第三章 ザンガリオスの道標 4-3
「将軍、俺たちはトールンでどんな処遇を受けることになるんでしょうね。無罪放免って事はないにしても、お家断絶にまではなりゃしねえんでしょ」
カルロがバッフェロウに尋ねる。
夕刻開拓団の集落に落ち着いた時点で、主だった家臣を集め話し合いが持たれた。
「いまの時点ではなんとも言えんが、大公殿下は寛大な処置を望まれておるようだ。しかし星光宮の中には、われらを潰してしまいたいものも多数おるだろう。ほかにもこの謀叛に加わった多数の貴族や領主が一堂に集められ、仕置きを受けることになる。ほかの家との兼ね合いもあるから、それなりの処罰は覚悟せねばならんだろうな」
「例えば」
フロイ同様に、一族に連なるガーヴ伯爵が訊く。
「個人的な処罰はまずされないだろう、大殿の死をもって責任はすでに取られている。あとはザンガリオス家の処遇だ。考えられるのは、親族貴族の待遇の剥奪とある程度の領地の没収。それに騎士団の縮小といった所だろう」
「それは仕方なかろうな、家名が残るだけで良しとせねば」
リネルガのククル家に次ぐ文官の家柄である、タック家のデルスが頷く。
「国替えはどうであろうか」
イローン郷の領主であるハイデルが、みなが恐れていることを口にする。
代々何百年と根を張って来た領国を失うことは、領主にとっては一大事なのである。
替わりの領地を貰っても、そこに根付くまでは大変な時間がかかってしまう。
領民との信頼関係を築くには、それこそ三代、五代といった期間を要する。
「それはなかろう。将軍のお話しからして、大公殿下はザンガリオス家に対して寛容であられるようだ。親族貴族としての待遇は剥奪されるかもしれぬが、実際には同じ祖を持つ一族として接してくだされよう。国替えという苛烈なことまでは為されまい」
ウォーホーが楽観論を口にする。
「ならばよいが、一寸先は闇ともいう。油断はならんぞ」
あくまでハイデルは慎重な口ぶりだ。
「そんな先のことばかりを言っておっては、足元をすくわれるぞ。われらを憎んでいる者も数多おるだろうに、トールン入城の際にそんな者どもが襲ってくる事はないんだろうか」
カルロの言葉に対し、バッフェロウが応える。
「それは心配ない、大公殿下及びに重臣の方々に納得して頂けるよう、ショウレーン、レミキュス殿の両名が先発してトールンに行かれているらしい。すべてはわがザンガリオス家の安全のためだ。なんともありがたいことではないか」
「それもこれも、大殿のお覚悟あってのことだ。われらのすべてをおひとりで背負われ、みなをお護り下さった」
フロイがしみじみとみなの顔を見回す。
「ありがたいことだ、みな兄上に感謝いたそうぞ。兄上こそ当主の鑑だ、いつまでもペーターセンの名を忘れまいぞ」
新当主ケネットが、立ち上がり一同に言い渡した。
その場の家臣はみな涙を浮かべ、いまは亡きペーターセンを想った。
そこは開拓団の人々が集会のために使っている、二十人ほどが入れる小屋であった。
小屋とはいえ造りは立派で、村落の中では一番大きな建物でもある。
中央に大きな卓が据えられており、そこにはすでに征討軍の主だった面々が揃っていた。
「失礼いたす、方々ザンガリオスの新当主であらせられるケネットさまです」
バッフェロウがまだ青年ともいえぬ風貌のケネットを伴い、その小屋の中に入って行く。
ケネットに付き従っているのは、フロイ、カルロとデルスである。
「おお、ケネット殿か。もうお身体はよろしいのですか」
征討軍総責任者のノインシュタイン侯爵キュリアーノが、立ち上がって招き入れる。
それに倣い、ほかの将士たちも席を立ち軽く礼をする。
「ケネットです、まだ若輩者ではございますがよろしくお願い致す」
丁寧ではあるが、へりくだる事なくケネットが挨拶を交わす。
「さあ、どうぞお坐り下さい」
キュリアーノから勧められ、彼の正面の空いている二つの席の一つに着座する。
その隣の席には、バッフェロウではなくフロイが座った。
大将軍バッフェロウと、カルロ、デニスはその後ろに立ち控えている。
ザンガリオス家の順位に於いて、宗家に次ぐ格式を誇るのは一門総代のケネリウス家なのであるから、その御曹司であるフロイが腰を下ろすのは当然のことであった。
しかし一同は、サイレンの英雄とまで崇められるバッフェロウが座りもせずに立っていることに違和感を覚えていた。
「方々、ちとすまぬが席を移動してはくれまいか。詰めればあと三人分の席は確保できる、お見えになられたお方たちすべてに着座して頂きたい」
気を利かしそう発言したのは、年若き聖龍騎士団指令のデオナルドであった。
武人として尊敬するバッフェロウを、立たせたままにしておく事を憚ったのである。
この空間に於いて、身分ではなく格に於いてバッフェロウの上位に立っていられるのは、ノインシュタイン侯爵であり殉国騎士団を統べるキュリアーノ以外に存在しなかった。
「さっさと席を詰めろ、ぐずぐずするな」
そう急かしたのは、大公アーディンの直臣で流星騎士団将軍のオハラだ。
ペーターセンの自決以来、彼は人が変わったようにザンガリオスに対して寛容になっている。
キュリアーノとペーターセンの二度目の会見の折、フロイトとの間で起こしたいざこざもまったく気にしている風にない。
生粋の武人らしく、あっさりとした性格なのであろう。
チラとフロイを一瞥すると、自ら笑みを浮かべ黙礼した。
フロイの方も頭を下げる。
多少乱暴なオハラの言葉遣いに抗う者も誰一人おらず、すんなりと席が空けられた。
自陣内では、相も変わらず気ままに振る舞っているらしい
「みなさまの心遣い、感謝する」
会釈をしながら、バッフェロウが腰掛けた。
カルロとデニスもそれに続く。
この待遇で分かるように、ザンガリオスの将兵並びに新当主ケネットは、ここでは同等の立場として遇されていた。
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