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第三章 ザンガリオスの道標 3-4



「騒がれるな方々、なにも他人に危害を与えはせぬ」

 確かに目の奥は、冷静そのものであった。


「キュリアーノ殿、トールンのアーディン殿下にお伝えください。ザンガリオスの家督はたった今から、わが末弟ケネットに譲ります。もう一度お逢いして、此度の不始末のお詫びを致したかったが、それも叶わず心残りであったと」

 そのままバッフェロウへ振り向く。


「いままで尽くしてくれて感謝いたす、それに値しない不甲斐ない主であったことが悔やまれる。これからはケネットのために、同じく忠義を尽くしてくれんことを切に願う。フロイ、お前はもう少し大人にならねばならん。武はバッフェロウに任せ、さきほど申したように文でケネットを支えてくれ。頼んだぞ」


 言い終わると同時に、剣を喉元に当て一気に首を掻き斬った。

〝ばしゅっ〟

 噴水のごとく、鮮血が湧き出る。


「キュリアーノ殿、わが一命を持ってどうか和議をお願い致す。兵たちに誇りを・・・」


 頸動脈から噴き上がる血潮で顔中を真っ赤に染めながら、ペーターセンは最期の言葉を絞り出した。


「殿ッ」

 駆け寄ろうとするバッフェロウを手で押し留め、さらになにかを言おうとする。


 しかしもう声にはならず、ただ開けた口からヒューヒューと空気が漏れるような音がするだけだった。

 末後の力で彼は天を仰ぎ見ると、微かに笑みを浮かべそのまま地へ斃れ臥した。


 それを離れた陣中から見ていたザンガリオスの兵たちが、一斉に動きを見せた。


「殿──っ」

「一体これはなんだ、なにが起こった」

「うおーっ、殿が」

 すべての兵が主君を目がけて殺到しようとする。

 それを見て取った追討軍の兵たちも、反射的に応戦の構えを見せる。


「止まれーい! 一歩も動くな」

 天地をも震わせる、雷鳴のような大声が轟いた。


 バッフェロウの一喝で、すべての人間の動きが止まった。


「それ以上近づくことは、このバッフェロウが許さん。いまは黙ってそこにおれ」

 自軍の兵へ向かって叫ぶ。


「みな従え、ここは将軍にお任せするんだ」

 ウォーホーが、周りの兵たちを落ち着かせる。


 一方のキュリアーノも、冷静を保つように兵たちに注意を促す。

「慌ててはならん、これは戦などではない。間違っても剣など抜いてはならんぞ」


 追討軍の兵たちもそれ以上は騒がず、成り行きを総大将であるキュリアーノに委ねている。

 しばしの間、静寂だけがその場を支配した。


 その静寂を破り、バッフェロウがゆっくりと動いた。

 主であるペーターセンの前に跪き、静かにその骸を抱き上げる。


「殿、武人でもあるまいに、なんということをなされた」

 バッフェロウがもの言わぬ主に語り掛けた。


「まさか殿のこんなお姿を見ることになろうとは、このバッフェロウは天下一の愚臣でございます。どうかお許しくださいませ」

 その瞳からは、熱き涙が滂沱のように流れている。


 かたわらのフロイはまだ頭がついて来ないのか、呆然としたまま立ち竦んでいる。


 キュリアーノは取り出した白い布で、ペーターセンの顔を染めている血を拭いとる。

「まさかこのようなことをお考えであったとは・・・」

 静かに目を瞑り短く黙禱をすると、垂れ下がっている両手を取り胸で交差させる。


「かたじけございません」

 そう礼を言うバッフェロウの左肩に手を添え、キュリアーノがはっきりと告げた。


「和義は成立いたした。為ったからには一刻も早くトールンへ戻り、ペーターセン殿の弔いを致さねば」

 バッフェロウの顔が、なんとも表現し難く歪む。


「和議でいいのですか」

 横に立つデオナルドが訊く。


「わたしの一存で和議は為った、誰であろうと異議は言わせぬ。よろしいなオハラ殿」

 さすがの強硬派のオハラも、これには無言で頷きペーターセンへ黙禱をささげる。


「さあバッフェロウ殿、お聞きになった通りだ。もう敵でもなければ争う相手でもない、同じサイレンの人間同士だ。トールンへ戻りましょう、すぐに兵をおまとめ下さい」


「キュリアーノ殿、このご厚情は忘れは致しません。この通りです」

 ペーターセンを抱いたまま、バッフェロウが深々と腰を折った。


 これに於いて〝ザンガリオスの悲劇〟と呼ばれる一連の逃避行は、ペーターセンの死をもって一応の決着を見せた。




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