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第二章 夢の終焉 1-1



「イアンさまお目をお醒まし下さい、イアンさま、イアンさま」

 聖龍騎士団旗本隊中隊長のオレイウスが、横臥わっている躰を揺さぶりながら声を掛ける。


「ううーうっ・・・」

 さっきから唸り声は発するものの、なかなか目を開けようとはしない。

 馬から落ちた際によほど強く頭を打ったのか、顔をしかめたまま苦し気に呻き声を漏らすのみである。


「イアンさま、どうかお目をお開け下さい。戦は動きましたぞ、最後の時はもう直です。しっかりなされませイアンさま」

 焦れたオレイウスが頬を強めに叩く。


「ううっ、な、なんだ──」

 ゆっくりとイアンの目が見開かれる。


「おお、やっとお気が付かれましたか」

「うん? オレイウスか──。ここは一体どこだ、俺はなにをしている・・・」

 頭が痛むのか、右手をこめかみにあてて顔を歪める。


「馬から落ちた時に頭をお打ちになって、そのまま気を失われていたのです」

「馬から──そ、そうだオーリンのやつに馬から・・・。こうしてはおられん最後の決戦だ、俺が戦場に立たなくては将兵たちは戦えん。馬を、馬を回せすぐに出陣だ」

 イアンが半身を起こし下知する。


「イアンさま、最後の決戦はもう行われました。われらトールン軍は奮戦いたしましたが、相手方の数には敵わず数多の将軍が討ち死になされました」

「なんだと、誰だ、誰が死んだ──」


「はっ、カーベル城主オズワルドさまとシミュロン城主エルミドさまご兄弟。トールン防衛騎士隊のセルジオラス隊長、第七大隊指令ペトロッティさま。その他トールン義勇軍のクラークス殿」

 イアンの顔から一切の表情が消えた。


「い、いまなんと言った? もう一度最後に申した名を聞かせろ・・・」

「はっ?」

「最後にいった者の名を、もう一度教えろといっているんだ!」


 あまりの剣幕にオレイウスは驚きながら、はっきりとした口調でその名を口にする。


「トールン義勇軍の棟梁、クラークス殿でございます」

「間違いではないな、クラークスが死んだのは間違いではないのだな」


「はい、間違いようはございません。クラークス殿はその首を落とされ、槍の穂先にて晒されております」

「な、なにぃ――。クラークスの首が?」


「クラークス殿はイアンさまの影武者として出陣なされ、敵の猛攻にあい壮烈なる討ち死にを遂げられました。その首は兜を被ったまま槍の穂先に刺され、トールン軍の総大将として敵軍の勝利の御首級として戦場に晒されております」


「────」

 しばらくイアンは言葉も発することが出来ず、肩を落とし俯いたままであった。


「オーリン、お前が俺の影武者に──」

 なにかをぶつぶつと口の中で喋りながら、イアンはその場に立ちあがった。


「して、戦況はいまどうなっている。すでにわが軍は壊滅してしまったのか?」

 そう聞くイアンの表情には、すでになんの感情さえ見て取ることは出来なかった。


「いいえ、あの馬蹄の響きが聞こえますか! トールンから近衛騎士団が駈けて来ております、われらを救うために近衛騎士団が出陣したのです」

「近衛騎士団? では大公殿下はとうとうわれらの心を分かって下さったのだな」


「はい、これで形勢は一気に逆転です。わが方も再度敵に向かって攻撃を掛けます、われらの勝利は目前です」


「・・・・・」

 近衛騎士団出陣を聞き、イアンは噛み締めるような泣き出しそうな顔で、暮れてしまった空を見上げた。

 そこには常にその場所から動かない不動の極星〝ルアン〟が輝いていた。


「そうか、オーリンお前がやってくれたのだな。俺の身代りとなり命を救ってくれた上に、近衛騎士団まで動かしてくれた。お前がサイレンの将来を本来あるべき姿に戻してくれた、すべてお前のお陰だオーリン──」


「イアンさま、そのオーリンと申すのはどなたでございます」

「ははは、俺の兄弟分トールン一の侠客メルカッツ・クラークスこと、ランデッド通りの悪童オーリンだ」

「ランデッド通りの悪童?・・・」


「まあいい、感傷に浸るのはあとの話しだ。戦場に復帰する馬を回せ」

 旗手である旗本隊中隊長のゲッテル亡き後、戦場に打ち捨てられていた大騎士団旗はオレイウスの手でこの場に持ち込まれていた。


 馬蹄に踏み躙られいたる所が裂け泥にまみれてはいるが、まだその威容は失っていない。

 再び聖龍騎士団大騎士団旗が、戦場に翻った。


「あれを見ろ、大騎士団旗だ。じゃあやっぱり総司令は生きておいでだったんだ」

「大騎士団旗が挙ったぞ、イアンさまは生きておられる。われらの総司令は健在だ」


「旗だ、われらの旗はまだ死んでない。これからが真の勝負だ、いざ行け聖龍騎士団の兵ども」

「かかれー、聖龍騎士団はトールンの守護神だ。われらこそトールンそのものだ、敵を蹴散らすのだ、進めー進めーっ」

 大騎士団旗が戦場に姿を現すと、再び将兵たちに精気が甦って行く。


「トールンからは近衛騎士団が来てくれている、一気に反撃だ。勝利はわが手にあり、われらこそ官軍ぞ」

 日の沈んだヒューリオ高原は、それまでの劣勢が嘘のようにトールン軍の反撃が各所で始まっていた。


 一方の叛乱上洛軍は近衛騎士団参戦の報を聞くや、大混乱に陥っていた。

「陣形を再編せよ、本陣の守りを厚くし守備陣形に形を変えろ」

「慌てるな、数では劣る訳ではない。うろたえず各隊の指揮官の命に従うのだ、勝手な言動は慎め」


「戦場を維持せよ、流言飛語に惑わされるな。新手が来ようともわが軍は大丈夫だ、戦場を脱するものは斬り捨てる。秩序を保て、落ち着くのだ」

 各指揮官が必死に兵たちを統率しようと大声を上げているものの、一旦混乱をきたした人間の心はそう簡単に元に戻るものではない。


 攻勢に転じたトールン軍に対し、各所で叛乱軍は押され始め逃げ惑う兵たちで混乱を巻き起こしていた。




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