転章
宵闇の中オルオロウ通りのクラークス一家は、ざわざわとした空気に包まれていた。
たったいまヒューリオ高原から、代貸しのクエンティが戻って来たのである。
表通りは勿論のこと、トールン中が聖龍騎士団勝利の報に沸き立っている。
気の早い奴が、祝いの花火まで打ち上げる始末であった。
「姐さん、親分が戻って来ましたよ」
ババルディが奥のシャリーンに声を掛ける。
やきもきしながら待っていたシャリーンは、後ろに人の気配を感じパッと目を見開き、思わず椅子から立ち上がって満面の笑顔を見せた。
「あんたお帰り、心配してたんだからね──」
「遅くなりました、姐さん──」
そこに立っていたのは、代貸しのクエンティであった。
「・・・・・」
しばらく言葉もなく呆然としていたシャリーンが、くずおれるようにその場にしゃがみ込んだ。
「な、なんで・・・」
「すいません、このクエンティがついていながらこんなことになっちまって」
「こんなことって──」
クエンティが両手で抱えている白い布に包まれているモノを見て、みるみる大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。
「いや──っ! 嘘だ、こんなの嘘だっ。うちの人はどこに居るの、あたいを揶揄おうってんでしょ。いい加減におしよ、早く出ておいでなよ」
泣き叫びながら入り口の辺りまで出て、周りを探しまくる。
「あんた早く出て来な、意地悪してると後が酷いよ!」
「姐さん、親分はもう亡くなられちまったんです。探したってもう居ないんです」
ババルディが泣き続けるシャリーンの身体を支えながら、奥の間へ連れて行く。
卓の上に白い布包みが置いてある。
「姐さん、親分のお顔を見てやっておくんなさいまし」
そう言って、クエンティが布の結び目を解く。
「穏やかなお顔でございましょう、なんだか笑ってるみたいだ」
「・・・・・」
見詰めるシャリーンは無言である。
周りで乾分たちのすすり泣きが聞こえる。
「ババ、あんた知っててあたいに黙ってたのかい」
クラークスの首から寸分も目を逸らさず、鋭い言葉をババルディに突き立てる。
「い、いや――」
「姐さん、ババに黙ってろと言ったのはわたしなんです。帰ってからわたしの口から話すからと、だからババを叱らねえでください」
「いや、いいんです代貸し。俺が命張ってでも止めりゃよかったんだ、戦場に行かしちまったのはすべて俺の落ち度だ。殴るなと蹴るなと存分にしておくんなさい、なんならこの場で殺されたって文句はありません。さあ、存分にお願いします」
ババルディがその場に座り込む。
「ふん、取り乱して悪かったねババ、どうせこんなことになるんじゃないかって分かってたのさ。一昨日の夜に柄にもなく戦に出るなんて言うもんだから、散々その訳を聞かせてくれってせがんだんだよ。あの人は言ったよ、こりゃ俺の命より大事な兄弟分を助けるためだって。あの甲斐性なしが〝お前よりも、一家よりも大切なんだ〟ってほざきやがった。そうまでいわれちゃ、それ以上なにもいえやしないじゃないか」
「姐さん――」
「でもね、最後に約束してくれたんだ。もし生きて帰れたら稼業はクエンティの兄貴に譲って、酒屋の親父でもやって、二人でのんびり暮らそうってね。子供の時みたいに指切りまでしてさ」
ぽろぽろと流れ落ちる涙を拭おうともせず、シャリーンは話し続ける。
「そんな優しい言葉を掛けてくれるなんて、端っからあんたは死ぬつもりだったんだろうね」
そう言いながら、冷たい額を優しく指ではじく。
「代貸し、けじめは取ったんだろうね──」
「へい、戦場中探し回って、きっちりとやりました」
懐からなにかを床に投げ捨てた。
「汚ねえ首なんざ持って帰ったって邪魔なんで、こいつで勘弁してください」
それは右耳の肉片だった。
「さすがは代貸しだ、ありがとうよ。おいコステロ、そこらの犬にでも食わせときな」
若い衆の一人が、その肉片を摘まみ上げ表へ持って出る。
「うちの人は、やるだけのことはやって死んだんだろうね。無駄死にじゃあトールン一の侠客の名が廃るからね」
「へい、そりゃあ立派なお姿でした。総大将イアンさまの影武者として最期を遂げられました」
ババルディが応える。
「じゃあ大切な兄弟分のために命を捨てたんだね、やっぱりあたいが惚れた男だ」
「親分が居なかったら、この戦はどうなったか知れません。いってみりゃ親分と代貸しとで勝たしてやったようなもんだ」
洟をすすり上げながら、ババルディが胸を張る。
「最後まで侠を貫かれた、わたしの自慢の大親分です」
クエンティは昔の弟分オーリンの、もの言わぬ冷たい頬をなんともいえない表情で擦る。
「そうかい、あたいも一家の姐として鼻が高いよ。クラークスはやっぱり侠だね」
そう強がりながらも、彼女は口とは裏腹なことを思っていた。
〝かっこ悪くってもみっともなくってもいいから、生きてて欲しかった。あたいをたった一人にして逝っちまうなんて、まったく馬鹿だよあんたって人は。なにが侠だい、女を泣かしやがって〟
その夜、周りのにぎやかなお祭り騒ぎの中、クラークス一家ではしめやかな〝御魂送りの儀〟が執り行われた。
歴代最年少で一家を継いだ八代目クラークスは、友情に命を懸け到底やくざらしからぬ最期でその命を締め括った。
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