第二章 夢の終焉 3-1
西へと退路を取ったのはヒューガンと、それに従うカーラム家に所属する各家の騎士団、及び主を失ったワルキュリア鉄血騎士団であった。
将軍であり連合軍の軍師的役割を担っていたヴィンロッドは、行方不明となっていた。
一説によると、目端の利く人物だけにいち早く自軍に見切りをつけ、敵に降ったのではないかと噂されていた。
南へ進んだのは当主ペーターセンと大将軍バッフェロウを擁する、ザンガリオス鉄血騎士団のみ。
それも追手が掛かりにくいように街道は使わず、道なき道を進む過酷な行軍であった。
「なんとしてでもジェニウスまで行くのだ、このままでは終われん。義兄上におすがりしてでも、もう一度トールンへ攻め上る、わたしは敗けぬぞ」
ペーターセンはいまだに意気軒昂で、苦しい道程にも弱音ひとつ吐かない。
それには大将軍バッフェロウという存在が大きかった。
〝サイレンの英雄〟〝無敗の大将軍〟の名を持つ不世出の武人がいる限り〝やがては勝利は自分たちの方へやって来る〟そう信じられているが故であった。
他の者たちは各々所領のある故郷を目指したり、その場でトールン軍へ投降をしたりと様々だった。
すでにヒューリオ高原での戦闘は、完全に終わっていた。
半刻前までの状況が夢のようである。
「北方はわれらが本拠地だ、ヒンシュガルド城には〝青騎士シュゼイム〟とデルトナ騎士団が手つかずで残っている。近辺の領主たちを糾合すれば、またすぐに兵力は再編できるんだ。やがては南方からジェニウス兵を連れたバッフェロウ将軍が進軍してこられる、まずはなんとしても故郷へ還りつかねば──」
シュゼイムとはサイレン北部に宏大な領地を持つ〝北の門番リューベル侯爵家〟の嫡男シュゼイム・ロウネリウス=リューベルのことである。
ヒューガンの母方の従弟で、屈強なデルトナ騎士団の若き総帥でもある。
全身濃青色の甲冑を身に纏っている姿から〝青騎士〟と呼ばれていた。
ラーディバルへさえ辿り着けばどうにかなる。
ただそれだけを頼りにひたすら歩き続けている将兵たちの目前に、信じられない光景が飛びこんで来た。
「な、なんだあの軍勢は──」
重い気持ちで西へと敗走する兵は、そこにあり得ないものを見た。
「あの旗はバロウズ騎士団だ! 前方からバロウズ騎士団がやって来るぞ」
敗残の将兵の間に衝撃が走った。
「なぜこんな所にバロウズ騎士団が現れるんだ、イシュー将軍によってグリッチェランド付近に釘付けになっているはずじゃないのか」
兵たちは来るはずのない軍勢が目の前に迫って来て、一気に浮足立ってしまった。
精鋭バロウズ騎士団の旗を視ただけで、かなりの数の兵たちが逃亡して行く。
敗走状態で前方にまで敵が現れたのである、完全に戦意を喪っても仕方がなかった。
「先方隊は迎え撃て、中堅隊は陣形を固めろ。旗本隊は殿をお逃がしいたせ、後ろを振り向くな北へただ北へ向かって走るのだ。ラーディバルまでなんとしても殿をお連れしろ、さすれば道も開ける」
バロウズ騎士団襲来の報を聞いたロンゲルが、必死に将兵たちに指示を出す。
「殿、お別れでございます。ここはなんとかわたしが喰いとめますから、一刻も早くこの場からお逃げくださいませ。殿さえご無事であれば再起は出来ます、ご一緒に育って来て楽しい毎日でした、来世も殿の家臣で生まれてきとうございます。必ず大公になって下さいませよヒューガンさま」
「なにを申すロンゲル、なぜお前と別れねばならんのだ。一緒にラーディバルへ行こう、あそこには頼もしい青騎士シュゼイムが待っておるぞ。生意気にもわたしに意見を申すが、信頼のできるわれらの友だ。またみなで愉しくやろうではないか」
いまにも泣きだしそうな表情で、股肱の家臣の顔を見詰める。
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