白と黒
・
じわっと地面に染み行く音が聞こえてきそうだ
男は地べたに座り込み手の中のものを玩んだ。人けも騒がしささもきれいに消え失せた廃村は、今となってはひどくつまらないものに感じられた。今はただ、染みこんでいく過程がただただ興味深い
「これから、どうしようかなぁ」
砂利を踏みしめる音が二つ
気配に顔を上げると同時に同じ顔がぬっと眼前に近づいた。驚きに身をそらし、不安定になった体が後ろに倒れそうになるがぐっと踏みとどまる
「―――」
「―――」
「……君たちは――」
だれ?
フードが深く影を落としているので詳しい人相はわからない。…わかることと言えば、同じ顔なので双子、しかも幼い子供だということぐらい。服装も同じだ。帯剣してるようには思えないので騎士や警ら隊ではないだろうが、推測しようがない
…それにしても高そうなマントだなぁ
ぼーっと二人の人物を見上げていると右の人物がきょろきょろと周りを見渡すように頭を動かしてから口を開いた
「臭い」
「…へ?
あぁ、ごめんね。なにせこんな成りだから」
すんと鼻を鳴らしながら自身の身なりを見下ろす。どうやらいつの間にか鼻が匂いに麻痺して機能しなくなっていたようだ
「身だしなみぐらいは整えろ。話す気が失せる」
「お話? こんな僕となにを話したいの?」
「なにも」
もう片方の左の人物が口を開いた
眉根を動かして「なにも?」復唱すると左はフードを脱ぐ。代わりのように右は口をつぐんだ
「…それ……あぁ、なるほど…」
「聞きたいんだけど、これは君がやったの?」
「そうだよ」
一瞬の沈黙が下りた
気にせず続ける
「君たちは不思議だね」
「不思議?脈絡がないね」
「だって驚かないじゃないか」
「驚く必要がどこにある」
ゆるりと瞬きを一つ
たしかに。そんな心配は君たちには必要なさそうだと心の中で独り言ちる
「じゃあ、」と口を開く。今度は僕の番だ
「僕に何の用でしょう」
「君の話が聞きたい」
あぁ
そういうことかとまた一つ納得
じわりと足元に染みる音が聞こえた
「本当に不思議な子だな。君たちは」
なんで笑うと右が不機嫌そうに言った
不思議だ。本当に不思議だ。理由はわかっているけれど、言いようがない。言葉を必要以上に交わさずとも伝わる嬉しさ。心地よさにゆるゆると溺れるようだった
「いいから話して
僕は君がこうなった経緯が知りたい」
まさかこうなるとは思っていなかった
…嬉しいなぁ
柔らかだけどじっとりとした視線にハイハイというように一つ呼吸をしてから僕は語り始める
――男は孤児でしたがある村の心優しい夫婦が男を引き取り、男は両親となった夫婦に愛情を与えられ、何不自由なく育てられました。ただ一つ、日常的に村人の厳しい視線を向けられることを除けば。厳しい視線を向けられながらも立派な青年へと成長したことに夫婦が胸を撫で下ろし、村人の視線が柔らかくなった日、村は、村人は何者かに襲われ老人も子供も赤ん坊も等しく皆殺し。やがて壊滅してしまいました。――他ならぬ
「僕の手によって」
すぅと吸った空気に死臭よりも濃い血の匂いが混じる。新鮮な血液の鉄臭さだ
「なるほど」と左は特別何か感じた様子なくごちる。右ははなから興味がなさそうだった。ただただ、際限なく漂う血の匂いが不快だというように不機嫌そうだ
「どうやら僕は拾われたときに赤子を一人食い殺したようでね。それで前から村人の視線が厳しかったようなんだ。今思うと一番強い殺意を向けてきたのがその赤子の親だったのかと思ったりするよ」
「なるほど」と再び左は言う
左の感情が浮かばない瞳になんだか落ち着かなくって僕は長いもみあげを弄る。次の言葉に迷っていると右がめんどくさそうに口を開いた
「その長い髪は耳を隠すためか」
「そう。親がそうさせた。といっても“育ての”だけど」
「その“親”とやらはお前の善性を信じていたのか?」
「どうだろうね。今となってはわからないけど、まだ右も左もわからない赤ん坊だから…とでも思ってたんじゃないかな」
推測を口にすると左が若干身を乗り出して問うた
