第二章 夢の終焉 1-5
「急げ、目的地は星光宮だ。完全に連合軍が敗けてしまわぬうちに、大公殿下にお逢いしたい。少しでも自分を高く売るためにな」
「へい、しかし殿さまも悪いお方ですね。あなたのために諫言する家臣をこうもあっさりと殺しておしまいになるとは」
「減らず口を叩くな、役に立たぬ者は生きている価値がないどころか、邪魔にしかならん。お前ごとき下郎になにが分かる、黙って命に従っておればいいのだ」
「へへへっ、そんなおっしゃり方はねえじゃございませんか。オラは感心しているんでごぜえますよ、生きる価値のある人間などそう居るもんじゃごぜえません。さっさと殺しちまうのがいい、情けや心なんざ持ってる奴の気が知れねえ。オラ殿さまみてえなお方好きですぜ」
「要らんことは云言うな、お前はただ馬車を走らせておればいい──」
馭者の言葉になど構っている風もなく、ヴィンロッドは腕を組み目を瞑った。
〝さあて、大公に謁見したらどうやって言いくるめてやろう。わたしは絶対に死なぬぞ、いまに見ておれ、きっとこの手ですべてを掴み取って見せる。血筋だけで高貴な地位に胡坐をかいている者どもめ、わたしの手で蹴落としてくれる。そして愚かな庶民どもをわたしが指導してやる、わたしが政の全権を握ったら、もっと幸せな暮らしをさせてやれる。戦など起こさぬ、起こさぬようにして見せる。もし起こってもわたしの知恵で必ず勝つ、民の命は守る。能力のある者を登用し、無能な貴族どもは追放する。それこそが国の幸せというものだ。真に力のある者が上に立つことこそが──〟
そう考えるヴィンロッドの脳裏に、幼い頃からの親友の顔が浮かんだ。
「君がいたらわたしを止めるか、シュベルタ―」
〝さあて、どうしたもんかねえ。俺の流儀からしたら、ここで味方を裏切るのはどうもな──。だがお前がそうしてえんなら、しょうがねえから付き合ってやるよ。ほかのお偉いさんたちに義理はねえし、みんな性根の腐ったような奴らばかりだ。見捨てた所で心は痛まねえよ。ただ死んでゆく兵たちが可哀そうでな──〟
不満げにそう言いながら、だるそうに嗤い掛ける親友の声が聞こえた。
「やっぱりシュベだ! 君だけは僕を分かってくれると思ってたよ、僕たちは友達だものな、二人っきりの友達だもの」
〝偉くなれよヴィン、そのために俺はお前を扶けて来たんだ。だけどそれもここまでだ、俺はもうお前になにもしてやれねえ。これからは自分の力だけで生きて行くんだ、誰もお前を守っちゃくれねえ。人を大事にしろ、他人の命を軽んじるな。驕らず謙虚に生きろ、お前ならできる。俺と出会った頃のお前なら、それが分かるはずだ。気の弱い、それでいてどこまでも優しいお前に戻れば、俺みたいにお前を扶けようってやつが現れる。人は一人じゃなにもできやしねえ、他人を信じるんだ。俺に約束してくれヴィン〟
いつもは物憂げなシュベルタ―が、悲しげな眼で見詰めている。
「なにいってんだよ、これからも僕の側に居てくれよ。僕は君が居てくれたからここまで来れた、これからだってずっとそうだ。一生友達だってあの日誓ったじゃないか、忘れちゃったのかい。僕たちは永遠に友達だよ」
〝ああ覚えてるさ、泣きはらしたお前の頬を、俺の掌で拭ってやったあの夕暮れのことは忘れやしねえ。でももう出来ないんだよ、俺は死んじまったからな〟
「君は死んでなんかいないじゃないか、こうしてここで僕と話してる。ここにこうして居るじゃないか」
〝お別れだヴィン、強く生きろ。あばよ──〟
「シュベ!」
誰もいない空間に向かって、ヴィンロッドが叫ぶ。
「殿さま、一体誰と話してるんです? 馬車にはあなた以外誰も乗っちゃいませんぜ」
馭台から大男が声を掛ける。
「──なんでもない気にするな、それよりも一刻も早くトールンへ向かえ。寸暇も惜しい」
「へいへい」
トールンのある東へ向かい、馬車はヒューリオ高原を疾走してゆく。
読んで下さった方皆様に感謝致します。
ありがとうございます。
応援、ブックマークよろしくお願いします。
ご意見・ご感想・批判お待ちしております。




