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愛離ちゃんはフラレてしまった


「愛離、また新しい下僕を捕まえたんだって?」

 夏の暑い日の登校中。愛離ちゃんはダル絡みされていた。

 ねえねえきいてる〜?と三つ編みを揺らしたイケメンが愛離の周りをうろちょろしては顔を覗き込んでいる。

「うるさいわね、下僕13号」

「ねぇ~答えてよぉ」

 下僕13号と呼ばれた少年は猫山来子(ライス)。利愛に惚れられて愛離に惚れた13番目の男子である。

「略田さん、猫山くんは仮にも先輩ですよ。その言葉はちょっと」

 眼鏡の位置を直しながら苦言を呈すのは下僕32号こと川島常司(トコシ)だ。

「そうだよね~トコちゃん」

「猫山くんは猫山くんで略田さんのことを気にしましょう。略田さんが一人ってことは今日は赤井さんにフラレたに決まってます。気が気じゃないはずですよ」

「それ言っちゃっていいの?」

「あ…」

 来子の言葉に常司はハッと口元に手を当てた。やってしまった、そう顔に書いてある。

 申し訳無さそうにする常司を来子はニヤニヤと覗き込んだ。やっちゃったねぇとここぞとばかり冷やかし始める。

 愛離はというと思い出して明らか落ち込んでいた。

 そんな愛離の様子を見て来子は本当にやっちゃったねぇとつぶやくので、常司は眼鏡を抑えてそっぽを向いてしまった。

 

 朝のこと、愛離はいつも通り利愛の家まで迎えに行っていた。

 しかし

「ごめんねぇ。愛離ちゃん。利愛今日はちょっと準備に手間取ってて、先に行ってくれないかしら?」

 と利愛のお母様に言われてしまったのだ。

「いえいえ、私も準備が遅くなってしまうときはあるので。待ってます」と言ったものの悪いからと先に行かされてしまい、トボトボ歩いてた訳である。


(別にフラレてないし…)

 せっかく愛離は気にしないようにしていたのに、来子のせいで台無しである。

 恨みを込めてキッと来子を睨みつけた。すると何故か「ヒィっ」と常司が悲鳴をあげる。

 来子は流石に眉を下げて苦笑いしていた。

「愛離!ごめんね、遅れちゃって」

 隣に利愛が駆け寄ってきて愛離は顔を上げた。そしてまじまじと利愛を見つめる。どこをどう見ても特別おしゃれしているようなところはない。利愛は普段家の前で早くから愛離のことを待ってくれているのだ。その利愛が準備に手間取るなんてありえない。

「利愛?どうしたの?」

「あのね──……あ」

 利愛は何か話だそうとしたが口をつぐんでしまった。そしてすっと目をそらしている。

 愛離がなんだと思う間もなく答えはやってきた。

「りーちゃん急に走ってどうしたの」

 歩いてきた声の主はそばかすのある青年だ。どちらかといえば見目は整っている部類に入るだろう。

「えっと、今日従兄弟のたっくんが家に来るって聞いて、どうしてもあいたいからちょっと待ってたんだ」

 楽しみにしてたのが恥ずかしいから黙ってようと思ったのにと困ったように利愛が笑う。

「たっくんが学校までついてきてくれるっていうからお願いしたんだ。でも愛離を見つけたら思わず話しかけちゃった。おはよう」

「おはよう」

 嬉しそうに話す利愛にもやもやしつつも愛離は挨拶を返した。

「たっくん。この子は愛離。僕の友達だよ」

「はじめまして、略田愛離です。利愛にはお世話になってます」

 どんなにもやっていても愛離の笑顔は完璧である。挨拶をするときは自然と笑顔になるのだ。

「はじめまして、利愛の従兄弟の渡部拓哉(たくや)です。こちらこそ利愛がお世話になってます。これからも利愛と仲良くしてやってください」

「ハイ」

 所謂保護者ヅラというやつに愛離は辟易しつつもなんとかうなづいた。まあ、どんなに利愛に馴れ馴れしくしようとも従兄弟ならば仕方がない。所詮二人は兄妹のような関係。愛離には全く関係ない。

 はずだったのだが…

「あの、愛離。僕たっくんとお祭りに行きたいんだ。たっくんも一緒に行っていいかな?」

 利愛の真っ直ぐな目を愛離は受け止めてしまった。彼女は完全に本気だ。

 愛離のショックといったら並大抵の言葉では言い表せないほどだった。そんな心情を一言で表せる言葉がある。ヘラってるのだ。

 愛離は利愛と二人きりで祭りを楽しむ予定でいた。竜とかいう邪魔者は消したし、利愛の母の信頼も厚い自分なら難なく利愛とのデートもどきを勝ち取れる気でいたのだ。

 帰るまでが遠足とはよく言うが、本当にその通りである。無事に祭りを終えるまでは安心などできなかったわけだ。

「いいよ。利愛が楽しいなら」

 本音を言うと愛離は利愛と二人きりがよかったがそういうわけにはいかなかった。利愛が幸せならそれでいいとか彼女はそんなこと思える人ではないが、言える人ではあった。彼女は利愛に関してかなり臆病だから。

 こうして祭りに渡部拓哉とかいう男がついてくることになってしまった。

 しかし、愛離にも考えはあった。こんなさえなそうな男一人撒いてしまえばいいと思ったのだ。愛離は利愛に甘いが利愛だって愛離に甘い。はぐれて愛離と二人だけになっても愛離のわがままのまま、拓哉を探すことはしないだろう。

 愛離は一つ頷いた。その時だ。

「りーちゃん、話が済んだならちょっとゆっくり行こうよ。愛離さんはボーイフレンドを連れているみたいだし……」

 小声で拓哉が利愛に囁いた。

 その内容はそっくりそのまま、愛離や常司や来子の耳にも入っている。

「え?あの男…略田さんにそんな事言うなんて正気なんですか?」

「正気なんじゃないかな?ああいうの、天然って言うんだよ。穢れちゃった俺たちにはたどり着けない境地だね」

「僕を巻き込まないで…」

 なんて常司と来子は耳打ちをし合っている。

「「…………」」

 愛離と利愛はそれぞれ神妙な面持ちで見つめ合った。片や信じてるよ、片やどうしようかなと目が語っている。どうか頷かないでくれと愛離は祈ったが。

 女神は微笑まなかった。

「そうだね。愛離だって、たまには僕以外と登校しても楽しいかも。じゃあね、また学校で」

「そう。またね」

 ちょっと待ってくれという言葉は肺の中でうずくまり、脊髄は後悔しだした。頭の中はのうばかりだから。

 本当にフラレちゃったじゃんと来子が呟き、その後頭部を叩く音が響き渡った。

 


 

 


 

 


 

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