第一章 草原の黄昏 3-6
いままでただ山のように動かなかったウィルムヘルとユンガー騎士団にも、イアン討ち死にの報は届けられていた。
「もはやこれまでではございませんか。イアンさま亡きいまトールン軍には、全滅か降伏以外に残された道はございません。われらはそれに加わるのか、それとも敵中央を突破して戦場を離脱するのか」
若いサキュルスが焦れたように具申する。
「こうして見ると、最後の交渉も決裂したようですな。もう直に最後の戦が始まりましょう、どうなさいますお館。このままでは戦は終わってしまいます、もし降伏するのであれば戦闘が再開される前でなければ意味がありませんぞ」
副官のゴラムスが、主に決断を求める。
「いまさらなにを言っておられる、先ほどわれらの心は確認し合ったはず。最後となった場合は敵中央を突破して、ひたすら国許ユンガー目指して駈けるのみ。そうでございましょうお館」
若いサキュルスが、いまさらと言った風にゴラムスを睨み付ける。
「とうとう近衛騎士団は参りませなんだな、あと十小刻もすれば陽は完全に沈み切ります。降伏をせぬのなら取るべき道はただ一つ、サキュルスの申す通り意地の中央突破のみ。ユンガー騎士団の底力を敵のやつらに見せつけながら、堂々と退却いたしましょうぞ」
総騎士長のテムーゼンが詰め寄る。
「・・・・・」
家臣たちの言葉に、ウィルムヘルは黙ったまま口を開こうとしない。
「お館、なにを黙っておられる。攻め掛けられる前にこちらから仕掛けましょう、後手に回れば戦場離脱さえままならなくなる。戦は先手必勝、ましてや敗け戦なればなおさらです。いますぐにご決断を」
苛々とした口調で、サキュルスが捲し立てる。
「少し黙っていろ、いまお館はご思案中だ。黙らねばこのゴラムスがここから摘み出すぞ若造め」
さすがは長年修羅場を経験して来ただけあり、彼の言葉には他を圧倒する迫力があった。
「イアンは真に死んでしまったのであろうか──、わたしには信じられん」
ウィルムヘルから出た言葉はこれであった。
「お館さま、戦場ではなにが起きても不思議ではございません。それが証拠にあのアームフェルでさえ、矢に全身を貫かれあっさりと死んでしまったではございませんか。それに戦場に翻っておるはずの聖龍騎士団の大騎士団旗さえもう見えません、ご親友の死をお認めになりたくないのは分かりますが、これが現実なのです」
静かにゴラムスが事実を述べる。
「ここが潮時か・・・」
「ではご退却でよろしいのですね」
最後に念押しをするゴラムスに、意を決したようにウィルムヘルが頷く。
「致し方なかろう」
「聞いたか、われらはこれより総退却する。しかし逃げ帰るのではない、敵を圧倒して堂々と戦場を後にするのだ。戦が再開され次第に敵本陣を突破しての退却戦だ、命はないものと覚悟せよ。お館さまただ一騎になろうと、必ず故郷ユンガーの地にお送りするのだ。お館さまがお戻りになれば、それはすなわちわがユンガー騎士団の勝利と同じ。いいか、命に代えてこのことのみを思い戦え。敵にユンガーの兵の強さを刻み込むのだ。真にサイレン最強はわが騎士団ぞ、ザンガリオス鉄血騎士団にも殉国騎士団にも劣るものではない。いざ退却だ!」
〝応っ〟
〝今日最後の戦いだ、われらの腕の見せ所だぞ〟
〝なんとしてもお館さまをユンガーへお戻しするのだ〟
〝また、故郷で再会しようぞ〟
兵たちが自らを鼓舞するように叫び合う。
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