第一章 草原の黄昏 3-5
「さっそく用件を伝える、これ以上の戦いはお互いにとってなんの意味もなかろう。そちらはすでに総大将のイアン殿を喪っておる、故にわが主ヒューガンさまは、あなた方が降伏するというのであれば受け入れるとおっしゃっている」
鷹揚な態度のロンゲルに対し蔑むような眼差しを向けながら、白亜のオリヴァーが感情さえ見せず返す。
「降伏? これは面白い言葉をお聞きする。われらに叛逆者どもに降れとおっしゃるのか──、まあよい、話しだけは聞こう。して降伏の条件はなんでございます、お有りになるのでしょう」
「条件はたったの一つだけ。各隊の責任者とその副官の首を残った将兵方の手で討ち、わが方へ届けること。たったそれだけでござる、さすればその他の者たちの命は責任をもって補償いたす」
「ははは、わたしたちの命ごときで、残ったみなを助けて頂けるとはなんとも有り難き申し出ですな。これが国と国との間で起こった戦役ならば、喜んでこんな命など差し上げますが、此度は正義と不義との争いですぞ。討ち死にこそすれ降伏をするなど夢にも思うものではない。それでなくともこちらは手酷い裏切りを受けたばかり、そんな二枚舌の者どもの言葉など、到底受け入れられる訳などなかろう。のうバッフェロウ殿」
「・・・・・」
真っ直ぐに向けられたオリヴァーの視線を受けて、人々からサイレンの英雄とまで称賛された武人は、返す言葉もなく俯いてしまう。
「おや、なにか申されることはないのですか大将軍殿」
オリヴァーが追い打ちを掛ける。
「なにもない、いまさら言い訳をしてもどうにもならん。ただすまぬと頭を下げるしかない」
黙っていることも出来ただろうが、あえて彼はそう言って深々と頭を下げた。
「騙し討ちでも勝ちは勝ちですからな、なにも謝ることでもございますまい。それともご自分の為されたことは、恥じ入ることとご存じでなのですか。まあよい、しかし一つだけ言っておくが、今後サイレンの英雄などと二度と名乗られぬよう。人から呼ばれたら、すぐさま否定して頂きたい。英雄とは男とは、わが友のアームフェルやイアンのような者のことを申す、勝てばいいというものではない」
「あ、相分かり申した──。わが生涯をかけてお誓いする、申し訳ござらん」
「し、将軍っ、なにをそんなに弱気になっておられるのだ。かような無礼なもの言いをされてなぜ黙っておられる。相手はもう降伏するよりない敗軍の将ではないか、これではみなに示しがつきませんぞ」
横合いからなにも事情を知らぬホワイティンが、差し出口を挟む。
「勝手なお言葉は控えて頂きたい、これはわたしとオリヴァー殿との間の話しだ。他人にとやかく言われることではない」
その一言でホワイティンは、顔を真っ青にして黙り込む。
バッフェロゥの言葉には、そうさせるだけの迫力と重みがあった。
「オリヴァー殿、貴殿の言われることは分かった。今後わたしがサイレンの英雄と呼ばれることは二度とない、そうお誓いいたす。して降伏の件ですが如何なされる、すでに勝敗は着いたと思われる。これ以上兵の命を無駄になされるな、残念だが懸命なご決断を願う」
「それならば答えは決まっておる、わが方に降伏をしようなどと考える者は一人もおらん。正義を為す者が、わが命惜しさに志を曲げる訳にはゆかん。実はあなたにもそれは分かっておられるのではないのか。武人は上からの命を受けて戦をするのが本分、それが正しいか正しくないのかは関係ない。とは申せ此度のやりようは単なる意趣返し、どう言い繕ってもそちらに義はない。戦うのは吝かではないが、義のない戦をするほど武人にとって哀しいものはない。それがあなたほどの武人であればなお更であろう」
オリヴァーの返答はあらかじめ予想されていた通りではあったが、バッフェロゥはなんとも言えぬ悲しげな表情でその言葉を聞いた。
「あと十小刻待ってやろう、ほかの将兵ともう一度話し合え。時刻が過ぎても返答がなければ戦を再開する、これが最期の通告だ」
ロンゲルが冷たくそう言い放つ。
「ふふっ、トールンの守護者〝聖龍騎士団〟の最後の力を叛逆者どもにお見せしよう。もう日も暮れる、わが人生の幕を引くにはよい時間だ。存分に掛かって参られよ」
互いに言いたいことをいって、最後の交渉は終わった。
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