第一章 草原の黄昏 1-2
大公宮の中に一歩足を踏み入れると、中はウェッディン家とカーラム家の兵たちでごった返していた。
「これはご舎弟さま、なんのご用で罷り越されました」
ウェッディン家親衛隊隊長のペリオルスが、慌てたようすで奥から飛んできた。
「おおペリオルスか、久しいな息災にしておったか」
緊張気味の親衛隊長の態度とは打って変わって、フェリップはにこやかな笑顔を満面に浮かべながら気楽に挨拶をして来る。
「このお方は?」
ペリオルスの横に並んで立っている、四十半ばの神経質そうな顔の小柄な人物が訊いて来る。
「わが主ジョージイーさまのすぐ下のご舎弟、フェリップ侯爵さまだ」
ペリオルスの説明を聞いた男は瞬時に態度を改め、腰を四十五度に折り丁寧に頭を下げる。
「これは知らぬこととは申せ失礼いたしました。わたしはカーラム家の家令代理をしておりますヘムリュスと申します、お見知りおきください」
「フェリップだ、そう固くならずともよい。なあに今日はアーディン殿下のご機嫌伺いに参った、しばらくお顔を見ておらなんだからな。ちょうど昨日オズハラドの果樹園から採れたライチが届いたゆえ持って参ったのだ、これは大公殿下の大好物だからな。殿下は如何しておられる、お元気なのだろうな」
フェリップの一歩後ろに、ライチが山盛りに入った大きな手籠を抱えたレノンが恭しく付き従っている。
「外にもっとたくさん持って来ておる、お前たちも食するがいい。オズハラド産は果肉の量が多く、微かな甘みが絶妙でサイレン一と評判なのだぞ。柑橘を搾ったキャリム水と一緒にかじると一層味が引き立つ、いまが旬だ兵たちにも分けてやるがいい」
玄関の前にはフェリップの家人数人が、やはり大きな籠に入ったライチの山を運んでいた。
「ははっ、それは大変ありがたいのですが──そのう、いまは時が時ゆえそのような悠長なことをしておる場合ではございません。どうかこの場はお引き取り願えますでしょうか」
ペリオルスが深々と頭を下げる。
「旦那さまに帰れと申すのか、無礼であろう。かりにもフェリップさまはジョージイーさまの弟君だぞ。ウェッディン家を、ご当主さまに成り代わり差配なさっておるのを知っておろう。大公殿下ともご兄弟同様に接しておられるのだ、ここまで出向いて来ながら一目お会いもせずに帰れるはずがなかろう。その方ごとき一将兵の分際で、主筋のフェリップさまに指図する気か」
レノンが顔を真っ赤にして捲し立てる。
「これこれ、そのように声高に怒鳴らずともよいではないかレノン。ペリオルスも役目上仕方がなく言っておることだ、よく見知った仲だ話しを荒立てるな。気を悪くせんでくれペリオルス」
「いやはやそうおっしゃって頂けるとありがたい限りでございます。手前のご無礼もご容赦くださいませ、なにせ役儀でございますれば──」
「なになに、お前の立場は聞かずともよく分かっておる。そのように畏まるでない、頭を上げよ」
そう言ってフェリップは、目の前の武人の背に手を回し耳元で囁く。
「されどわたしも大公殿下に喜んでもらおうとここまで来たのだ、せめて一目なりとお会いしたい。わたしの心も少しは汲んでくれぬか」
身分をひけらかし、居丈高とした物言いをされたのならばそれなりの対応も出来るが、優しく切り出すフェリップを無下にも出来ず、ペリオルスは困った顔を隣のヘムリュスに向ける。
「ううむ、困りましたな。わが主からも、なん人たりと大公殿下に近づけてはならんと厳命されておりますし・・・。それになによりも大公殿下が、誰にもお会いせぬとおっしゃって居られます、まことに申し訳ございませんがお帰り頂くしかございません」
ヘムリュスが申し訳なさそうな顔でフェリップを見る。
「そうか、殿下がそうおっしゃるのでは仕方がないな、無理にお邪魔するわけにもゆくまい」
フェリップが諦めたようにうな垂れる。
〝お諦めくだされたか〟
それを見た二人はほっと胸をなでおろす。
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