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第二章 夢の終焉 4-2

 


 ペーターセンが不思議に思ってそう尋ねると、

「われらが信ずるのはアギレリオス聖教ではありません、〝キャノーンの教え〟というものです」


「キャノーンの教え? そのような神など聞いたことがないが」


「そうでしょうね、まだ出来たばかりの信仰です。遠く万年雪を冠する世界の屋根サラマンドラ山脈の麓に存る小国〝東エルサリオス王国〟の王子であったシッタイトさまが王位を捨て、出家され興された教えです。シッタイトさまはまだ二十歳代半ばのお齢と聞いております。二年前にその弟子の十三聖徒の一人であるという〝ジュラーンダッタ〟という僧侶がこの集落を訪れ、わたしたちに教えを説かれてゆきました。それ以来わたしたちはみなその〝キャノーンの教え〟を守って暮らしております」


「なんとも奇態な神があるものだな──、では村長この短剣は礼ではなくその教えに対するご寄進と考えてくれぬか。それならば受け取ることも出来よう、金に替え教会でも寺院でも建てるがよい。わが身が救けられたのもその教えのお陰でもあるといえようからな。もしわたしがこの危難を無事乗り切ることが出来たなら、その教えに帰依し領民にキャノーンを広めることを誓おう」


「そこまでおっしゃられるのでございますればお受け取りいたしましょう。神のためにお役立ていたします」

 しばらく思案した結果、村長はペーターセンの好意を受けた。


 後になってペーターセンの側近であると名乗るデリストラ子爵がそっと村長に耳打ちした。


「いいですか村長、先ほどの短剣は大変な宝物です。わが主は金に替えて使ってくれと申しましたが、出来ますならこの村の家宝として代々受け継いで行かれるがよろしかろう。そのなんとかの教えというもの自体の宝にさえなり得る貴重なものです。どうしても金に替えざるを得ない時には、ヴァビロン帝国の帝都かラインデュールの王都にでも持って行かれるように。サイレン程度の小国ではまともにその価値に見合うだけの値をつけられる者はまずいないであろうからな。それだけの財宝だ、欲しい者からは命さえ狙われかねぬ。存在自体を秘密にして、お気をつけなさることをお勧めする」

 一方的にそれだけ伝えると、消えるようにどこかへ姿が見えなくなった。


「そ、それほどの──」

 村長は懐から短剣を取り出し、じっと見詰めながら身体がガタガタと震えるのを止められなかった。


 一行が出立する際に村長は再びデリストラ子爵を探したが、誰に訊いてもそんな名の人物はどこにも居なかった。


 この時の短剣は、デリストラ子爵と名乗った謎の男が言った通りに、キャノーンの教えの法具・聖遺物の一つ〝慈愛の剣〟となって、伝説の武具から宗教の逸話の一つとなるという変遷を辿りながら、ずっと後の世にまで伝わった。


 いまでもキャノン教の総本山クラーゼス市国の〝神威ジャヌエットロス大聖院〟の最奥部の開かずの大宝庫の中に、誰の目に触れることなく門外不出として約二千年の眠りについていると言われる。


 このサイレンの名門貴族ペーターセン・フォン=ザンガリオスこそ、叶わなかったものの〝キャノーンの教え〟に帰依すると口にし、領主として布教の意を容認した最初の貴族として『シッタイトとキャノン教徒受難史』の中に記載されることとなる。


 この一連の会話はキャノンの教典・〝真約シャリオール(聖言)〟で紹介される、最も有名な(くだり)の部分となった。

 聖言(シャリオール)と呼ばれる教典は二冊あり、一つは〝神約シャリオール〟もう一つが〝真約シャリオール〟である。


 神約シャリオールは、シッタイト以前の世界の成り立ちから、神と人間の係わりや約束を説いたもので、サラマンドラ山脈周辺の土着信仰〝ブラフジェス妙教〟の経典から派生したものである。


 後に〝渤湖シュレーム〟のザザ―ラン百穴の奥から発見された『神意・渤湖文書』が追加され完全版とされた。


 真約シャリオールは主にシッタイトの行いや教えを説いたもの、及びその後の聖人たちの列伝や予言を記載したものである。

(※注・この『聖言』シャリオールに関しての詳細情報は、やがて本編の中で述べられるようになるであろうから、いまは簡単な説明に留めておく)


 このペーターセンは実際にキャノンの洗礼を受けていないために〝聖人〟とはなれぬものの、〝殉聖人〟という特別な名称を与えられている、史上三人の中の一人となった人物である。


 夕方になって慌ただしくも物哀し気に、ザンガリオス鉄血騎士団は集落を去って行った。


 次の日の早朝姿を見せた追討軍は、村落に立ち寄ることなく猛々しく敗残軍を追って行く。


 それを見た村民たちは狩る者と狩られる者の悲哀を感じて、ザンガリオスの人々の無事を祈りつつ〝聖呪〟という韻を切る仕草の後、そっと天の神に手を合わせた。




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