第二章 夢の終焉 4-5
「将軍、追手の姿が見えて参りました」
行軍の殿を務めていた六勇将筆頭で巨体のレリウス総騎士長が、愛馬ネリーオに跨り最後部から、地響きを立てながら駈けて来て報告する。
その巨体を乗せているネリーオもほかの馬よりも二回りほど大きく、足も太くまるで怪物のように見える。
「いよいよ来たか」
さほど驚いた様子も見せず、バッフェロウが呟く。
「どうしますか大将、俺が最初に残りましょうか? 俺には残される家族はいない、悲しんでくれる女もいない。それに今日まであなたと一緒に嫌というほど戦も愉しんだ、もうこの辺で終わりにしてもいい頃だ」
陽気な顔で、カルロが切り出す。
「いや、お前にはやらせられん。こんな苦しい時にこそお前はどうしても必要な男だ、お前の存在がどれほど将兵たちを励ましているか。お前は気付かぬだろうが、みなお前を見て元気をもらっているんだぞ。この俺だってバッフェロウさまだってそうだ、お前は最後まで残ってくれ」
ロッテダムが馬を寄せながら、カルロの言葉を遮る。
「わたしにやらせてください、このような身体となっていてはそれ以外にお役に立てない。まずはこのウォーホーが〝死奸〟の第一陣をお引き受けしよう」
オギィロスとの一騎打ちで深手を負った、ウォーホーが名乗りを上げる。
「そりゃあいけませんよウォーホー、君はもう一度オギィロスと遣り合う約束をしているんでしょ。男同士の約束は守らなきゃ、ここは僕に任せて下さいな」
戦だというのに甲冑も身に着けず、まるで雅な貴族の放蕩子弟のような華やかな格好の青年が、優しげな声でウォーホーに微笑みかける。
「フロイさま、なにを馬鹿な事をおっしゃる。あなたはザンガリオス一門総代ケネリウス一族の、御曹司ではございませんか。われらとともにバッフェロウ六勇将に名を連ねてはいるが別格です。あなたを死なせたのでは、国許のヘミュル侯に申し訳が立ちません」
滅相もないといわんばかりに、ロッテダムが声を荒げる。
ロッテダムはバッフェロウの部将である前に、ケネリウス一族の家臣でもあった。
父はヘミュル侯爵の騎士長を務めており、その子息であるフロイは正当な主君筋であった。
「ほらね、君たちはいつも僕を特別扱いだ。それを僕がどんなに気に病んでいたか知らないだろ、少しはこの気持ちも分かってよ。それに〝死奸〟だからって必ず死んじゃうって決まってる訳じゃないだろ」
まるで子供のような言い草である。
甲冑を身に纏わないのにも理由があった。
彼は生まれてこの方稽古や試合で、その身体に傷一つ負ったことのない武芸の天才であった。
名門道場の師範級の相手五人との模擬試合でも、あっという間に相手を打ち負かすほどの腕前を持っている。
その慢心が、こんな場でさえ普段の格好をさせているのだ。
彼の身分もあって、誰もそれに苦言を呈する者がいままでいなかった。
物事に厳格なバッフェロウでさえ、彼には甘く接している。
人として驕っている訳でもなく素直といえば素直で、心根は優しく言葉遣いも一兵卒に対してさえも丁寧であった。
まるで純真な少年のような雰囲気を持っている。
「いいえこれは遊びではありません、必ず死ぬから死奸なのです。いくらあなたが武芸の天才であろうと、戦場では多少の有利となるだけ。いままで試合で傷一つ受けなかったとしても、残ればそこに待っているのは確実な死だけなのです。ここはやはりわたしが引き受けましょう、手勢を三百ほど残して下さい、やれるだけやってみます。その後はサムソニオ、まだ足りぬ時はレリウス殿、この順で陣を布く。それでよろしいですね将軍」
きっぱりとした口調で、ロッテダムがバッフェロウの大きな目を見据える。
「致し方あるまい、死奸第一陣はロッテダムに命ずる。いままで世話になった、来世でまた会おうぞ」
「心得ました、一時でも早く国境へ行かれませ。フロイさまはあの通りのお方ゆえ、バッフェロウさまが目を光らせていてください。みなで無事にジェニウスへ──」
「相すまぬ、そなたの命使わせてもらうぞ」
バッフェロウが肩を抱き締めながら、小さな声を絞り出すように耳元で囁く。
「ロッテダム、わたしもすぐに行く。先にあの世で待って居てくれ」
サムソニオが両手でロッテダムの髪を掴み、がっしりと抱き締めた。
「さあ、ぐずぐずせず先を急げ時が勿体ない。今日まで愉しかった、まったく愉しかった」
六勇将ロッテダムが志願の残兵三百人と共に、先を行く味方を笑顔で見送る。
「この場に残りし勇者どもよ、ここがわれらの終着地だ。心置きなく戦おうぞ、すぐに魂は懐かしい故郷へと還れよう。無敵のザンガリオス鉄血騎士団の死奸の凄さを、殉国騎士団めらに見せつけてやれ。サイレン最強軍はわれらだ」
「おおーっ、なにが黒い悪魔だ。われらは無敗の鉄血騎士団だ、目にもの見せろ」
「死など恐れぬぞ、武人の魂は常に戦場にあり。われらの手並みを馳走してやれ」
自らを鼓舞するように雄叫びを挙げながら、三百の兵たちが迫りくる追討軍を迎え撃つ。
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