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第一章 草原の黄昏 4-2



 約束の時刻を過ぎても、彼らの待つトールンからの援軍〝近衛騎士団〟は姿を見せなかった。


「クラークスせっかく策を弄してもらったのだがもう時間切れだ、俺はゆく。今宵は先に待っているルバートの顔を見られそうだ、最期の別れにもう一度お前の顔を見せてくれ」

 ゆっくりと鐙に足を掛け馬の背に据わり、イアンが馬上からクラークスに笑いかける。


「もう待てんのか・・・」

 諦めたような口調で、クラークスがイアンの目を見詰める。


「見ろ、すでに兵たちは動き出してしまった」

 すでに約束した一(カルダン)はとうに過ぎていた。


「俺が行かねば死んでゆく将兵たちに申し訳が立たん。戦場に総大将の姿がなくて兵はどうやって戦うというのだ。俺は指揮官だ、最後までその責務を全うするのみ。お前はもう付き合うことはない、ここを離れて手下たちの面倒を見ろ。今日の戦で死んだ者たちの家族のこともあるだろう」


「じゃあこれで本当にお別れだな、兄弟」

 意外にもあっさりと、馬上のイアンにクラークスが手を差し出す。


「さらばだ兄弟」

 イアンが手綱を離し、両手でその掌を握った。


 その時クラークスがいきなりイアンの手を鷲掴みにし、勢いをつけて馬から引きずり降ろした。

 意表を突かれたイアンは体制を崩し、もんどりうって頭から落馬した。


「あっ、なにをする!」

 副将である聖龍騎士団第一大隊指令のオリヴァー侯爵、旗本隊隊長のクルーズ伯爵が同時に叫んだ。


 重量のある甲冑を身に着けていたこともあり、強く頭部を打ったイアンは気を失ってしまったようで、ぴくりとも動かない。


「貴様、これは一体どうしたことだ。気でも違ったのか――」

 並んで馬に乗っていたクルーズが、すぐさま下馬しイアンを抱き起こす。

オリヴァーが、手にしていたリムゲイルの穂先をクラークスに突きつける。


「お前、敵の間者だったのか──」

 いまにもその槍で突き殺しかねぬ目をしている。


「まあ俺の話しを聞け」

 恐れもせずにクラークスは鋭い穂先を指でどかせながら、馬上のオリヴァーに笑顔を見せる。

 落ち着いている風のクラークスの態度をみて、オリヴァーは突き付けていた槍を収めた。


「いいかい、こいつはどうあっても死なせちゃいけねえ。たとえ今日敗けようと、すぐにまたの機会が巡って来る。その時のためにイアンにゃ生きててもらわなきゃな、もう兄弟分が死ぬのなんざ見たくねえ、ルバートの奴だけで十分だ。こうでもしなけりゃ言うことを聞く奴じゃねえ、あんたらだってイアンを死なせたくはねえだろ」

 そう言いながらクラークスは、イアンの被っている兜を脱がせ始める。


「な、なにをする──」

 クルーズが慌ててクラークスの手を払い除ける。


「俺がイアンに成りすまして戦場に立つ、総大将がいなきゃ格好がつかねえんだろ。俺とこいつは背格好が似てる、兜の面頬を降ろしときゃばれやしねえだろ。それにあんたらが側に連いててくれる、俺はただ黙って馬に揺られてるよ」


「親分、そいつぁいけねえ。親分に万が一のことがあったら、俺は代貸しに殺されちまう。それに俺たちゃ貴族でも騎士さまでもねえんですぜ、そこまでして尽くす義理はねえはずだ。お願げえしやすから考え直しておくなさい」

 ババルディが地面に頭を擦り付けるようにして懇願する。


「うるせえ、てめえは黙ってろい。これは義理だのなんだのってえんじゃねえんだ、ましてや誰から言われたからやるんでもねえ。俺がそうしたいからやることだ、イアンとルバートは街のチンピラだった俺を兄弟と呼んでくれた。天涯孤独だった俺に初めて出来た友達だったんだよ、大人になって家を継いで大貴族になったって、ひとつも変わらずに接してくれた。俺はそれがなにより嬉しかったんだ、友情ってやつがよ。普通だったらガキの頃ならいざ知らず、大人になったらこんなやくざ者なんざ鼻も引っ掛けてもらえねえのが当たりめえだ。なのにしょっちゅう安酒場で飲んだくれて、若え頃のまんま馬鹿っ話しをして朝まで笑い合った。サイレンでも指折りの大貴族さまがだぜ、俺は嬉しくって嬉しくってよ──。だけどこんな俺にゃなに一つとして役に立ってやれねえ、ルバートが死んだ時だってなにもできなかった。イアンはその手でルバートの命を──、それを考えると俺は居ても立ってもいられなかった。やっとだ、やっと俺がこいつの役に立てる時が来た。だから今日だって手下たちを引き連れて、場違いな戦場にまで出て来た。そして最後の時になって、こんな瞬間が巡って来た。イアンは死なせやしねえ、俺が守る。いいかババ、もし俺になんかあった時にゃクエンティの兄貴が親分だ。本来始めっからそうなるはずだったんだからよ、これでやっと兄貴に跡目をお返しできる。長げえことすまなかった、そうお伝えしてくれ」


「お、親分・・・」

 それ以上はババルディがなんと諫めようが、クラークスは聞く耳を持たなかった。



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