「なぜ、殺した?」
なぜ、そんなことを聞くんだろうと思った
けれど言葉にするのは大事なことだ
「いま、殺せると思ったんだ。だから殺した」
「最初から殺したいと思っていた?」
「さあ」
すっとぼけたように視線をはなして「本当に、ただそう思っただけだよ」と付け足す。あえて名前を付けるとするのなら「衝動」と名付けるのが正しいだろう
「なるほど」と三回目の納得。同じように左は頷く。そしてふいに興味をなくしたように左は背を返した
「人間の下で育てられみただいから、どこか僕たちと違うかと思っていたけど、どうやら当てが外れたみたいだ」
「人間に興味があるの?」
「変わり者なんだよ」
右が左の代わりに答える
呆れたようでありながらも嫌っているようではなかった
「ふーん」
本当に不思議な子たちだ
その耳は、目は人でありながら人ならざるものである魔人の証を何よりも如実に表しているのに
「お前だってお仲間だろう」
ひそかに歩き出した左を追いかけた右が肩越しに振り返って見透かしたように言う
その言葉に僕は無意識に耳を隠すための長いもみあげを弄った
「ねぇ」
ようやく二人を呼び止める声を上げても届かなかった。本当に聞こえていないのか、はたまた聞こえたうえで無視をしているのか。呼び止めるために声を張り上げるのがなんだか馬鹿らしくなったので僕は手に持っていた目玉を二人に向かって投げた。なんとなしに取り出した目玉だったけど役に立って目玉も喜んでいることだろう
運よく投げた目玉が右にあたる
すると気づいた右がドスドスと怒ったように走って戻ってきた
「お前!なんで投げて気付かせる!」
「え?そこにあって一番手っ取り早かったから?」
なんだかんだ右のほうが表情豊かでわかりやすい気がする
そうほんわかしているとぽてぽてと走っているのか若干判定が怪しい速度で左が戻ってきた
「何?」
「君たちって旅をしているの?」
「そうだよ」
それがなに?とでもいったような表情が返される。右はだんまりを決めることにしたようだ
「二人で?」
「うん」
「へえ。すごいな。まだちっちゃそうなのに」
「失礼だな!僕たちはもう13歳だよ!」
あぁ、想像通りと思ったのはせめて言わないであげよう、と年長者の慈悲で僕は穏やかに「そっかー」と頷いた
「ねぇ、僕も同行させてくれない?」
「は?」
「いやだ」
右は訝しそうな顔をする
左はきっぱりとした声音で言い切った
「どうして?」
「連れていく意味がない。僕は君に興味がないし、利点がない」
そんなーと情けない声音で僕は頼み込む
「せめて魔人が集まるところぐらいは教えてほしいなぁ。行くところがないんだよ」
そういうとあからさまに面倒くさそうな顔で二人は押し黙った。初めて二人の双子らしいところを見た気がする
押しが弱いかな。行くところがないのは事実だし――そもそも廃村となってしまったこの村から一刻も早く離れなければ僕は一発で捕まってしまう――目的もない。出来るなら言われるがままに二人の旅についていきたいなぁ。せっかく出会った縁だし
うーんと悩みながら首をひねる。なにか、左の琴線に触れるような何か…
「あ、」
「なんだよ」
「駄々をこねても連れて行かないよ。面倒くさいし」
素面で面倒だと言われてしまった
いや、行き会ったりばったりな自覚はあるけど、お仲間なんだからちょっとぐらい助けてくれたっていいじゃないかぁ
「いや、さっき当てが外れたって言ってたじゃん
もし人間に興味があるなら僕を連れて行くのは利点があると思うけど」
「それはどういう意味?」
「だって僕は引き取られてからずーッと人間の下で生活してたんだよ?擬態ぐらい簡単さ。どう?利点。あると思うけど」
二人は旅をしてるみたいだし
なにより魔人だからいくら人間観察と評してもそう長くは町に滞在できないだろう
もはや確信に近い気持ちだ。晴れ晴れとしている
にまにましながら返事を待っていると左はむっと不機嫌な表情でちらっと右のほうを見た。不機嫌な表情が右にそっくりだ
「どうするの?」
「見てみろ」
