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第一章 草原の黄昏 3-7



「十小刻(カルド)過ぎた、もう容赦は要らん。馬鹿者どもを殲滅せよ、誰一人生かしてここから逃すな」

 指揮官の号令の下、上洛軍の兵が一斉に敵目がけて動き出した。


「われら聖龍騎士団の意地を見せろ、命を惜しむなトールン武人の心意気を示せ。敵は叛逆者とその加担者だ、神はわれらにお味方なさる。怯むな正義の名の下に突っ込め、一歩も退くな」


 トールン守護軍もあくまで士気は高く、すでに命を捨てている将兵たちは何倍もの軍勢を迎え撃つ。

 上洛軍はこれを最後の攻撃にすべく、全戦力を一気に導入した。

 瞬時に決着をつけるつもりのようである。


 圧倒的な兵力に呑まれたトールン軍は、必死に応戦するが戦力の差に抗すべくもなく、次々に斃されてゆく。


「ようし、われらもユンガー目指してここを去る。一塊になり敵を突破する、駈けよ、駈けよ、ただひたすらユンガーを目指せ。一人でも多く故郷に帰り着くのだぞ」

 威勢よく叫ぶサキュルスを先頭に、悲壮な覚悟の一団がいまや混戦の真っ只中にある戦場へと駈け入って行く。


「わああーっ、ユンガー騎士団が突っ込んでくるぞ。奴らを通すな、皆殺しにせよ」

 彼らにも大量の兵が襲い掛かり、行く手を阻もうとする。


「お館さまを守れ、幾重にも突破陣を作り勢いを止めるな。止まればわれらに再度立ち上がる兵力はない、止まるな駈け続けよ。目指すは故郷ユンガーの緑の大地ぞ」

 左右の敵を斬り伏せながら、テムーゼン大騎士長が将兵たちに大声で命を下す。


「テムーゼンさま、駄目です。あまりに敵が多過ぎます、このままでは突破できずに呑み込まれてしまいます」

 指揮官らしい兵が、馬を寄せ口走る。


「くうぬっ、弱音を吐くな。どうあってもお館さまだけはここから逃すんだ、みな命を捨てるのはいまぞ。守れ、駈けよ、ユンガー騎士団一世一代の腕の振るい所だ。われらの意地を見せよ、止まるな」

 叫び続けるテムーゼンの脇腹に、一本の槍が突き刺さる。


 それをものともせず彼は馬を走らせる。

「われこそはユンガー騎士団大騎士長テムーゼンだ、命の要らぬ者は掛かって来い。歯向かわん者には手は出さん、道を開けろ邪魔をすれば容赦はせん」

 鬼の形相で絶叫する姿に、敵兵は恐れをなし遠巻きに走り去る馬を見送る。


 それに続きゴラムス率いる旗本隊に守られた、ウィルムヘルの一団が奔り抜ける。

 しかし、行く手には十重二十重に敵の陣が待ち構えており、徐々にユンガー騎士団はその数を減らしていった。


 聖龍騎士団も奮戦してはいるものの各所で小隊ごとに殲滅され、あっという間に戦力が減少して行く。


「うおーっ、ヴィンロッド、ヴィンロッドはどこにいる。兄の仇だ、せめてお前の首を取らねば屋敷で待つ義姉上に申し訳が立たん。出てこい、わたしはアイガー家のデオナルドだ。貴殿も武人ならば勝負いたせ」

 デオナルドが大声で叫ぶが、狂乱の戦場ではそんな声など干戈の響きや死に行く者の絶叫に搔き消され相手へは届かない。


 また例え聞こえたとしてもヴィンロッドは指揮官又は軍師のような者で、武将ではないゆえに姿を見せることはなかったであろう。


「叫んでも無駄だデオナルド、それより生き残る術を考えよ。いいかわたしから離れぬなよ、お前はどうしてでもここから連れ帰る。そしてわたしの総てを伝授する」

 華麗な槍捌きで敵兵を突き倒しながら、レミキュスが若き武人に声を掛ける。


 一方総指揮官亡き本陣では、華麗な甲冑姿のオリヴァーが白亜の鎧を血に染めながら槍を振るっていた。


「おいオリヴァー、俺は陣の後ろに構えているあの帷幕を目指す。お前はどうする、そのつもりなら一緒に死にに行こうぜ」

 クルーズが大鉾〝大蛇丸〟を振るいながら、白亜の騎士に笑いかけた。


「真の敵の首を狙うのも面白いな、どうせ先の無い命だやってみるか」

 オリヴァーは長年の盟友の言に頷き、高台に設営されている敵軍の帷幕を見遣った。

 狙いを定め駈け出した二つの騎馬の前に、巨大な影が立ち塞がった。


「そうはさせん、お前たちの命運もここまで。潔く散るがいい」

 それは大将軍バッフェロウだった。

 背後には数百の将兵が控えている。


「もう一騎打ちはない、ここであなた方は死ぬのです。お覚悟はよろしいか」

「ふはは、どうやらわれらもここまでか。あとなん人道連れに出来るか分からんが、最後にもうひと暴れしてやるぜ」

 バッフェロウを睨みながら、クルーズが大蛇丸を構え直す。


「クルーズ、今夜はあの世でゆっくりと話しでもしよう」

 あくまで雅な笑顔を見せながら、オリヴァーが冥槍ロッドゲヌスを手に静かに周りを見渡す。


 数小刻(カルド)もすれば総司令に代わり聖龍騎士団を率いている指揮官二人も、ヒューリオ高原の大地で永遠の眠りにつくことになるだろう。

 西の地平へ赤い太陽の最後の一欠片が、ゆらゆらと陽炎のように揺れながら没していった。


 バッフェロウの右手が大きく頭上高く掲げられた。

 この手が降り降ろされた瞬間、一気に兵たちは目の前の二人へ殺到するのである。


 が、次の瞬間トールン市内のある東の方から、大地を轟かせる馬蹄の響きが聞こえて来た。


「新手だーっ、トールンから新手の兵がやって来ます」

 バッフェロウの元へ伝令が報告に来る。


「なんだと、してその数は?」

「二万、いえ三万以上と思われますが、多すぎて見当が尽きません」

「ば、馬鹿な、そんな兵がどこにいるというのだ──」


「あれは近衛騎士団だ、近衛騎士団が襲ってくるぞ。陣を組み直せ防御を固めろ、数的にはこちらも十分に対抗できる。慌てずに陣を再編するんだ」

 必死に指揮に当たる各部隊の責任者の声を聞きながら、バッフェロウは静かに天を見上げ呟いた。


「神は最後になって我々を見捨てたのか──」




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