第一章 草原の黄昏 3-3
サイレン大公三家の当主に対して、なんとも不遜なものの言いようである。
すでにジョージイーの存在など、歯牙にも掛けていないようすである。
その場にいる他家の者たちも、彼のことは眼中にないようであった。
「相すまぬ・・・」
陪臣にさえそのような態度を取られているにも拘らず、ジョージイーは弱々しい表情で頭を下げる。
「ジョージイーさま、あなたさまが頭をお下げになることはございません。大公殿下を説得し、近衛騎士団の介入を止められたのはあなたではございませんか。言ってみればこの戦の真の功労者です、もっと胸をお張り下さい。次期大公にお成りになるお方の取られる態度ではございませんよ」
ただ一人、ザンガリオス家の家老リネルガだけが、ジョージイーに優しく声を掛ける。
しかし、そんなリネルガに対してさえ、彼は卑屈な作り笑いを浮かべるだけであった。
「おい伝令はおるか」
ロンゲルの言葉に、帷幕の外で待機していた兵卒が中へ入って来る。
「さっそく戦場へ行き、これから敵将兵への降伏勧告をするためわれらが出向く旨をバッフェロウに伝えよ。遣わされるのは大公家所縁の各家の代表の者たちだ、大事な身ゆえバッフェロウ自ら護衛に当たるように申し伝えよ。くれぐれも粗相なきように申すのだぞ」
「承知いたしました」
伝令は身を屈めると、素早い仕草で走り去った。
フライデイは別途に手の者を呼び寄せ、ウル―ザを探しバッフェロウと共に一行の到着を待つようにと言いつける。
「さあ、これでとうとう戦の決着がつきます、念願の星光宮への帰還が叶いますぞ。若殿、いいえ大殿おめでとうございまする」
感慨深げにロンゲルが、主に祝辞を述べる。
目には涙さえ浮かんでいる。
この男はこの男なりの忠義を尽くし、主に仕えているのであった。
「なにを泣いておる、お前らしくないぞ。大公であった父をあのような形で亡くし、思いも掛けず大公宮を追われ、お前にも難儀を掛けたがこれでその苦労も報われた。これからはまた昔のようにトールンにて政を行えるな」
ヒューガンが優しい眼差しで、股肱の臣へ労いの言葉を掛ける。
他人へは冷酷なこの男も、物心ついた時から身近に仕える家臣には、心からの想いがあるらしい。
「勿体ない、わたしがもっとしっかりとしておれば、殿にこのような真似をさせずに済んだのです。わたしが不甲斐ないばかりに──」
人にはそれぞれの義があり、また情もある。
立場が変わればそれが正義となり、反対に悪ともなる。
ましてや歴史は勝者が造って行くもの、勝った者がその名を残し英雄となり、敗けたものは悪として永遠の誹りを受けるか、名さえ残さず消されてしまう。
いままさに、その瞬間が両陣営の上に来ようとしていた。
ジョージイーは一人こっそりと帷幕から出て、バミュール犬狼騎士団が屯する一画へと歩いていた。
「アルファーは一体なにをしている、もう約束の二刻は過ぎてしまっておるではないか」
ぶつぶつと不満を紛らすように口走っている。
「もうトールン軍は駄目だ、一体わたしはこの先どうなってしまう。もう今日限りウェッディン家の総ては弟に譲る、二度とトールンの地は踏まず領地に引き籠り、狩りでもしながら一生を過ごす。こんな暮らしはもう沢山だ」
緊張感に耐えられず、ジョージイーは逃げ出してしまったのである。
そんなことをしてもいまさらどうにもならぬのだが、彼にはそれさえまともに理解する能力がないようである。
〝ざざっ〟
なに者かがジョージイーの身体を背後から襲った。
「!」
声を上げる間もなく、彼の首には強烈な力が加わった。
〝グリッズッ〟
〝ゴギリ〟
不気味な音を立てて、首が簡単に一回転した。
瞬時に彼の眼は裏返り白目を剝き、その目、鼻、耳、口とすべての穴から血を流し息絶えた。
一瞬刻も掛かっていない。
首に掛かった力はそのまま緩められることなく、さらに回転し引き千切られるように胴から離れてしまった。
首が捩じ切られてしまったのである。
物凄い膂力がなければ、素手で首をもぎ取る真似など出来ない。
「ぐひぇっ、なんて間抜けな野郎だ。一人でこんな所まで来やがって、こうもあっさりと仕留められるとは思っても見なかった」
サイレン大公家の一つ、ウェッディン・サイレン家当主ジョージイー・フォン=サイレンは、残忍な殺人鬼に首を縊り取られその生涯を閉じた。
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