第一章 草原の黄昏 1-4
そこへ大公の侍従長であるエ二グロスを伴った、ヘムリュスが戻って来た。
「おおエ二グロスやっと会えた、アーディン兄さまはどうしておられる。お寂しがってはおられぬか」
「はい、とくにお変わりもなくお健やかに過ごしておられます。フェリップさまが、オズハラド産のライチを持って来てくださったと聞いて、大層お歓びにございます。このような時期ゆえ長話しは出来ぬが、一目なりともというお心を汲んで、土産だけは直接いただこうとの仰せです」
「おお、ではお会い下されるのですな。ここまで出向いてきた甲斐がございました、では早速殿下の元へご案内下され」
それを聞いたヘムリュスが、顔をしかめてなにかを言おうとした。
「ヘムリュス殿、土産物の献上程度は問題なかろう、われらも同席すればよいではないか」
ペリオルスが笑いながら、同僚ともいえるもう一人の監視役ヘムリュスへ告げる。
「う、ううむ。貴殿がそう申されるのであれば異存はないが、なにかことがあればすべてあなたの責任ですからな」
「わかって居り申す、そう心配なさらずともよいではございませんか」
同じウェッディン家の者という気安さも手伝い、すっかりフェリップに心を許している風である。
一行はエ二グロスを先頭に不機嫌な表情のヘムリュスも連れ立ち、大公の居室へと向かった。
「お久しぶりでございます大公殿下、お変わりのないようすで安心致しました」
「なにを他人行儀なものいいを、いつものようにアーディン兄さまと呼んでおくれ」
「ありがたいお言葉、痛み入ります兄さま」
二人は近づき手を握り合った。
「オズハラドからの土産があると聞いたが、その籠の中に入っているのか」
「はい、兄さまの大好物のライチです。子供の頃からいつも食しておられましたね。昨日郷の者から届けられましたので、兄さまに召し上がっていただきたく持参いたしました」
レノンが捧げ持つ籠を、エ二グロスに手渡す。
エ二グロスが籠の中をアーディンに見せる。
「おお、童のころにオズハラドの別荘に行った際に、よくお前とジョージイーと三人で食べたな。懐かしいぞ。しかしオズハラドの名産といえばもう一つあったと思うが、余はどちらかと申さばそちらの方が好きだったのだが──」
「メイヴィンの森の、よく肥えた雉鳩でございましょう」
「おうその通りだ、雉鳩の献上はなかったのか」
「勿論ございました、ご所望とあれば後程もう一度お持ち致しますが」
「この時期の雉鳩は非常に珍しい、トールンでは口に出来ぬ貴重なものだ。是非にも食したい、甘辛い調味料をまぶした照り焼きはなんとも美味じゃ。キノコと根菜のスープも忘れず付けよ」
熱心に細かい注文までつけるアーディンの言葉を聞き、フェリップの顔が見る間に高揚して行く。
そんなフェリップを意味ありげに見詰め、嬉しそうにアーディンが頷いた。
「では調理人を引き連れ再度お伺いいたしましょう、大公宮にも厨がございますれば、そこで出来立てを作りますのでお召し上がりください」
「うむ、なによりも愉しみに待っておるぞ」
「はい、では長居も出来ませんのでこれにていったん退がらせて頂きます。後程又お伺いいたします」
「大儀であった」
正式な臣下の礼をとって大公の居室から出たフェリップはペリオルス、ヘムリュスの二人に取次の礼を言うと大公宮を出て行く。
大扉の前まで来た時に、再度の訪問を切り出した。
「では一旦屋敷に戻って雉鳩と調理人の手配を整えたらまたお伺いする、お二方の分も準備いたすゆえぜひ召し上がられよ」
「なに、本当に又いらっしゃるおつもりですか」
「当り前ではないか、あれほど大公殿下に喜ばれて反故に出来るはずなどなかろう。其方らもお聞きしていたであろうが」
「いや、しかしあれは社交辞令ではござらぬか、なにも一日に二度も来られることもなかろう。どう思われるペリオルス殿」
ヘムリュスが顔をしかめる。
「ううむ──」
ペリオルスが返答に困っている。
「なんの問題がござる。いま見られた通り、われらはただ大公殿下に献上品を振舞いたいだけだ。なにかわれらに不審な点でもございましたかな、あったのなら申されよ。もしどうしても許さんというのならあなた方が大公殿下の元へ行き、雉鳩料理の献上は認められぬのでお諦めくださいと謝ってこられよ。さもなければわが主が大公殿下に対して嘘を申したことになる、さあ如何なさいます」
相変わらずレノンの口調は厳しい。
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