第一章 草原の黄昏 4-6
「ジョージイーさまの首を捩じ切ったのは貴様か」
大剣を突き出しながら、ワルキュリア鉄血騎士団右舷を担う風神キンデルが訊いて来る。
「そうだよ、首を引っこ抜いたのはこの魔獄のゼームさまだ。すぐにそこのヒューガンの首も千切ってやるよ、愉しみに待ってな」
「貴様暗殺者か」
「げはは、そんなのどうでもいいだろ、俺はただの人殺しだ。三つの時からいままで二百近くの人間を殺してきた。ただただ殺すのが楽しいんだよ、意味なんかねえ。お前らにはいくら考えても俺の心は分からねえさ、なんせ俺は母親の腹ん中にいる時からそう出来ちまってるんだから」
「生まれながらの殺人鬼か、初めて出逢ったぞ化け物め。この世に生かしていてはならぬ者のようだ」
苦々し気にキンデルが唾を吐いた。
「俺もそう思うよ、でもしょうがないだろ俺は強いんだ。誰も俺を止められねえ、一生で千人ほどは殺すつもりだ。お前らもその中の一人だ、ぐへへ──」
帷幕の外では暗殺者を取り囲み、槍で突き殺そうとする兵たちが、抵抗にあい五人、六人と命を落としていた。
「なかなかに腕が立つようだなお前ら」
兵たちを制して現れたのは、いかにも清々しい容姿のザンガリオス六勇将のサムソニオであった。
「おい、サム一人で大丈夫か」
声を掛けて来るカルロに振り向きもせず、サムソニオが暗殺者二人に近寄って行く。
二人同時に斬り掛かって来る影を、まったく苦も無く躱すと腰の剣を一振りする。
そこには二つの首を失った人間の体が、血を吹き上げながら立っていた。
驚くほどの血飛沫をひとしきり上げると、木偶人形のようにその身体は地に崩れ落ちた。
「中の方は少し手こずっているようだな、加勢に行くか」
それになにも答えず、剣を鞘に戻すなりサムソニオは歩き出す。
「まったく無口な奴だな、少しはなんか言えよ仲間だろうが」
ぶつぶつ愚痴りながらカルロが後に続く。
「な、なんだこの化け物みてえな野郎は」
帷幕内に入るなりカルロが口を開いた。
「ビューウィー・・・」
顔半分を粉々に吹き飛ばされ横たわっている人影を見て、サムソニオが呟いた。
「なんだなんだ、また新しい奴が来やがった。ビゲとサラロームのやつもう殺られやがったのか、糞の役にも立たねえなまったく──」
「お前がビューウィーを殺したのか」
信じられないと言った顔で、サムソニオが訊いて来る。
「気を付けろサムソニオ、こいつただの躰の大きいだけの馬鹿じゃない。油断してると反対に殺られてしまうぞ」
キンデルが注意を促す。
「ぐふぇふぇっ、四人か? こいつぁちと厄介だな、いくらこのゼームさまでも手に余るみたいだ。まあ、どうにかならねえ数じゃねえが怪我してもしょうがねえしな。一旦退くか──」
将軍級の騎士四人に囲まれ、大男魔獄のゼームが表情を曇らせる。
「一旦退くだと? いまさらお前を逃すつもりはない、この世に生きていてはならぬ人間だ。ここでこのキンデルが成敗する、観念いたせ」
「た、大変です、トールンから近衛騎士団が駈けて参ります。その数四万から五万人以上、一報によりますと星光宮の大公殿下はトールン軍を官軍と宣言なさったとのこと。あれはわが軍に寄せてきておる軍勢です、われらは賊軍となってしまっております」
息せき切って急使が、大声で状況を叫びながら帷幕内に駈け入って来た。
「なにぃ、近衛騎士団が!」
ヒューガンが悲鳴のような声を挙げた。
その急使の言葉に、場に居るすべての者の意識が一瞬集中した。
この一瞬の隙を衝き、転がっているジョージイーの生首を引っ掴み、入ってきたときと同じく体に似合わぬ素早い身のこなしで、ゼームが帷幕から脱出して行った。
「ヒューガン命は預けたぞ。だが必ずお前の首はこの俺さまが頂く、忘れるな魔獄のゼームがお前の首を取るからな」
捨て台詞を叫びながら、暗殺者は一気に駈け去って行く。
通常であれば総員で後を追い、何がなんでも逃がしはしないのだが、近衛騎士団来襲の報が入ったいま、状況はそんな些事に構っていられなくなってしまっていた。
「近衛騎士団が向かっていることは間違いないのか? 大公がわが方を賊軍とみなしたという報も?──」
ヒューガンが使者に確認する。
「はい、トールンの手の者からの情報でございます。ほぼ間違いはないものと」
それを聞いたヒューガンは、がっくりと肩を落とし両こぶしを固く握り締めた。
「な、なにが間違ったのだ──」
すでにヒューリオ高原に陽の姿はなく、さっきまで赤く輝く草の海であったのが、いまや完全に紫色の夕闇が風に揺らぐ草々を包んでいた。
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