第二章 夢の終焉 2-2
長髪で顔を隠した、まるで影そのもののような陰気な男が、一気に殺気を漲らせる。
「お・ま・え・わ・る・い・や・つ──」
なにか障害があるのか、聞き取り辛い片言の言葉が発せられた。
「ほーう、ラシャ、俺とやろうってえのか」
黄色く濁った瞳をぎらつかせながら、ゼームが口の周りに滲んだ涎を右手で拭う。
「こいつは自分でいう通りのただの人殺しだ、このまま生かしておくと世のためにならん。いい機会だ、この場で俺たちが始末してしまおう。俺とて正義など当の昔に無くしてしまったが、こいつだけは以前から許せなかったのだ、暗殺者や殺し屋にもやっていいことと悪いことの区別はある。こいつは快楽のために人を殺している、女や子供さえもな。ずっと胸糞が悪かったんだ、俺はやるがみんなはどうする」
黒く固い髪を短髪に刈り上げた、長身の三十前の青年がみなに声を掛ける。
「マロイのいう通りだ、俺もこいつは嫌いだったんだ。ここで殺っちまおう」
フロックスが賛同する。
エンピレス、エンゲロスの二人も腹を決めたのかそれぞれに身構える。
「馬鹿だなお前ら、命が要らねえらしい。なら死にやがれ」
言うが早いかその巨体に似合わぬ素早い動きで、ゼームの身体が動いた。
風のように素早く巨体が、陰気な影に向かって突進してくる。
並の人間の倍以上の早さだ。
一歩目から全力疾走並みのゼームの身体が、影を吹き飛ばしたと思われた刹那、彼は陽炎のように〝ゆらり〟と身を躱した。
半身になりながら、ラシャは手に持った長い針のような暗器を、ゼームの太い首筋に打ち込む。
その暗器は確かに首の後ろ側に突き刺さった、はずであったが浅く皮膚を突き破っただけで肉体には刺さらなかった。
〝グギン〟
力を入れて突き立てようとしたが、逆に針が折れてしまう。
「!」
ラシャが驚愕の表情で、一気にその場を飛び退く。
ゼームの鋼のように分厚い筋肉に阻まれ、彼の暗器は用を為すことが出来なかったのだ。
いままでそこにあったラシャの顔の辺りを、太い丸太のような腕が一閃して行く。
少しでも躊躇っていたら、いま頃岩のような拳で顔を潰されていたであろう。
「やるな、ラシャ」
そういうゼームに向かって、地を這うような低姿勢のエンゲロスが忍び寄り、足を幅広の刃物で薙ぎ払う。
「むんっ」
渾身の力で奇妙な文様が刻まれた刃物が、ゼームの両すね辺りに喰い込むかと思われたが、やはり大男の肉体を薙ぐことは敵わなかった。
〝がぎんっ〟
金属に弾き返される音がし、エンゲロスが持つ凶器は刃毀れを起こしてしまった。
大男のズボンの中には、鉄製のすね当てが巻かれていたのである。
「地蜘蛛、死にやがれ」
残忍に呟きながら、大きな金属張りの革靴がエンゲロスの頭を踏みつけた。
〝ぐわしゃっ〟
熟した柿でも潰すように、頭部はぐしゃぐしゃに踏み砕かれ、二度とその人を喰ったようなへらへら笑いを浮かべることは出来なくなっていた。
「化け物め、まるで全身が凶器だな」
「ぐふぇふぇ、俺を殺すんだろ、さっさと掛かって来いよマロイ」
この中では一番真っ当そうな顔つきのマロイは、腰の剣を引き抜き正眼に構える。
「誰に習った、なかなか様になってるじゃねえか。油断するとこっちが殺られちまいそうだ」
そう言うとゼームが腰を落とし、両掌を広げたまま前に突き出す。
「マロイ、俺が援護する。一刀で決めろよ」
「すまんなエンピレス、手を借りる──」
長身の青年が、粋な格好をした自分よりやや年上そうなエンピレスへ応える。
「お・れ・こ・い・つ・き・ら・い。 ま・え・に・こ・ど・も・こ・ろ・し・た。 お・か・あ・ち・ゃ・ん・の・ま・え・で」
「おいおいラシャ、お前そんな見掛けのわりには情のある奴だったんだな。それじゃ生きていくのは辛れえだろ、俺がここで殺してやるよ。そんな醜い見掛けにお前を産んだ、母親を恨みながらくたばるがいい」
「お・か・あ・ち・ゃ・ん・を・わ・る・く・い・う・な。 お・か・あ・ち・ゃ・ん・や・さ・し・か・っ・た。 あ・い・し・て・く・れ・た。 ゆ・る・さ・な・い。 お・れ・お・ま・え・こ・ろ・す」
まるで幽鬼のような身体をしたラシャの、垂れ下がった髪の間から尖ったような視線が大男へと向けられる。
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