第二章 夢の終焉 4-4
「一国の君主が身内のためとはいえ、そんな愚かな決断をするとは思えん。后の弟といっても血も繋がっておらぬのだ、入国を受け入れたとしてもそれは一時的な保護のためだろう。こちらと交渉して、命の保証を確約させた後に引き渡す程度は考えておるかもしれぬが、正面切ってわがサイレンと一戦を交えるだけの覚悟はあるまい。小国なれどサイレン軍の屈強さは諸国に知れ渡っている、あえて火中の栗に手を出すことはあるまい」
キュリアーノの態度はどこまでも落ち着いており、泰然自若の感がある。
「それでもケヴィンⅢ世が、頑なな行動をとったときは如何なさる」
征討軍参謀オハラが、あくまでも食い下がる。
「くどいぞオハラ伯、総大将はキュリアーノ殿だ。アーディン殿下からも全権を頂いておられるのだ、いくら殿下の直臣とは申せ失礼ではないか」
「黙っておれ小僧」
「黙れとはなんだ、許さぬぞ」
怒気を露わにするデオナルドを右手で制して、静かにキュリアーノは血気盛んなオハラに語り掛ける。
「もしどうしてもサイレンと戦がしたいとの態度を取れば、この殉国騎士団がそのままジェニウスの王都アゴニアへ攻め込む。黒い悪魔の恐ろしさを、彼の国にとくとお目にかけよう。まだ貴公らは殉国騎士団の戦ぶりを実際に目にしたことはなかろう、噂以上に苛烈な者ども揃いですぞわが騎士たちは、その時になって肝を冷やさぬようになさることだ。大公アーディン殿下から一存にての全権を委託されている、わが騎士団単独ででも、ジェニウスごときは蹴散らして見せようぞ」
静かな中にも、ぞっとするような響きのある声である。
「候がそこまでの覚悟を決めておられるのならば、今後はなにも申すまい。わたしとて戦となれば全力で戦う所存だ、わが家門の主は大公アーディン殿下だ。そのリム家所属の流星騎士団を代表してここに来ている。兵数は二百騎と少ないが、リム・サイレン家の名誉にかけて一歩も退かん」
ここに来てようやくオハラ伯爵は引き下がった。
一連の遣り取りを黙って見ていた客将であるショウレーンは、一抹の危うさを諸将たちから感じていた。
穏健な口振りのキュリアーノだが、実の所戦をしたくてたまらないようにしか見えない。
デオナルドもこの戦で敬愛する兄アームフェルを失い、その復讐に燃えている節がある。
みな好戦的な人間たちばかりに思えて来るのだ。
出立間際に主フェリップから告げられた言葉が、頭から離れない。
「いいかショウレーン、出来ればザンガリオスとの全面戦闘は避けよ。同じサイレンの人間同士がこれ以上血を流すのを防ぎたい。キュリアーノは生まれながらの戦の鬼だ、ノインシュタインという土地柄致し方ないが、お前の力でなんとか穏便に済ませるよう持って行って欲しい。幸いにも敵将バッフェロウとお前は親しい間柄だ、いざとなった際はお前が身を挺して、バッフェロウを説得するのだ。投降すればザンガリオス家は滅ぼさぬとの、大公殿下の密旨もこの通り戴いておる」
そういって、一枚の羊皮紙を手渡す。
「これを見せて説得せよ。現在のような特別な身分のままという訳にはゆかぬが、一貴族としてなら家名は残る。サイレン家の者として生まれたわたしの切なる願いだ、この密旨は誰にも知られてはならんぞ、見せるのはペーターセンとバッフェロウにのみだ。あの二人ならばきっとこの書状の持つ意味を理解してくれるはずだ、頼んだぞショウレーン」
「命に代えまして──」
受け取った羊皮紙をくるくると丸めて、彼は懐中深くにしまい込んだ。
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