くいっと僕のほうを見るように右が促す
「‥‥‥」
「そう簡単に却下できなそうなのはわかるだろ」
げっそりとした顔がよく目に入った。とてもいい気分だ
「ありがとう!とっても助かるよ二人とも。さぁ、長居しても特に何かあるわけでもないし、早速出発しようか」
意気揚々と身軽――つまり何も持っていない――な体を起こし、立ち上がる
「僕たち、何も言ってないんだけど」
「無言は肯定、とか何とか言わなかったっけ?」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「ああ!二人とも、今、手持ちの路銀はどれぐらい?足りなければ持ってくるよ。僕も増えることだし、たくさん必要だろう?」
なんだか少ししなびてしまった二人を置いて一人だけ元気にせかせかと動き回る。不思議だな。今までは聞き分けの良いお人形のように生きていたはずなのになんだかハッピーな気分だ。とても楽しい
「――おっと、、どこへ行くのかな?二人とも」
一人盛り上がっていたのをしり目にこっそり退散しようとする右と左の手首をがっしり捕まえる
「ッチ。放せよ――」
「いやだね。大人しく僕を連れて行ってくれ。君たちなら一度終わってしまった僕の生もなんだかおもしろいものになりそうな予感がしてたまらないんだ」
「一度終わったぁ?
…ともかく、そんなこと知ったことじゃない。同行者は必要ない」
右は憮然とした表情で腕を組む
けれど片割れなはずの左はふむと一考するように黙っている
見事に行動と思考がかみ合わない双子だ
「じゃあ、聞くけど君が人間なら路銀が足りないとき、どうする?君が言ったように村の人々や商談から奪う?盗む?」
「え、働いて稼ぐけど」
何のテスト?
反射的についた言葉は考える暇もなかった。といっても“僕”という人間が善人である場合の答えだけど、そこらへんこの二人は考えているのだろうか。人間は善行をするだけのものばかりではない
「…いいよ、一緒に行こう」
「やった!」
「おい!」
二者二様の反応。正反対というやつ
「なんで!興味なくしたんじゃないのか!」
「気が変わった。それに簡単に諦めなさそうなんだろう。さっさと連れてって適当なところで置いていこう」
「えぇ…」
堂々と道半ばで見捨てる予定を決められてしまった。どうしよう
「まいいや」
今は連れてってくれるという点にだけ焦点を当てて素直に喜ぼう
「あ、名前! 君たちの名前!」
「は?今更だな」
ごもっとも
「僕の名前はアンドレアス」
「聖人アンデレか」
「ん?気に食わない。まぁ、聖人の名前だからね。義両親がつけたものだし、気に食わなければほかに好きなように呼んでくれていいよ」
「…いや、構わない」
別に愛着があるわけでもないし、本当に好きなように呼んでくれてよかったんだけど、なんか残念
「そう?じゃ、君たちの名前は?」
「オレはアスプロス」
「僕はマヴロス」
「へー、意外だけど…うん、ぴったりな名前だね」
「適当なだけだよ」
ぷいと顔を背けて歩き出すマヴロスだけど、一瞬寄越した視線は僕を気遣うものだ。やっとついてきていいとお許しを出されたような気分だ
天は写し取ったような青。地は染められたような赤
僕は両親を殺した日に同族に出会った
「ねぇ」
ようやく二人を呼び止める声を上げても届かなかった。本当に聞こえていないのか、はたまた聞こえたうえで虫をしているのか。呼び止めるために声を張り上げるのがなんだか馬鹿らしくなったので僕は手に持っていた目玉を二人に向かって投げた。なんとなしに取り出した目玉だったけど役に立って目玉も喜んでいることだろう
運よく投げた目玉が右にあたる
すると気づいた右がドスドスと怒ったように走って戻ってきた
「お前!なんで投げて気付かせる!」
「え?そこにあって一番手っ取り早かったから?」
なんだかんだ右のほうが表情豊かでわかりやすい気がする
そうほんわかしているとぽてぽてと走っているのか若干判定が怪しい速度で左が戻ってきた
「何?」
「君たちって旅をしているの?」
「そうだよ」
