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第二章 夢の終焉 3-6

 


 病で歩けなくなった兵をすべて連れて行くことは出来ない、友をこんな湿地帯に残す側の兵たちにとっても、残される側の兵たちにとってもそれはまさに地獄絵図であった。


「頼む、俺はまだ歩ける。肩を貸してくれ──」

「すまない、これ以上行軍を遅らせる訳にはいかんのだ。俺の分も合わせて三日分の水と食料を置いてゆく、回復したら後を追って来てくれ」


「ま、待てよ見捨てないでくれ。子供の頃からの親友じゃないか、こんな所に置いてゆかれたら死んじまうよ。お願いだ一緒に連れて行ってくれ」

 耳を塞ぎながら戦友を置き去りにする悲劇が、そこかしこで起こっていた。


「殿、一旦街道に出ようと思います。開拓民の集落でお休みください」

「馬鹿を申すな、そんなことをすれば追手に見つかってしまうのは分かり切っている。バッフェロウ、お前ほどの男がなにを言いだすんだ」

 苦しげな表情でペーターセンが異を唱える。


「兄上、このままではお命に係わります。危険を冒してでもそうするよりほか方法はないのです」

 一番下の異母弟ケネットが、幼さの残る声で兄にいって聞かせる。


「ケネット、お前はまだ若いから分からんだろうが、君主たるもの家臣たちの命を疎かにしてはならんのだ。われらが領主だなんだのといっておられるのは、彼等あってのことだ。家臣領民はみなわが家族も同然、自分の命を惜しむばかりに、家臣を危うい目に遭わせてしまう訳にはゆかん。バッフェロウよ、このまま国境を目指せ。わたしのことなら心配はない、そのためにここまで苦難の行軍をして来たのではないか、交戦をするくらいなら初めから街道を進んでおればよかったのだ。なにがあっても作戦の変更は認めぬぞ、いいな」


 喘ぎながらもペーターセンはそう命じ、そのまま熱に浮かされたように気を失った。


「いかん、後でどのようにお叱りを受けようと一刻も早く街道に出よう。全軍歩ける者は速足で進め、このままでは殿のお命が持たん」

 バッフェロウが六勇将の一人サムソニオに命じる。


「はっ、すでに先方隊を出してあります。一番近くの集落を見つけ次第戻って来るはずです」

「うむ、さすがはサムソニオだ気が利くな」

「恐れ入ります」

 畏まって頭を下げる。


「それにしても此度の戦、なぜこのような結末になってしまったのでしょうな。あと一歩、いや半歩の所まで来ていたものを。どこで間違ったので御座いましょう」


「・・・わからん、戦とはこういうものなのかもしれぬな。わたしはいままで敗け戦を経験しておらん、これが初めてのことだ。戦に敗れるとはこうも惨めなものなのだな。策に頼り過ぎたのかもしれん、わたしの戦はいつも単純明快、力と力のぶつかり合いだった。しかし此度はヴィンロッドの策略を丸抱えしてしまった、自分の戦をしなかったのだ。策を弄しすぎると逆に策に溺れ、思いも掛けぬ結果を引き起こす、いままでいやというほど見て来たはずであったのに──」


「現実の戦はボロッカ盤のようには行かぬということでしょうな、小さな綻びがその後の状況をすべて引っくり返してしまう。戦はボロッカではなくカロッソに近い、いい勉強となりました」

(註・カロッソとは賽の目に仕切られた盤上に、表裏一体の赤と黒のコイン状の丸い駒を交互に置き合い、相手の駒を自分の駒で挟む。挟んだ駒は反転させ自分の駒の色に替え、最終的にどちらの駒の数が多いかを競う単純な遊び。その名称は百数十年前に活躍した、ラインデュールの著名な劇作家であり詩人でもある太天位の称号を持つ〝劇聖シュネルザー・F=ストゥーピア〟の五大悲劇の一つ『カロッソの影』に由来する)


「最終的には、どちらが大公殿下を押さえるかが勝敗を決めた。ヒューガンさまやヴィンロッドはさほどと思ってはいなかったらしいが、やはり大公という力は絶大であったということだ。この敗けは勉強をしたといって教訓にする程度の、小さなものではないぞサムソニオ、われらどころかザンガリオス家そのものの存亡さえどうなるか分からん。いや、サイレン大公家の在り方そのものが変わってしまうかもしれん、それ程の大きな戦だったのだ」


「考えてみれば最終的に戦に加わった騎士団は、サイレン全体の七割に近い数となりましたからな。主だった騎士団はみなどちらかの陣営に参陣したことになる、サイレン史上類を見ない内線です。あと一刻早く決着がついておれば、トールンへ入城して星光宮を制圧しておったのに。殿やシュベルタ―殿が挑まれた一騎打ちの際に、ウル―ザとやら申す痴れ者が妙な真似をせねば、その時点で決着がついていたやもしれぬのに残念で仕方がありません」


 結果として自分だけの功を焦って、イアンを狙ったウル―ザの姦計が、叛乱軍の勝ちを掴み掛けていた掌から奪い去って行ったのである。


「──いうても仕方のない話しだ。敗軍の将、兵を語らずというではないか。戦場での総大将はこのわたしだったのだ、戦況や将兵を掌握し切れていなかったわたしの落ち度なのだよ。初めて知った敗北がこれほど大きなものとなろうとはな、いまこうして苦しまれている殿にも、辛酸を舐めながら連いて来てくれている兵たちにも申し訳がない」


 そこには絶大な自信に溢れていた〝サイレンの英雄〟の雄々しい姿はなかった。


「将軍──」

 サムソニオは大きな責任感に押しつぶされそうになっている目の前の武人に、掛ける言葉を見つけることが出来なかった。


「バッフェロウさま、斥候隊が戻って参りました。どうやら大きな開拓民の集落があったようですよ」

 こんな八方塞がりの状態にもかかわらず、六勇将の一人カルロのなんの屈託もなさそうな陽気な顔がそう告げた。





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