第二章 夢の終焉 1-4
「ああ、よかろう。わたしはわたしの勝手にさせて頂く、どこへ行くか知らんがもう手遅れですぞ。近衛騎士団がじきにここへも参りましょう、われらは敗けるのです。しかもあなたは敗軍の将の一人、どこへ逃げようとその首が胴を離れるのは時間の問題だ。これが今生の別離れですな兄者」
ウル―ザが兄へ憎まれ口を叩く。
「お前こそすぐに逃げるがよかろう、なにせイアンの首を取った張本人だ。敵は復讐心を燃やしておろうからな、せいぜい逃げ隠れするがいい」
「・・・・・」
返す言葉が見つからず、ウル―ザが歯噛みする。
「ヴィンロッドさま、わたくしだけでもお供させてください。きっとお役に立ちます、わたしの忠誠心は知っておられるはずではありませんか」
馬車の窓に縋りついて、オルキュラスが懇願する。
「ううむ、そうだなお前は一緒に連れて行くか──。早く乗るがいい」
「ありがとうございます」
嬉々としてオルキュラスが車に乗り込む。
「さあ、馬車を出せ」
その言葉に従い、馭者が馬に鞭を入れる。
「さあて、どこへ向かいましょう。どこへでも行きますぜ、おっしゃって下さい」
馭台から声がする。
「東、行き先は東だ」
「へい、承知いたしました」
その言葉に従い、馬車はけたたましい車輪の軋みと共にトールン市のある東へと走り出す。
「ヴィンロッドさま、行き先をお間違えではないのですか。東といえばトールン市内のある方向です、逃げるのであれば西でございましょう」
オルキュラスは怪訝な顔で、主人へ疑問を口にする。
「西だと、西からはバロウズ騎士団が寄せて来る。馬鹿どもが西へ逃れればそれで終わりだ、まだほかの者どもは知らん情報だがな」
「ええっ、バロウズ騎士団が──。しかしそちらはイシュー殿率いる左舷隊が、うまく引き付けているはずではございませんか」
「そのはずだった、だがバロウズ伯とベルス将軍の見識を見誤っていたようだ。兵の消耗と引き換えに力押しで強引に突破してきおった、思いもしなかっただけにわたしもいましがた知ったところだ。近衛騎士団介入どころか、バロウズ騎士団まで来たとなってはわが方の敗けは確実、だから東へ行くのだ。わたしは逃げるのではない、これからトールン星光宮の大公殿下の元へ参内する。単独連合軍から離脱し、そこで大公さまへ忠誠を誓う」
「ま、まさか──」
思いがけぬ主人の言葉にオルキュラスは驚きを隠せず、まじまじとその取り澄ましたような白面を見詰めているだけであった。
「まさかもなにも、わたしは大公殿下に弓を引いた覚えは一度もない。わたしが戦ったのはあくまでトールン宮廷並びに聖龍騎士団だ、大意に背いたつもりはない。だから大公殿下のお心が変わったからには、そちらに味方するのは当然であろう。たとえわが主フライデイの命令がなんであっても、大公殿下には逆らえぬではないか。拠ってわたしは敢えて主君に背き、国にお仕えする道を選ぶ。ただそれだけのことだ、なにかおかしい所があるか」
なるほどヴィンロッドの語る理屈は確かにそうであった。
しかしそれをこの人間が口にすること自体が、奇妙な話しである。
「しかし、此度の戦はすべてヴィンロッドさまが立案実行なされたのではありませんか。これでは一方的な裏切りです、他の者の言葉ならいざ知らず、あなたさまが申されてはならぬことではございませんか。しかも主君にそのことを知らせもせずに、一人だけこのような抜け駆けをなさるとは──」
さしものオルキュラスもこの理屈には疑問を持ったようで、敢えて真摯な意見を口に出す。
「わたしはただの軍師だ、主から作戦立案を任されれば忠実にそれに従うのみ。しかも先程まで大公殿下は、この争いには不介入の立場であらせられた。そうであれば、ただの家臣同士の諍いではないか。しかしいまやサイレン公家連合軍は賊軍となったのだ、であれば大公さまの意に従うのになんの躊躇する必要がある。いち早く大公さまの元へ馳せ参じるわたしこそ忠臣というものだ、違うか?」
「なん度も申します、それを人は裏切りと呼ぶのです。わたくしも大概のことはやって参りましたが、さすがのこれには呆れ果てました。どうか馬車を取って返し、丘の上の帷幕へお引き返し下さい。もし星光宮へお行きになるのなら、ご主君フライデイさまへその旨を進言するべきです。一方の将としての矜持はございませんのですか」
「そうか、お前の心はよくわかった。もう少し小狡い男だと思っていたが、まともな奴であったようだな」
柄にもなく諫言を繰り出す家臣を困ったような目で見下ろしながら、なんの表情も見せずにそう口走り身体を抱きしめた。
「分かって頂けたので・・・」
「馬鹿は要らぬ、死ぬがいい」
〝ぐざっ〟
「ヴ、ヴィンロッドさま・・・」
オルキュラスはその胸に短剣を突き立てられ、目を開いたまま息を引き取った。
馬車の扉を開け放ち、死体を外へ蹴り出す。
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