第一章 草原の黄昏 1-1
第二巻「祭のあと」の開幕です。
いよいよ「ヒューリオ高原大会戦」の決着の時がやって来ます。
しかしこれは大きな「トールン大乱」の中の、たった一日でしかありません。
それぞれが信じる道をゆき、なにかの大義のために命を懸けた。
敗走の苦難を味合う無敵の「ザンガリオス鉄血騎士団」、四代六十余年にわたりサイレンを統治してきた「カーラム・サイレン家」の運命は?
ここまでに至る真実とは?
物語はまだまだ続く。
ヒューリオ高原においてトールン守護軍と叛乱上洛軍(正式名はサイレン公家連合軍)の間で、戦闘が始まったという報告が届いた。
星光宮内のバミュール侯爵家の控えの間には、フェリップ、クエンティ、レノン、ショウレーン等の顔があった。
「いよいよ始まったか」
クエンティの表情が引き締まる。
「ああ、多分昼頃までは気概で勝るトールン軍優勢に戦は推移するだろう、しかしその後は徐々に押され出すのは目に見えている。夕方まで持てばいい方だな、戦力の差がはっきりし過ぎている」
フェリップが、戦に対する自分の予想を語った。
「大公宮の方はどんな具合だ」
「それが少々厄介なことになっております。昨日まで大公宮内でアーディン殿下を監視していたのは、ウェッディン家の者たちだけだったのですが、昨夜遅くに百人近くのカーラム家の兵が加わっております。今日の開戦に合わせて警備を固めたのでございましょう。これには近衛騎士団が強く反発を示しており、なにかちょっとした間違いでも起きれば、たちまち両者間において小競り合いが始まる気配です。そしてもう一つ、リム家子飼いの〝ハルンバート流星騎士団〟も、これには相当に苛ついているようすです」
主人に対してバミュール家の執事長であり、フェリップの懐刀でもあるレノンが苦い顔で報告する。
「さすがは魔術師ヴィンロッドだ、抜かりはないな。しかし近衛騎士団にしてみれば、これは気に入らんだろうな、なにせ星光宮内での大公殿下の守護は近衛騎士団の役割だからな。流星騎士団にしても主アーディン殿下の身近に近寄ることも出来ず、他家のウェッディン家、カーラム家の兵が取り囲んでいるのだからな。いつなにが起きても不思議はない」
犬狼騎士団旗本隊騎士長の、ショウレーンの目が光る。
「ヴィンロッドを見知っているのか」
「はい、二年前のベルッド王国との小競り合いで、一度顔を合わせたことがございます。なにを考えているのか分からん不思議な男でした。あれは武人ではない、あの者にとっては戦も政治も自分の才をひけらかす場のようでありました。なんとはなしに危険な匂いがして、あのような者を権力に近づけさせてはいけないような気がしたのを覚えております。それに引き換えバッフェロウ将軍は生粋の武人、まるで戦神のように大きく真っ直ぐな方でした」
「ははは、お前のバッフェロウ贔屓は相変わらずだな。だが此度は敵将だということを忘れるなよ」
「心得ております」
「おいフェリップ、お前が大公殿下に直接お会いして、ことの仔細をお伝えすることは出来んのか。殿下の近辺はウェッディン家の者が固めているのだろう。ショウレーン殿なら簡単にウェッディン家の兵を解除できるのではないですか、犬狼騎士団はウェッディン家の騎士団ではありませんか」
「それがそうもいかんのです、確かに犬狼騎士団はウェッディン家の主軸たる騎士団なのですが、命令系統が違います。われらの総帥はフェリップさまなのですが、大公殿下の周りを囲んでいるのは、当主ジョージイーさまの親衛隊なのです。身内ではありますが、われらが好きに命令出来るわけではございません。それに彼らはカーラム家の者と連携を取って、共同で大公殿下を隔離している。わたし如きの言うことを聞く気はないでしょうな」
クエンティの問いに、ショウレーンがすまなそうに応える。
「うむ、とにかくわたしが直接乗り込んでみよう。いくらなんでもわたしを拒否するわけにもいかんだろうからな、出来れば昼過ぎには大公さまをこちらの手に取り戻したい。なるべく早く動かねば、トールン軍がいつまで持つか予測できんからな」
「頼むぞ、お前の存在だけが頼みの綱だ」
ままならぬ状況に苛々しているのか、クエンティがカタカタと右足をゆすっている。
無意識にみせる、不安な時の彼の悪い癖であった。
「おいバラード、いまもその癖は変わってないようだな」
昔を思い出しからかうフェリップに、クエンティは苦笑した。
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