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第三章 ザンガリオスの道標 4-1



「そんな──、兄上がお亡くなりになったなんて。嘘だ、そんなはずはない。嘘だ、噓だ──」

 一部始終を聞いたケネットは、兄の死を受け入れられずに泣き叫ぶ。


 親子ほど年の離れているペーターセンは、ケネットにとって父親同然の存在だった。

 父親の最晩年に側室との間に生まれた彼が、わずか一歳にも満たぬ時に先代のザンガリオス侯爵はこの世を去った。


 拠ってケネットは、父の顔を知らずに成長した。

 家督を継いだペーターセンは、この歳の離れた腹違いの弟を溺愛した。

 赤子の頃から側に置き、実子同然に愛しんだ。


 不幸にも子供に恵まれなかったペーターセンは、五年ほど前から末弟のケネットを後継者と定め、当主としての教育も施した。

 その証拠にこの頃にジェニウス王に嫁いだ姉の娘を許嫁にし、彼の将来を確実なものとすることに腐心している。


 此度の謀叛劇に加担した理由の一つは、ジェニウス王家と互角の立場になるため、サイレン大公家への復帰を求めたのもその一因だった。


 元々ペーターセンは野心家ではない。

 武断派でもなく、家柄の良い大貴族そのもののような人柄の人物だった。

 ただ彼の元には無敵と謳われる〝ザンガリオス鉄血騎士団〟という、サイレン一の武装集団がいた。


 気の迷いとしか思えない大公家復帰という誘惑と、英雄バッフェロウ率いる常勝軍団の存在が、本来争いを好まない彼の心を惑わしてしまったのだった。


 ただ己の欲に目がくらみ、盲目的にヒューガンに従ったわけではなかった。

 その証拠にヒューリオ高原での敗戦の後は、カーラム家とは行動を共にしてはいない。


 もしもあの時にヒューガンの誘いに乗り、共に北を目指していたとしたら、ザンガリオス家はそこで滅んでいただろう。

 カーラム家と一線を画したことで、生き残る道が生まれたといってもいい。


 それが大公アーディンの心証を、多少なりとも良くしたのかもしれなかった。

 ケネットはペーターセンの末弟というよりも、事実上その嫡男として扱われ成長して来た。


 父親同然の兄を、彼も愛した。

 此度のトールン上洛の戦に同行を許され、ケネットは嬉しくてたまらなかった。

 初陣はさせてもらえないが、兄と共に戦場に赴けることがなによりも彼の心を浮き立たせた。


 戦いに敗れるなど、微塵も考えてはいなかった。

 それまで彼の騎士団は敗けを知らず、陣頭には英雄バッフェロウまでいる。

 なんの心配もなく、ケネットは日々勝ち続ける報告を聞きながら戦場での毎日を送っていた。


 そして運命の〝ヒューリオ高原大会戦〟が始まったのだ。

 それからの苦難の日々で、ケネットは初めて現実というものを知った。

 戦に敗れ逃げ惑う毎日が、彼に世間の厳しさというものを初めて経験させた。


 そんな状況であっても、側に兄ペーターセンが居てくれるだけで安心していられた。

〝兄上が最後はどうにかしてくださる、兄上にお任せしていれば間違いはない〟

 彼は兄に全幅の信頼を寄せていた。


 その兄が死んでしまったと聞かされても、まったく現実味が湧かない。

 もう兄がこの世にはいないと言われても、もう話しをすることが出来ないと言われても、どうしても信じられない。


「いいかケネット、これからはお前がザンガリオス侯爵家の当主だ。伯父さんがそう言い残された、ぼくたちが支えるから心配はない。泣いている時間はぼく等にはないんだ、トールンに着けばすぐに色々な試練が待ち受けている。ザンガリオス家を亡ぼそうと、画策する者もいるに違いない。伯父さんの死を本当に悼むのは、その危機を脱した後だ。いまは心を新たにして、ザンガリオス家が一つにまとまり乗り切らなきゃならない」


 自分自身もさっきまで落ち込んでいたはずなのに、わずかの間にすでにフロイは立ち直っていた。


「そんなこと考えられない、ぼくにはそんな事出来ないよ。ぼくに兄上の代わりなんか務まるはずない。みんなうるさいよ、ぼくはただ悲しいんだ。兄上が死んじゃって悲しいだけなんだ、ぼくにはそれを悲しむ時間も与えられないって言うの。フロイ兄さま、ぼく泣く暇さえもらえないの」

 まだ幼さの残る顔が、大好きなフロイをじっと見ている。


「そうだ、お前には泣いたり悲しんだりすることは許されない。ここにいる多くの将兵、故郷の一族やその郎党、すべての運命がお前の肩にかかってるんだ。そんな多くの人のために、いまは動かなくちゃならない。それがザンガリオスの当主となった者の宿命だ」

 いつもはどこかふざけているような態度のフロイが、冷たく突き放すようなことを言う。


「いいか、ぼくも含めこれからは甘えてられないんだ。それを笑って許してくれてた伯父さんはもう居ない。これからはぼくたちが、自分の力でやって行かなくちゃならないんだ。一つの時代はもう終わった、新しい時代をぼく等は生きるしかない。辛いのはみな同じだ、でもやらなくっちゃ」


「兄上はいない、もう兄上はいない──。優しく抱いてくれたあの腕は、もう二度とぼくの肩を抱いてくれない・・・」

 虚ろな瞳で、ケネットが呟く。


「ねえ兄さま、兄上のお顔を見せて下さい」

 ぽつりとケネットが呟く。


「ああ、お前も最期の別れを告げるといい」




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