第三章 ザンガリオスの道標 4-5
それから五日後、征討軍と共にザンガリオスの将兵たちはトールンへと到着した。
昼過ぎに一行はトールンの入り口〝ブリンデン大橋〟の手前まで来ていた。
すべての者が、しばしの間橋のたもとに留め置かれる。
緊急事態(戒厳令や戦時体制)の場合を除き、近衛騎士団・聖龍騎士団以外の兵は、星光宮の許可なくトールン市内への入城は禁止されている。
いま宮廷内では、征討軍並びにザンガリオス兵の入城許可のための手続きが行われていた。
「キュリアーノ殿、ご到着祝着に存じます」
二日前にトールンに戻っていた、レミキュスとショウレーンが仮駐屯している一行を出迎えた。
「星光宮の方はどういった具合です、事は巧く進みましたか」
キュリアーノが尋ねる。
「おおむね順調に行きました。大公殿下は当初から寛大な処置をお考えであり、宰相殿も殿下の御心をご理解くだされた。一部不満を持つ重臣方がおられたが、お命を危うくされた殿下自身がお許しになるのですから、否を唱えようがございませなんだ」
ショウレーンが宮廷での結果を報告する。
「して、元帥府並びに諸侯の方は・・・」
次はレミキュスが口を開く。
「殿下の下知により、近衛騎士団は問題なく落ち着きましたが、聖龍騎士団の方はそう容易くはありませんでした。なにせ多大な犠牲者が出ているのです、無理からぬことではあります」
レミキュスの表情は硬い。
「結果は」
単刀直入に訊くキュリアーノに対して、レミキュスが傍らのデオナルドを見る。
「とくに第三大隊の将兵が収まりませんでした。アイガー家からも厳罰を持って臨むことを奏上され、殿下もカーベリオス元帥もお困りになられております。総司令のイアンさまもご自分の部下のことでもあり、安易にそれを否定なさることも出来ずにおられる。拠っていまだにその結果は決しておりません。デオナルド殿、あなたからお父上ならびにご一族方を説得しては頂けませんか。いまやそれしか手はございません」
「────」
とっさにデオナルドは、言葉を発することが出来なかった。
もちろん兄アームフェルの無惨な死と、子飼いの紅炎隊の全滅は身を切られるよりも辛い出来事だった。
ヒューリオ会戦終結の後、引き続き征討軍の一員として出征したために、まだ父母や兄の妻ヴァイオレッタとその三人の子どもたちとも顔を合わせてはいなかった。
サイレン一の武人と噂された、自慢の息子を殺された父や母の怒り、妻であるヴァイオレッタの哀しみは手に取るようにわかる。
残された幼き子どもたちも、もう二度と父の顔を見ることは出来ない。
それを思えば、そう簡単に説得など引き受けられるはずもなかった。
「それにもうひとつ、聖龍騎士団のオリヴァー侯爵と総司令旗本隊隊長のクルーズ男爵が、強硬にバッフェロウ殿の死罪を要求されている。会戦の折になにやら遺恨が生じたようだ」
「バッフェロウ将軍のお命を──」
キュリアーノが驚きの声を発した。
「これまた相当な剣幕で一歩も退かぬ様子、厄介なことになりそうです」
「その二人とバッフェロウ殿の間に、一体なにがあったのか」
この場にはザンガリオスの関係者はいない、離れた場所で控えさせられている。
「すべては大公殿下ご臨席の〝大審判〟の場で裁かれる事となっております。この謀叛に関連した者は、すでにみなトールンに集められております。ザンガリオス家の方々の到着を待っていた状態です。一行が到着されたのを受け、明日にでも審判は開催されるでしょう」
「大審判とな、初めて聞く言葉だ」
キュリアーノが怪訝な顔をする。
「いかにもその通りです。これほど大規模な謀叛劇など、サイレン始まって以来なかった事です。それを裁くために、新たに設けられた制度だと聞いております」
ショウレーンが知り得る限りの情報を、一同に説明した。
「バッフェロウ殿、戦の折オリヴァー殿・クルーズ殿らとなにか因縁でもありましたか」
ザンガリオスの駐屯地を訪ねたショウレーンが、小声でバッフェロウへ訊いた。
「うむ、いささか行き違いがございましたが。それがなにか」
「たいへん申し上げ難いことなのですが、ご両名があなたの死罪を求めていらっしゃる。一体あなた方の間になにが起こったのです、もしよろしければお聞かせいただけませんか。わたしで力になれる事があれば、いかようにも協力致します」
「・・・・・」
感慨深げにバッフェロウは黙っている。
「あれほどの武人方です、戦のいざこざの私怨でこのような事をいわれるとは考えにくい。なにかよほどの事があったとしか」
「確かにそういわれても仕方のないことが、あの時戦場で起きてしまった。すべての責任を負う総大将であったのはこのバッフェロウです、いまさら言い訳はしたくない。裁きにお任せするしかありません」
「ですから、その出来事をお話しください。行き違いなのであれば説明すれば解決できましょう、あなたほどの武人をみすみす死罪などには出来ません」
必死にショウレーンが訳を尋ねる。
「男は言い訳はせぬものです、見苦しい真似はしたくない。ここで死するのが運命であるならば、潔く受け入れましょう」
バッフェロウは頑として、それ以上言葉を発しなかった。
読んで下さった方皆様に感謝致します。
ありがとうございます。
応援、ブックマークよろしくお願いします。
ご意見・ご感想・批判お待ちしております。




