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第三章 ザンガリオスの道標 3-6



 数日たってもフロイは、伯父の死の衝撃から立ち直れないでいた。

 目の前でペーターセンが頸を掻き斬り、自害してしまったのだ。


〝ぼくが投降を拒絶し、敵大将の首を討つなどと我が儘を言ったためにこんな事になったのではないか。あの時も敵将オハラと一触即発になった、そんなことが伯父を追い詰めてしまったのではないか〟


 自責の念から、彼は精神に異常をきたしていた。

 あれ以来ほとんど誰とも口を利かず、食事も一切摂っていない。


「どうしたフロイ、まだ気にしてるのか。いい加減にしろ、あれはお前のせいじゃない。殿は端っからああする積もりでおられたんだよ。潔いい方だったからな、すべてを自分おひとりで片をつけられた。いつまでめそめそしても時は戻りゃしない、これからはお前がザンガリオスを引っ張るんだ、殿の遺言なんだろ。リネルガ殿の代わりに、ザンガリオスの政を担えとの」


 人から離れぽつんと馬をうたせているフロイに、カルロが声を掛ける。

 主家の一族と一家臣の武将という身分の差を越え、この二人には特別な友情関係があるらしい。


「いいや、ぼくのせいだ。ぼくの我儘が伯父さんを死に追いやったんだ。もうぼくは故郷に帰れりゃしない、どの面下げてみなに会えというんだ。伯母さんや一族の者になんと言えばいいんだよ」

 ぼそぼそと吐き出すような小声で、自らを責める言葉を綴る。


「馬鹿野郎、お前は殿から後を託されたんだ。しっかりしろ、これからトールンでまだまだ試練が降りかかる。それを俺たちでなんとか乗り切らなきゃならねえ、いつまでも悔やんでいる暇はねえんだ。それにな、さっきケネットさまが目を覚まされた。もう病も心配ないそうだ、お若い主を俺たちでこれから盛り立てて行こうじゃねえか。お前の顔を見たがっておられるぞ」


「ケネットが・・・」

 フロイの顔が、少しだけ明るくなった。


「ああ、フロイ兄さまに会いたいって仰られてる。早く顔を見せてやれ」

「伯父さんが亡くなったことは?」

「まだ言っちゃいない、身内のお前から伝えるんだ。それが後を託された者の務めだ、気を入れ直せ。泣いてる時間は俺たちにはねえんだぞ」

 カルロは力強く、フロイの背中を拳で叩いた。



 ケネットは大きな屋根付きの馬車に寝かされていた。

 征討軍から遣わされたものだ。


 中には柔らかな布団が敷かれ、それまでのみすぼらしい荷馬車に簡易的な幌を被せたものとは雲泥の差だった。

 側にはジェニウス王女のレイラと侍女のカレンが、付きっ切りで看病をしている。


「レイラ、本当にレイラ姫なのですね。夢ではなく・・・」

「ええ、間違いありませんことよ。あなたの許嫁のレイラです、もうお側を離れは致しません。安心して養生して下さいませ」

 少女が少年の手を取り、頬に持ってゆく。


「姫、わたしもすぐに元気になります。あなたの身はこのケネットがお護りする、生涯をかけてあなたに尽くしましょう。そうして、再びジェニウスにお義父上の血筋を・・・」


「ケネットさま、兄のタイラーも妹のエミリアももうこの世には居りません。ケヴィン王の血筋で残っているのはもうわたくしだけです、王家の再興など叶わぬ夢でございます」

 レイラが目頭を押さえる。


「ならば、あなたを王位につける。レイラ姫、あなたが女王となりジェニウスを統べるのです。わたしにお任せください、兄上と力を合わせ必ずグラーデン王朝を復興させて見せる」


「あ、義兄上さまと・・・」

 少女の顔がにわかに曇る。


「なにを暗い顔をしておられるのです、わたしをお信じください。必ずや約束はお守りする、ザンガリオスの矜持にかけて」

 少女を勇気づけるように、少年は精一杯の笑顔を見せた。


「そうだ、兄上はどうしておられる。お顔を見たい、呼んではくれませんか」

 その言葉に応えるものは、誰もいなかった。


「ウォーホー、ウォーホーは居るか。ケネットは回復した、兄上をお呼びいたせ。お会いしたい、兄上にお会いしたい」

 外に聞こえるよう、ケネットが大声で叫ぶ。

 やはり何の返辞(いらえ)もない。


「どうした、なぜ誰もなにも言わぬ。兄上をお呼びしてくれ、兄上、兄上」

 苛ついたように、少年は声を荒げる。

 馬車が動きを止めた。


〝がちゃり〟

 停まった馬車の扉が開き、人が乗り込んで来た。


「あっ、フロイ兄さま」

 ケネットの顔が、一気に明るくなる。


 このいつも強気で陽気な親族筆頭である青年を、ケネットは誰よりも好いていた。

 彼と入れ替わるように、レイラとカレンは外へ出て行く。


 レイラはすれ違う瞬間フロイに縋るような視線を見せ、微かに会釈をした。

 フロイも唇を引き締め、顎を引いた。

 ペーターセンの訃報のことを、レイラはフロイに託したのだ。


「やあケネット、随分元気そうじゃないか。その分じゃ二日もすれば馬に乗れそうだね」

 いつもの気取らない口調で、フロイは屈託なく目を細めた。


「ご心配かけました兄さま、でももう大丈夫です。兄さまと一緒にノインシュタインの黒い悪魔など蹴散らして御覧に入れます」

 初陣もまだの癖に、生意気な口を利く。


「ははは、その元気だ。しかしな、追討軍とは和議を結んだ。いまはトールンに向かって共に還っている所さ、あと半旬もせずに着くだろう。戦はもう終わったんだよケネット、伯父さんがすべて巧くやってくれた。誰一人の兵の命も失わずに済んだ、お陰でこのぼくもこうして生きてる」


「俺も死に損なった、厄介者は天も受け入れてくれないようだ」

 後ろでカルロが陽気におどけてみせる。


「カルロ、お前も来てくれたのか。いつもの顔触れが揃ったね、ぼくたち三人は一心同体だ、力を合わせてザンガリオスを、兄上を支えて行こう」

 お気に入りの家臣の顔を見て、嬉しそうに微笑む。


「いいかいケネット、これから言うことをよく聞くんだ。耳を塞いじゃいけない、重大な話しだからちゃんと最後まで聞いてくれ。お前はもう大人だ、そうだろ──」

 急に真面目な顔で、フロイが少年の目を見詰めた。


「どうしちゃったの、兄さま」


「伯父さんは──、ザンガリオス家当主ペーターセン・フォン=ザンガリオス侯爵さまはお亡くなりになられた」




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