第三章 ザンガリオスの道標 2-2
「いささか込み入った事情がございまして、ここへ来る前にペーターセン殿はじめご家臣方と親しく話す機会がありました。はっきりと申し上げるが、彼らには抗戦の意思はありません。やがて間を置かず話し合いを申し入れる使者がやって参りましょう」
「相手は戦をする気はないというのですか、それが真実ならば願ってもない話しだ。同じサイレンの人間同士で、殺し合いなどない方がいい」
デオナルドが興奮したような声を出す。
「それは間違いのない情報でしょうか、ザンガリオス軍の総意と受け取ってよろしいのか」
念を押すようにキュリアーノが言う。
「中には戦をしたがる撥ねっ返りがいるようですが、ペーターセン殿もバッフェロウ将軍もなんとか戦を回避したいと思っていらっしゃる。逆にお尋ねするが、追討軍の中に戦を主張する方はおられぬのですか。いざとなった際に、勝手に仕掛けられてはすべてが水の泡になってしまう」
「おらぬわけではないが、それはわれらでなんとか致す。どこにもいうことを聞かぬ厄介者が居るのですよ、相手側にもわが方にも」
苦笑しながらレミキュスがキュリアーノに目配せする。
オハラの事である。
「そのことはわたしの責任で問題なく抑える、ザンガリオスの方は間違いないんだろうな」
「それは心配ないでしょう、主であるペーターセン殿がお決めになれば逆らうものはおりません」
「分かった、では相手方の使者が現れるのを待つとしよう。ひとつ訊いておきたいが、ペーターセン殿は投降をするのか、それとも和議を結ぶ気でおられるのか」
大事なことだというように、キュリアーノがじっと目を見て来る。
「たぶん和義の使者でしょうね、それをお受けする気が候にはお有りですか」
「それは難しいでしょうな、戦を回避したければ武装解除の上での投降しかありません。いまさら和議などは受け入れられん」
つけ入る隙もないような、強い口調であった。
「そこを何とかできませんか、相手は大公家に連なる家柄なのです。気位の高さではサイレンでも屈指の家系、どうかそこを汲んで戴けませんか」
すがるようにジェピターが懇願する。
「こちらも星光宮の威信をかけて出馬しているのです、そこを曲げることは出来ません」
「では互いに折り合いがつかねば、戦ということになってしまう。どちらも穏便な帰結を願っているというのに、意地や矜持で台無しにしてしまうのですか。それによって多くの兵の命が失われるのですよ。馬鹿々々しいとは思いませんか」
「それが政というものですジェピター殿、あなたも国政の一端を担っておられたのだ、その位のことはご存知でしょう」
「まつりごと、そんなものの名誉のために死んでゆく人間はどうなるのです。わたしはひとりの人間としてこうして間に入って奔走しているのです、それは人の命を無駄にしたくないからだ。見栄や体裁などのためではない」
必死な表情で訴えるジェピターに、キュリアーノの冷ややかな言葉が帰って来た。
「あなたはまだ若い、世の中は不条理で出来ている。国はその威信があってこそ民の上に君臨できるのです。戦って死ぬのも覚悟で戦場へと来ているのだ、国のためにならば死もまた善き哉。あとはわれらで始末いたす、これ以上の口出しは無用として頂きたい」
ジェピターはその場にいる人々を見回した。
デオナルドもレミキュスも黙して語らず、どうやらキュリアーノと同意見のようである。
その中にあって、隅でただ話しを聞いていたショウレーンだけが、なにか言いたげな表情でジェピターを見詰めていた。
「そうですか、これ以上わたしの出る幕はなさそうですね。お決めになるのは当事者たちだ、わたしは姿を消しましょう。最後にもう一度だけ言わせてください、人の命を疎かにすればやがてその報いは自らに返って来ますよ。ではこれにて・・・」
出現した時と同じように、霞のように若き魔道士は姿を消してしまった。
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