第三章 ザンガリオスの道標 4-4
「改めてご紹介いたす、亡き主ペーターセンの遺言により新たにザンガリオス家の当主となられた〝ケネット・フォン=ザンガリオス〟さまです」
バッフェロウが諸将へケネットを紹介する。
「ケネットと申します。兄ペーターセンの急死を受け、図らずも家門を継承することになりました。なんの経験もない若年ではありますが、ザンガリオスの名を汚さぬよう相務める覚悟です。お見知りおきください」
弱冠十六歳の少年侯爵が、優雅な仕草で腰を折った。
「こちらは一門総代ケネリウス伯爵家のご嫡男、フロイさまです」
「フロイです、これからはケネットさまの政務をお助けしていくことになります。バッフェロウ将軍共々、みなさま方とも顔を合わせる機会が増えるでしょう。なにとぞよしなに」
いかにも育ちの良さそうな上級貴族がとる仕草で、一同を見回し軽く頭を下げる。
「随行しておるのは〝鉄血騎士団将軍〟のカルロと、家宰のタック子爵デニスです。フロイさま同様、これからのザンガリオスの舵取りをする人間となるはずです」
「カルロです。武人ゆえ政治向きの話しには疎うございます、お許しくだされ」
「デニスと申します。筆頭家老のリネルガに代わり、これからは表向きのことを担いまする。以後よろしくお願い致す」
随行の二人もフロイ同様に挨拶をする。
片や征討軍側は、ほとんどが武人で占められている。
「此度の征討軍の全権を任されている、ノインシュタインの領主キュリアーノです。ケネット殿、いままで病に臥せっておられたと聞きましたが、お加減はよろしいのですか。無理はなされぬように」
再度少年の体調を気遣う。
「ありがとうございます、まだ体力は戻ってはおりませんがそんな事も申してはおれません。ザンガリオスの命運が掛かっている時期です、とても寝てなどいられません」
健気な少年の言葉を聞き、歴戦の勇者キュリアーノが大きく頷く。
「あれ頼もしや、それでこそペーターセン殿が後継者とご指名なされた男子だ。病など気力でどうにでもなる、その心意気天晴れなり。このオハラ、トールンに戻りましたら主アーディンに掛け合い、きっとザンガリオス家とケネット殿の行く末をお護りする。どうかご安心くだされ」
勢い込んでオハラ将軍が熱弁を奮う。
「オハラ殿、まずは挨拶を──」
苦笑しながら、征討軍の副将格のデオナルドが口を挟む。
「おお、これは失礼いたした。わたしは大公アーディンさまの直臣で、ハルンバート流星騎士団のオハラと申す。生まれながらの武人ゆえ雅な言葉遣いは出来申さんが、一度これと決めたからには決して裏切りはいたさん。わが命に代えてもケネット殿の立場はお引き受けいたす、お忘れなきように」
いうだけ言って安心したのか、満足げな様子でにこやかに腕組みをする。
「オハラ殿のお言葉、心強く思います」
ケネットが笑顔を見せた。
「なんのなんの、わたしはペーターセン殿の漢気に感服いたした。いまどき武人であっても、あそこまでの潔さを為せるものはそうはおらん。ましてやサイレン大公家に連なる大身のご領主が、あのようなお最期をお見せになるとは。このオハラの人生の手本に致したい」
目にはうっすらと涙まで浮かべている。
随分と単純明快な人物のようである。
〝この男、与し易し〟
少年のケネットさえ、そう思わずにはいられなかった。
「わたくしは聖龍騎士団第五大隊指令のデオナルド・ヘム=アイガーです。トールンまでの道中はわたくしが保証いたします、どうかお心やすくなんでも申しつけてください。都合のつく限りは便宜をはからいます」
「お心いたみいる、いまでも十分な待遇です。これ以上望むことなどございません」
病から覚めたばかりの主に替わり、デニスが礼を述べる。
そのほか列席しているのは、ユンガー地方の大領主『ウィルムヘル家』の家臣でポッピリス城主ゴラムス、『バロウズ伯爵家』の部将で戦目付のサルヴォード。
同じく戦目付である北エバールの大貴族『クライシュス侯爵家』のゴラン男爵、近衛騎士団第三師団副長のラッテルス子爵。
殉国騎士団からは旗本隊長レントルー、龍騎隊隊長ギロン、参謀長バージリオス、第一軍団指揮官セローガ。
リム・サイレン家の分家である『ライダー家』の鬼甲騎士団遊撃隊長グラッジ。
そして唯一の文官である、宰相府星光宮付き書記官のエイリュードの顔触れだった。
「ケネット殿、ここでひとつご承知おきしておいて下さい。いまあなた方はわれら征討軍との間で〝和議〟を結ばれ、対等な立場となられている。しかしトールンに戻り星光宮に入城なされた後は謀反人として扱われる事となります」
キュリアーノが大前提の話しをする。
「この和議自体、トールンにてわたしが処罰を受けかねぬことなのです。星光宮での扱いがどのような事になるのかは、わたくしの口からは保証できません。正式な審判が開かれ処遇が決するまでは罪人として扱われる事はご覚悟頂きたい」
「そのことなればご懸念無用。ザンガリオスは大公殿下に弓引いた者です、殿下の前に牽かれれば首を垂れ罰を待つ覚悟はできております。その際に死を受け賜わろうが文句は申しません。それはわたしひとりではなく、家臣一同みなわかっております」
少年ながらケネットの物言いは、実に堂々としている。
それもペーターセンが、跡継ぎとしての教育を怠らなかった成果であろう。
「いや、ご立派なお覚悟で安心いたした。出来得ればここにいる者たち打ち揃って殿下の御前にひれ伏し、寛大な処置を下されるようにお縋り致そう」
「身にあまるご厚情、言葉もございません。すべては身から出た錆、いまとなっては運を天に任せるより仕方がありません」
バッフェロウがじっとキュリアーノの目を見詰める。
「東の異教徒からサイレンを護りしは、わが殉国騎士団だという自負がござる。しかし西南北を敵から守護なされたるは、英雄バッフェロウ将軍と鉄血騎士団の力に拠る所が大きい。その功に免じて、けっして苛烈な処罰はないものと確信しております」
その言葉は領主としてではなく、一武人としての言葉のように思えた。
「キュリアーノ殿──」
それ以上の言葉を、バッフェロウは口にする事は出来なかった。
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