第一章 草原の黄昏 2-3
「それはそうと、この事態は一体如何したことでございますか」
分かりきってはいるが、確認のために訊いて来る。
「われらは大公殿下をここから連れ出し、近衛騎士団の出陣を促すためにこうしておる。兄上が翻意なされたからには、お前もわれらと共に、殿下をここから連れ出す手助けをせよ」
「しかし、それではジョージイーさまとウェッディン家が謀叛の罪にて──」
「心配いたすな、そのことであれば、わたしがこの身に替えてもお助けいたす。家門のことも任せておけ、わたしを信じるのだ」
アルファーとフェリップの瞳が、互いの想いを推し量るように真正面からぶつかった。
険しい表情をしていたアルファーが、微かに笑ったように見えた。
「おいペリオルス、お前はどうする。わたしに従いご舎弟さまのお味方をするか、それとも当初の命令をかたくなに守り、あくまで抵抗するかすぐに決めよ。お前もだ」
ショウレーンに剣を突き付けられている兵をちらと見た。
「わたしはご舎弟さまに従います、ですから命はお助け下さいませ」
兵はがくがくと震えながらそう口走る。
「も、勿論フェリップさまのお言葉に従います。ジョージイーさまがお決めになったのなら、わたしには否も応もございません」
ペリオルスが気の抜けたような顔でそういった。
「よし分かった、スカッツその物騒なものは離してやれ」
「はっ」
アルファーの言葉に従い、あっさりと突き付けていた小刀を退く。
「そうと決まれば一刻の猶予もございません、ぐずぐずしていてはイアン殿は敗れてしまいます。すぐにでもここを出て、公宮に集まっている近衛騎士団を動員せねば間に合いませんぞ」
実際の戦場を見て来ているだけに、彼の言葉には重みがあった。
「わかった、一気に外へ出るぞ。アルファー、ペリオルス、お前たちは先頭に立ってウェッディン家の将兵たちへの対応を頼む。大公殿下、いましばらくご辛抱をお願いします。公宮大広場まで行けば近衛騎士団が居ります、主宮バルコニーに出て、騎士たちに出陣の号令をお掛け下さいませ」
「なんと、近衛騎士団を戦に出すのか?」
「はい、そうせねば殿下のお命も危ういのです。ヒューガン共は自分たちが政権を奪還したあかつきには、殿下のお命をお縮めする陰謀を巡らせております」
「なに、余の命を──」
アーディンの顔から血の気が引いて行く。
「申し訳ございません、兄もわがウェッディン家もその企てに一枚噛んでおりました。しかしいまは殿下をお援けしたく、こうしてやって参りました。真の忠義者は、いまヒューリオ高原で命を懸けて戦っておる、イアン殿とその将兵たちです。圧倒的な不利の中、彼らは殿下とサイレンのために最期の出撃をいたしました。端から命は捨てておるものと思われます、そのイアンも後どれほど持ち堪えられるか分かりません、あの律義者を死なせてはなりませんぞ」
「相分かった、大公令はこの場で破棄する。すぐにでも近衛の騎士どもをイアンの救援に向かわせようぞ。フェリップ、余を先導せよ」
「ははっ、では外に出ますぞ」
満を持して、ショウレーンが一気に小饗宴の間の扉をあけ放った。
アルファーとペリオルスがそれに続く。
「お、お前らこんな真似をしてどうなるか分かっているのか、殿下を連れ出すなどうまく行くはずはなかろう。大公宮はわがカーラム家の兵百人が固めている、こんな少人数でどうするつもりだ」
ヘムリュルスがそう嘯く。
「黙っていろ、ウェッディン家の兵も三十人以上はおるのだ。彼らはすぐにわれらの味方に代わる、そしてほんの目と鼻の先には二万五千の近衛兵がひしめき合っている。ひとたび大公殿下のお言葉が伝われば、雪崩を打って奴らが襲い掛かって来る。観念して素直にわれらを公宮へ向かわせろ、さすればお前の身柄はわれらで安堵する」
「ふざけるな! もう直日没だ、イアン率いる聖龍騎士団はすぐにでも瓦解する。そうすれば上洛軍は一斉にトールンに入城してくる、いまさらその流れは止められないぞ。お前らこそ大人しく降伏しろ、裏切り者などの命の保証はできんがな」
あくまで強気な言葉を吐き散らす。
「ならばこのまま人質となってもらう、下手な真似をしたらいつでも喉を引き裂く。俺はやくざだ、脅しじゃないぞ」
顔に大きな疵痕のあるクエンティが、どすの籠った低い声で持っている小刀に力を込める。
切っ先がほんの少し肌を裂き、薄っすらと血が滲む。
「ひいっ──」
強がってはいるものの、やはり命は惜しいのかそれ以上の減らず口を吐く元気はないようだった。
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