第三章 ザンガリオスの道標 2-4
一人は人並み優れた甲冑を纏った偉丈夫、もう一人は細身の身体付きをした雅な装いの中年男性である。
なにやら重大な話しをしているようで、ショウレーンの出現にも気づいていない。
どちらも見知った顔で、バッフェロウ将軍とザンガリオス候ペーターセンに間違いはなかった。
ショウレーンは臆することなく言葉を掛けた。
「ザンガリオス候と、バッフェロウ将軍でございますか」
二人は声のする方へ振り向き、瞬時に身構える。
「怪しい奴、貴様なにものだ」
バッフェロウ将軍が剣の柄を握り、鋭い視線を向ける。
「しっ、けっして敵意ある者ではございません。わたくしは大公アーディン殿下の密旨を託されてお伺いした者です。わが主はバミュール候フェリップ、わたしはその家臣でショウレーンと申します」
ショウレーンはすぐに自分の身元を証し、他意のないことを伝える。
「大公殿下の密旨を」
「はい、これにございます」
懐から一通の書簡を取り出し、恭しく差し出す。
「大公殿下手ずからお書きになったのを、わが主フェリップに託されたものです。内容までは知りませんが、アーディン殿下の偽らざるお心が記されているものと存じます」
ペーターセンは居住まいを正し書簡を受け取り、深く拝した。
『わが友、ペーターセンへ』
表書きにはそう記されている。
間違いなく、見慣れたアーディンの癖のある筆跡である。
裏を見ると、大公のみが使用する、金の蝋封が施してあり複雑な書体の花押が記されている。
「アーディンさま、謀叛人のわたしを友と呼んでくださいますのか──」
それを見た途端に、ペーターセンの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。
「こんなお優しい方を一時の欲望に駆られ、わたしは亡き者にしようとしてしまった。この罪は許されるものではない、なんと愚かなことをしてしまったのだろうか」
膝から崩れ落ち、地に臥して自らの過ちを嘆く。
後悔は決まって後からやって来るというが、此度の謀反の企てはそのような言葉で済まされるような軽いものではなかった。
サイレン大公家のあり方そのものを根底から揺さぶる、大きな出来事であった。
『わが友、ペーターセンへ
此の度はお互いの行き違いにより、非常に悲しい出来事が起きてしまった。
あなたとはサイレン家の縁戚という関係もあり、幼き頃から親交があった。
縁者の少ないサイレン家にあって、ザンガリオス家は大公三家を除く数少ない同じ血を持った一族として、遠慮のない話しの出来る人たちだと思っていたし、実際にそうであった。
カーラム・サイレン家などよりもよほど親しみを覚えていたし、家族ぐるみの交わりも多かった記憶がある。
中でも歳の近いあなたとは、子どもの頃はよく遊んだ記憶がある。
成人するまではトールンで暮らす習慣があるから、顔を合わせる機会が多かったのでしょう。
大人になってからは領地に居られることが増えたため、滅多に言葉を交えることも少なくなったが、なにかの機会にあなたの顔を見るのはわたしの愉しみでもありました。
そんな時、思いがけずわたしはサイレン大公に推され即位してしまった。
青天の霹靂という言葉が実にそぐわしい出来事でした。
六十年以上に渡りカーラム家の統治が続いていた故に、大公となっても政をどう進めればいいのか手探り状態でした。
就任して一年も経ってはいないのだから、それも無理からぬことであるとご理解頂きたい。
ヒューガンに相当な不満があるのは、初めから分かっていた。
しかし、わたしの大公就任は星光宮が、延いては国民が求めたものであり、わたし自身であろうともその流れに逆らうことは出来なかった。
でも私は不安でした。
重臣たちは数多いても、親しく肚を割って話せる協力者がわたしには居ない。
数少ない友は、同じサイレン三家のウェッディン家くらいなものだった。
だからわたしは頃合いを見て、ザンガリオス家とワルキュリア家をサイレン大公家に復帰させ、政に参画してもらうつもりでいました。
大公家の力が増大することを嫌う宮廷の貴族たちからは反対が出るかもしれぬが、わたしはこれをなんとか為し遂げる心積もりだった。
それには、いま少し星光宮内でわたしの力を強める必要があった。
そんな矢先に、頼みに思っていたウェッディン家、ザンガリオス家、ワルキュリア家が叛意を持ってヒューガン率いるカーラム家と共に、トールンに対し兵を挙げたのには心底驚いた』
そこまで読み進めたペーターセンの目には、再び涙が溢れて来る。
〝アーディンさま、まさかあなたがこのようなことをお考えであったとは──〟
〝それをわたしは私欲に駆られ裏切ってしまった、なんと浅はかなことを・・・。信じていてくださった幼き頃からの関係を思い出しもせずに、甘言に躍らせれてしまった〟
〝いや、人のせいではない、己の心の弱さであり醜さだ。それが今のザンガリオス家のこのありさまを招いてしまった。いや、ケヴィン陛下が統治されていたジェニウスまでをも不幸に巻き込んでしまったのだ。わたしごとき愚者には償いようがない〟
「殿、どうされました、お気を強くお持ちになられますように」
力なく座り込み、肩を落としている主をバッフェロウが支える。
「すまぬなバッフェロウ、だが心配には及ばん」
ペーターセンは添えられた手を優しくふりほどき、顔を上げ書簡を読み続ける。
『幸いにして変事は成就されず、どうにかトールンにも平穏が戻った。
心配なのはこの後の事だ、ペーターセン。
あなたとザンガリオス家、そしてその家臣の事だ。
あなたにも分かっていようが、このまま無事で済むはずはない。
わたしとしても大公という立場柄、何らかの処分を下すことになる。
いまわたしは不謹慎ながら、あなた方が無事に国境を越えジェニウスに保護されることを願っておる。
あなたがどんな意図をもってケヴィン陛下をお頼りになられるのかは知らぬが、陛下は賢明なお方ゆえなされることは予想がつきます。
ザンガリオス家とサイレンの間に立って、必ずや穏便な処置に落ち着くようにご奔走下されるでしょう。
そうすればケヴィン陛下に忖度し、多少貴家に対する処分も軽くすることが出来ます。
いまはただ、そうなることを願うばかりです。
されど、ジェニウスがあなた方をなんらかの理由で受け入れなかった場合、追討軍であるノインシュタインの兵との間に非常にまずい事態が起きてしまう。
その時は諍わず矛を収めて欲しい。
いままで通りの親族貴族の地位の確保は難しかろうが、それなりの格式を残し身分の保証をわたしが約束する。
諸侯たちは、あなたの処分と家名廃絶を要求するだろうが、そのようなことはわたしがさせはせん。どうかわたしを信じて欲しい。
重ねて頭を下げて乞う、どうかもう争うのはやめて欲しい。
ともに遊んだ幼馴染の死をなぜわたしが望もうか、サイレン大公家から別れし一族が滅ぶのをだれが喜ぼうか。
大公としての願いではない、これはアーディン一個人としての願いです。
わが友よ、再びトールンにて相まみえんことを切望する。
その時には、二人で幼き日を語り合いましょう。
サイレン大公 アーディン・フォン=サイレン』
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