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第二章 夢の終焉 4-1



 悲惨な出来事だらけの〝ザンガリオスの悲劇〟の中で、たった一つの奇跡が起こった。

 思いもしなかった天祐と言ってもいいほどの穏やかな時間を、彼らは小さな集落で過ごすことになる。


 それから三日間ザンガリオス鉄血騎士団一行は〝リューベルス太陽の開拓団〟という、三百五十名ほどの比較的大規模な集団が拓いた集落に留まった。


 偶然にも追討軍の方も南方開拓地最大の街〝テネセルス〟で休息を取っていたのである。

 ザンガリオス軍程ではないものの、ある程度の数の兵が疫病に罹ったための処置であった。


 当主ペーターセンの病はそう重いものではなかったらしく、薬を飲み柔らかな布団に包まれて眠った所、みるみると回復に向かって行った。


 開拓民たちもみな親切で、ありったけの食料を供出してもてなしてくれた。

 しかし兵たちの数は多く腹一杯になるほどの量ではなかったが、温かな料理を口に出来るだけでみな涙を流しながら人の情けを噛み締めた。


 じめじめとした湿地と、毒蛇や害虫に悩まされることもなく眠れる喜びで、兵たちの気持ちも見る間に回復して行く。

 四日目の昼過ぎになって、そんな緩やかな滞在も終わりを告げた。


「追討の兵が半日ほど先までやって来ています。向うも斥候を出しているはずです、すでにこちらのようすは気付かれておると思われます」

 斥候隊主任のベルが、急を知らせて来た。


「とうとう来なすったかい、思いも掛けず三日間、いや今日を入れれば四日間もよく時間を稼げたものだ。これは神が与えてくだされた幸運なのかもしれん。この分ならば国境を越えジェニウス王国へも案外すんなりと入れるかもしれませんぜ」

 笑顔でカルロがバッフェロウを見詰める。


 こんな暗い状況の折には、カルロのような根っから明るい男の存在はとても貴重であった。

 ただでさえ沈みがちな場の空気を、一人で明るくしてくれる。


「さて、どういたします将軍。すぐに出立して国境へ急ぎますか、それともたっぷりと休養を取った兵たちと共にここでひと戦致しますか。いまならば十分に戦えます、集落周りを多少強化すれば簡易的な砦まがいにもなりますし、兵たちの士気も上がりましょう」

 サムソニオが勇躍と立ち上がる。


「いやすぐにここを出るのだ、いままで親切にしてもらったこの集落に迷惑はかけられん。世話になった謝礼に出来得る限りの金品を渡し出立する」

 そう言ったのはペーターセンだった。


「御意、聞いたかサムソニオ。すぐに兵たちに準備をさせよ、夕方前には出立だ」

 バッフェロウが命じた。


 ある程度回復したとはいえ、馬に乗れるほどではないペーターセンのために、村民は布団を敷き詰めた粗末な幌付きの馬車を用意してくれた。


 これでも貧しい集落にとっては、精一杯のものであった。

 鶏肉のベーコンや近くの用水路で獲れた魚を干したもの、薬類も一緒に積み込んでくれている。


「すまぬな、見ず知らずのわたしたちのためにここまでしてもらい感謝いたす。これはほんの僅かではあるがわが心だ、どうか受け取って頂きたい」


 ペーターセンが開拓民の村長に手渡したのは、ザンガリオス家に代々伝わる〝デンヴァ―の真紅の宝剣〟と呼ばれる柄や鞘全面を紅玉石(ルビー)金剛石(ダイヤモンド)とで埋め尽くされた、アトナハイム時代から受け継がれる暴龍殺しの伝説の短剣であった。

(注・実際にこの時代には人知を超えた生物はわずかだが実在した、龍もその中の一つだ。他にも神鳥族(ガルーダ)天馬族(ペガサス)海狼族(ポセイドン)・麒麟族などというものがある。彼らは人間と係わらずに生きており、人間は彼らをより神の領域に近い聖なる生き物とみなしていた。アトナハイムが栄えた頃には、いまよりもずっと多くのこれらの姿が、人間と接触を持っていたようである。しかし現在はその神々しい姿を視る事はほとんどなく、文明や科学の進歩と共にやがて存在そのものが、夢ででもあったかのように忽然と消えて行くことになる)


この宝剣も〝古伝デンヴァ―王のサーガ〟の中にその名を見出すことが出来る。


 特に柄の上部に埋め込まれている金剛石は、石の内部に星形の文様が浮かび上がっていることから〝聖貴星(スター・ストーン)〟という名を持つ、世界でも五本の指に入るといわれる貴重な宝石であった。

 中規模の都市を、丸々一つ買い取れるほどの価値のある逸品である。


「いいえ、このようなものを頂くわけにはまいりません。困ったときはお互いさまでございます、なにもあなたさまがご身分の高いお方だから助けたのではありません。われらの信ずる神はこの世のものはすべて平等だと説いておられます、難儀をしている隣人に施しをするのは当然のことなのです。礼をして頂くためにしたのではありません」

 かたくなに村長は短剣を受け取ろうとはしなかった。


「一体なんという名の神です、アギレリオス聖教の中に、そのようなことを言う神がいたとはいままで知らなかったが」



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