第一章 草原の黄昏 1-6
星光宮バミュール家の控えの間は、動きが慌ただしくなっていた。
「ようし、まんまとこちらの策通りに話しが運んだな。レノンの思惑通り、あやつらわが身の保身のみを第一に考えおった」
「これも今日だからできたことです、戦が始まっており上へ相談するのが憚られる状況でこそなしえた策です」
主フェリップの言葉を受け、レノンが口の端を緩めた。
「しかし雉鳩をどうする、いまのトールンにそのような食材が準備できるのか」
「それはわたしに任せろ、うちの一家の者にトールン中の店を当たらせる。お前らと違ってそんなことはお手の物だ、必ずどこからか調達してくる。それよりあのライチにはどんなカラクリがあるんだ、ぜひ知りたい」
クエンティが気になっていたことを問うた。
「うむ、これにはいささか奇妙な話しがあってな、確かあれはわたしが八歳で大公殿下が十一歳の頃だったと思う。オズハラド地方のウェッディン家の別荘へ、わが兄と三人で長逗留していた事があった。実はその時わたしと殿下は、森の盗賊にさらわれてしまったのだ」
「さらわれたって、そりゃ大変なことじゃないか」
「ああ、運が悪ければその時に命を失っておったかもしれぬ。臆病だが要領のいい兄は助かったが、われらは盗賊のねぐらに連れて行かれ、狭い小屋に二日間も閉じ込められてしまった。その時は水も食事も与えられず、酷いものだったよ。さらわれる前にわたしは森でライチの実を捥いでいた、それを上着とズボン両方のポケットに入れられるだけ詰め込んでいた。その二日間このライチのお陰で喉の渇きを凌ぐことが出来たようなものだ」
その場のみなが、フェリップの話しにくぎ付けになっている。
「大公殿下がライチを大好物などとは真っ赤な嘘だ。逆に苦手な食べ物らしく、その際も嫌がる殿下にわたしが無理やり食べさせたくらいだ。その後オズハラドの郷士らを掻き集めた、わが家の者八十人程に取り囲まれた盗賊たちは、あっさりと降参してしまった」
「おお、それはよかった。いまこうしてここにおるということは無事だったのだな」
「いかにもそうだ、救出されたわたしたちが別荘に帰還して、初めて口にしたのが雉鳩の料理だった、根菜のスープと共にな。二日ぶりの温かい料理だったから美味かったな」
今から三十年以上前の話しだった。
「大公殿下はそのことを覚えていてくだされた。身柄が拘束されている状況もあの時と同じ、そのことが大公殿下の意に添わないことも、先程の面会ではっきりいたしました。雉鳩の料理を所望されるということは、救い出して欲しいとの意味で間違いないでしょう」
そのすべてが、レノンの策による筋書きであった。
「あとは無事に大公さまを救い出すだけだな、料理師に紛れて誰と誰が潜り込むかだな」
「わたしとレノンは堂々と入って行けるとして、わが家の料理長のネカルドと助手が一人。それにクエンティお前とショウレーン、せいぜいあと一人が限界だろう。そう大勢で押し掛けるわけにもゆくまい、怪しまれてしまう」
「なれば短剣の名手、犬狼軽歩兵師団副長のスカッツがよろしゅうございましょう。腕も立つし動きも素早い、なにより見掛けがごく普通です。大男のクエンティ殿と、長身のショウレーンだけでも目立ってしまうのに、これ以上ごつい奴は連れて行けません」
「人選はお任せする」
クエンティが静かに同意する。
「なんにしても素早い行動が肝心だ。大公宮から連れ出すと同時に、殿下から公宮広場に集まっている近衛騎士団に出陣を命じて頂く。それと同時に、バッテルン広場のハルンバート流星騎士団にも参陣してもらうつもりだ」
「その下交渉はわたくしめにお任せください。リム家の家宰ユーリンゲル侯爵はわたくしの仲人です、これから出向いて秘かに事を打ち明け、必ずや協力を取り付けます」
ショウレーンが勇んで立ち上がった。
「よし、そちらは任せたぞ。くれぐれも人に気取られるなよ、ちょっとでも相手に勘繰られればすべての策が水泡に帰す。あくまでも隠密の行動が肝要だ」
「承知しておる」
レノンの念押しに、ショウレーンが頷く。
「ではわれらも一旦ここから退散するとしよう、わが屋敷で最後の評定だ」
立ち上がった四人の顔に緊張が漲った。
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