむだろう。そのとき、悔いがあれば虚無しか残らない...。だったらモンドスが消えるまでに、彼...彼女か...。モンドスの願いを叶えてあげて悔いなく別れるようにしたい。

「さぁ、着いたよモンドス。『玉ノ華(たまのか)商店街』だ。」

僕は橋を渡り、大きな看板の下をくぐった。



暗い路地裏で1体の傀儡を抱えた女が、誰もいないことを確認してからマンホールを開こうとした。そこに、

「ちょっとそこの姉ちゃん、なにしてるんだい?」

と通りすがりの男が現れた。

「君こそなんだい?ちゃんと誰もいないことを確認したのに。」

「その人を連れてマンホールに入ろうとしているが、良くないことをしようとしているようだね。」

「私の邪魔をするならこうなるわよ。」

女は持っている傀儡を見せつけながら言った。

「それは生きてるか?」

「生きてるわ。でもこの通り、お利口なお人形さんになるわよ。」

「そうか。やはり良くなさそうだ。」

男は眉をひそめて、指先を自分の耳に当てた。

「容疑者を確保するが、生け捕りにはできないかもしれない。」

男は何かと通信し、手を指鉄砲の形にして女に向けた。

「手を上げろ。」

すぐさま見えない銃弾か何かを放ったようだ。その銃弾は女の肩をかすめた。

「あっそ。分かったわ。」

女は一瞬男を睨みつけた後、不気味な笑みを浮かべた。

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