第二章 夢の終焉 2-6
近衛騎士団の参戦により、叛乱上洛軍(正式名称・サイレン公家連合軍)は、瞬く間に壊滅していった。
近衛軍に続きハルンバート流星騎士団、犬狼騎士団が駈けつけ、さらに一度戦場を離脱したはずのトールン軍を構成していた各騎士団が合流するに至り、形勢は一方的なものとなった。
いくら指揮官が兵を鼓舞しても、その命に従わず戦場から逃げ出す者が続出した。
「殿、ここに至ってはもう逃げる以外に手はございません、勝利まであと一歩という所まで来てこのような仕儀になるとは──」
帷幕へ駈け戻って来たロンゲルが跪き、主人であるヒューガンに首を垂れた。
「こうなってはご託を並べていてもどうにもなるまい、脱するのなら躊躇は要らぬ、すぐにここを立ち去ろう」
さすがはこのような大戦を仕掛けた張本人である、非常事態にあって瞬時の決断が最も大事なことが分かっているようである。
「兄上、しんがりはわたしが引き受けます。殿をお願い致しますぞ」
弟のキリウスが悲壮な顔で兄の手を握った。
「なにを馬鹿なことを、お前もわれらとともに逃げるのだ」
「いいえ、誰かが応戦して時間を稼がねばなりません。それは幼き時から殿にお仕えしてきたわたしの務めです、兄上は殿にとってなくてはならぬお方だ、あとはお頼みしますよ」
「すまんなキリウス、お前の言葉に甘えさせて貰おう。しかし命を粗末にするな、必ず後を追って来るのだ待っておるぞ」
そう声を掛けたのはヒューガンであった。
気位の高い彼にしては珍しく、人目も気にせずに若く清々しい顔の家臣の手を握り頭を下げる。
「勿体ない、お顔をお上げください。ヒューガンさま、世間ではあなたさまのことを冷酷だの残忍などという者もおりますが、わたしにはとてもお優しい方でございました。実の弟のように可愛がっていただきました、ご恩をお返しするのはいまを持って外にはございません。必ずやサイレンの大公にお成り下さい、われらは三人で一つの兄弟でございますぞ」
「キリウス・・・」
ヒューガンの目に涙が浮かんだ。
「そうと決まれば一時でも早く動きませんと、まずは西へ行きある程度の所でカーラム家の版図たる、公国北方ラーディバルのヒンシュガルド城へ入り態勢を整えましょう。北方地帯は東側に位置する北エバールのクライシェス一族を除けば、わがカーラム家の領土でございます。北峰デルトナ山脈はカーラム・サイレン家発祥の地、味方は幾らでもおります」
「うむ、一旦ヒンシュガルド城まで退くしかないようだな。総退却だ、ラーディバルで捲土重来を狙う。キリウス必ずお前も戻って来るのだぞ、また三人で夢を語り合おうぞ」
再度家臣の手を固く握り締めると、意を決したように帷幕内を眺め回した。
そこにはもうジョージイー、フライデイの姿はない。
「ペーターセン殿、貴殿は如何なさる。わたしと共にいらっしゃるのならば歓迎いたすが──」
ヒューガンがペーターセンへ声を掛ける。
「ありがたいお言葉ではございますが、われらは南へ行こうと思っております」
応えたのは当主のペーターセンではなく、若き家老のリネルガであった。
「南へ?」
驚いたようにロンゲルが口を挟む。
「南はまだ整備もされていない、森や湿地帯が広がっているばかりではないか。道はなくその先には味方となる貴族の領地もない、一体どうなさるのです」
「確かに行軍は苦難を伴うでしょうが、敵方もあえてそのような場所まで追っては来ないと考えます。未開の地を越え国境を過ぎれば、その先には南の隣国〝ジェニウス王国〟が広がっております。幸いに主の姉君はジェニウス王の妃でございますれば、そこを頼りにして出来得ればジェニウスの武力を借り再度トールンへ攻め上ろうと思います」
「それはお前の考えか、いやそうではあるまい──」
ヒューガンがリネルガへ詰問する。
「いかにも、これは愚臣であるわたくしめの進言です。かの国の軍権を握る左将軍であるラコルジェス卿とは昵懇の仲なれば、きっと兵も貸してもらえるはずです。ただとはいかぬまでも、南方湿地帯の割譲を条件に、必ずやジェニウス軍を動かして見せます」
大将軍バッフェロウが南方を目指す根拠を説明する。
このザンガリオス家の決断が、平穏な隣国のジェニウスに地獄を出現させることになる。
「よかろう。われらは北方より、貴殿らは南方より意を合わせて再度トールンに迫りましょう。次こそは必ずやわれらに勝利を、ではこれで失礼する──」
ヒューガンは名残を惜しみもせず、踵を返して帷幕を出て行く。
政権掌握まであと一歩という所まで迫ったサイレン公家連合軍は、この瞬間を持って消滅して果てた。
こうしてトールン大乱で最大の戦〝ヒューリオ高原会戦〟は両軍に多大な犠牲者を出した上、叛乱軍敗北という形で実質的に終結した。
読んで下さった方皆様に感謝致します。
ありがとうございます。
応援、ブックマークよろしくお願いします。
ご意見・ご感想・批判お待ちしております。




