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第三章 ザンガリオスの道標 1-4



 それよりも一刻ほど前に追討軍の陣中で、妖しき動きがあった。


「ノインシュタイン候、いよいよペーターセンめを追い詰めたな。無傷の鉄血騎士団ならば勝負はどう転ぶか分からんが、こうなってしまっては殉国騎士団の敵ではありますまい。一気に殲滅し、謀叛人の首をトールンに持ち帰りましょうぞ。将兵の区別なく撫で斬りにし、一人も生かしてはおかん」


 意気揚々と陣頭視察から戻って来るなり、オハラは追討軍総大将のキュリアーノ侯爵へ進言する。


「まあそうお逸りあるなオハラ将軍、しばらくは相手の出方を見よう。戦わずとも投降して来るやもしれんし、会談を要求してくる場合もある。ここはじっくりと腰を据えましょう、ジェニウスからの救援はないのだから時間はいくらでもある」


「馬鹿な、やつらは大公さまを亡き者にしサイレンを乗っ取ろうとした大罪人共ですぞ。そんな悠長なことはしておれん、即刻全滅させるまでだ。たとえ降伏して来ようとも、一人残らず首を取る。絶対に生かしてはおかん」

 相手が主の命を狙った者たちだけに、その気持ちが分からない訳ではないが、彼の主張はあまりにも苛烈過ぎた。


「決めるのは総大将たるこのわたしだ、勝手な発言はお控えください。軍紀の乱れにもつながる」

 キュリアーノが眉間に皺をよせ、強い云い方でオハラをたしなめる。


「ぐくっ、候がそのような弱気なのであれば、わが流星騎士団だけであっても開戦いたす所存だ。なにもわたしはあなたの部下ではないのだからな、勝手にさせていただく」

 踵を返すオハラに、キュリアーノが静かに言い放った。


 自分たちが闘いを始めれば、嫌が応にも参戦してくると高を括っているような言動だ。


「わたしの申すことが聞けんのかオハラ、勝手もいい加減にせよ慮外者めが。このキュリアーノをなんだと思っている、黒い悪魔の総帥ぞ。あくまで軍令に従わぬのならば謀叛も同然だ、ザンガリオスの前に流星騎士団とやらをこの世から消してしまってもいいのだぞ。追討軍の全権はわたしに任されている、その場での賞罰の行使権も含めてな。異教徒との殺し合いで鍛え上げたわが騎士団の力、とくとご覧に入れよう。如何なさるオハラ将軍」


 当初からの奔放な言動に我慢の限界を覚えたのか、ノインシュタイン候キュリアーノがとうとう本来の猛々しさを見せる。

 元々気の長い人物ではない。


「貴殿、アーディンさまの騎士団を潰すというのか。それこそ謀叛ではないか、われらは大公直属の私兵ぞ。やれるものならばやってみられよ、全力でお手向かいしよう。数こそ少なけれど最も純粋なる官軍ぞ、さあやってみられい」


 こちらもこちらで、殉国騎士団相手に微塵も恐れる気配がない。

 相当な気概と、稀に見る矜持の持ち主のようだ。


「言うたなオハラ、わたしは口だけの男ではないぞ」

「それはわたしも同じだ、武人に二言はない。半刻待たれよ、陣を整える」

 売り言葉に買い言葉、一触即発の危険な言葉が飛び交う。


「双方ともなにを物騒な、少し落ち着かれよ。敵を目前にして仲間割れとは、笑われてしまいますぞ」

 レミキュスがそんな二人の間に入る。


「オハラ殿、ここはあなたがお退きなされ。総大将の命には従うものだ、われらも貴殿もいってみれば見届け役の立場です。戦そのものはキュリアーノ殿と殉国騎士団にお任せするのが筋だ、いくら大公さまの直臣であろうとこれ以上の勝手はお控えください。これは軍監たる、わたしの正式な見解だ」

 デオナルドもオハラを諫める。


「ええい、どいつもこいつも腰抜けばかりと見える。好きにいたせ、われらはもう戦には加わらん。あなた方の手並みをじっくりと拝見しよう」

 捨て台詞を残し、オハラは自陣へと去って行った。


「やれやれ意固地なお方だ、戦場であのような指揮官が全権を握ったら兵は苦労する。退くことを知らぬのと、勇敢なのとは違うということが分かっておらんようだ」

 顔を左右に振りながらデオナルドが苦笑を浮かべる。


「共に戦ったことがない故に猪武者なのか、真の勇者なのか判断がつかぬ」

 キュリアーノも疲れたように言う。


「サイレン大公三家の騎士団は、基本的には戦には出ませんからね。主を個人的に守るのが使命だ、そのくせ矜持だけは驚くほどに高い。それが存在意義なのだから仕方がないが、とにかく近衛騎士団以上に特殊な兵たちであることは確かです」

 レミキュスが的確な評を添える。


「ううむ、やはり貴殿をわがノインシュタインへお招きしたい。もし来て頂けるのであれば、殉国騎士団の総騎士長をお任せしてもいい。レミキュス殿、いま一度お考え下さらんか」

 以前に一度断わられたにも拘らず、また口説き始める。


「ありがたい申し出なれど、わたしのこれからの人生はここにいるデオナルドさまにお捧げするつもりです。あと十年の内に必ずサイレン一の武将に育て上げてみせます、それを楽しみにしていて下さい」

 前と同じようにきっぱりと断られる。


「ノインシュタイン候、わが師を取り上げないで下さいませんか。なににも代え難いのは人材です、わたしにとってレミキュス殿は宝です。わがアイガー家の客将としてお迎えする所存、どうかお手を出さぬようにお願い致す」

 爽やかに笑いながら、デオナルドが軽く頭を下げる。


「惜しい、実に惜しいがこの件はもう諦めましょう。レミキュス殿、サイレン一の武将ということは、このキュリアーノ以上のという意味でしょうな」

 笑いながらも、目の底には怖いものがある。


「無論です、わたしは彼を亡き兄上アームフェル殿以上の武将になれる器だと思っております。アイガー家から元帥府総帥を出す、それが今のわたしの使命です」


「マクシミリオン家、デュマ家以外からサイレン武門の頂点を? それは大層なお考えですな。サイレン建国以来考えられもしなかった事だ、しかしあなたがそう仰るのならば可能性はあろう。その日が来るのを楽しみにしておりますぞ」

「必ずや」


 この時の約束は、十六年後に為し遂げられる事となる。



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