それがなに?とでもいったような表情が返される。右はだんまりを決めることにしたようだ
「二人で?」
「うん」
「へえ。すごいな。まだちっちゃそうなのに」
「失礼だな!僕たちはもう13歳だよ!」
あぁ、想像通りと思ったのはせめて言わないであげよう、と年長者の慈悲で僕は穏やかに「そっかー」と頷いた
「ねぇ、僕も同行させてくれない?」
「は?」
「いやだ」
右は訝しそうな顔をする
左はきっぱりとした声音で言い切った
「どうして?」
「連れていく意味がない。僕は君に興味がないし、利点がない」
そんなーと情けない声音で僕は頼み込む
「せめて魔人が集まるところぐらいは教えてほしいなぁ。行くところがないんだよ」
そういうとあからさまに面倒くさそうな顔で二人は押し黙った。初めて二人の双子らしいところを見た気がする
押しが弱いかな。行くところがないのは事実だし――そもそも廃村となってしまったこの村から出なければ僕は一発で捕まってしまう――目的もない。出来るなら言われるがままに二人の旅についていきたいなぁ。せっかく出会った縁だし
うーんと悩みながら首をひねる。なにか、左の琴線に触れるような何か…
「あ、」
「なんだよ」
「駄々をこねても連れて行かないよ。面倒くさいし」
素面で面倒だと言われてしまった
いや、行き会ったりばったりな自覚はあるけど、お仲間なんだからちょっとぐらい助けてくれたっていいじゃないかぁ
「いや、さっき当てが外れたって言ってたじゃん
もし人間に興味があるなら僕を連れて行くのは利点があると思うけど」
「それはどういう意味?」
「だって僕は引き取られてからずーッと人間の下で生活してたんだよ?擬態ぐらい簡単さ。どう?利点。あると思うけど」
二人は旅をしてるみたいだし
なにより魔人だからいくら人間観察と評してもそう長くは町に滞在できないだろう
もはや確信に近い気持ちだ。晴れ晴れとしている
にまにましながら返事を待っていると左はむっと不機嫌な表情でちらっと右のほうを見た。不機嫌な表情が右にそっくりだ
「どうするの?」
「見てみろ」
くいっと僕のほうを見るように右が促す
「‥‥‥」
「そう簡単に却下できなそうなのはわかるだろ」
げっそりとした顔がよく目に入った。とてもいい気分だ
「ありがとう!とっても助かるよ二人とも。さぁ、長居しても特に何かあるわけでもないし、早速出発しようか」
意気揚々と身軽――つまり何も持っていない――な体を起こし、立ち上がる
「僕たち、何も言ってないんだけど」
「無言は肯定、とか何とか言わなかったっけ?」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「ああ!二人とも、今、手持ちの路銀はどれぐらい?足りなければ持ってくるよ。僕も増えることだし、たくさん必要だろう?」
なんだか少ししなびてしまった二人を置いて一人だけ元気にせかせかと動き回る。不思議だな。今までは聞き分けの良いお人形のように生きていたはずなのになんだかハッピーな気分だ。とても楽しい
「――おっと、、どこへ行くのかな?二人とも」
一人盛り上がっていたのをしり目にこっそり退散しようとする右と左の手首をがっしり捕まえる
「ッチ。放せよ――」
「いやだね。大人しく僕を連れて行ってくれ。君たちなら一度終わってしまった僕の生もなんだかおもしろいものになりそうな予感がしてたまらないんだ」
「一度終わったぁ?
…ともかく、そんなこと知ったことじゃない。同行者は必要ない」
右は憮然とした表情で腕を組む
けれど片割れなはずの左はふむと一考するように黙っている
見事に行動と思考がかみ合わない双子だ
「じゃあ、聞くけど君が人間なら路銀が足りないとき、どうする?君が言ったように村の人々や商談から奪う?盗む?」
「え、働いて稼ぐけど」
何のテスト?
反射的についた言葉は考える暇もなかった。といっても“僕”という人間が善人である場合の答えだけど、そこらへんこの二人は考えているのだろうか。人間は善行をするだけのものばかりではない
「…いいよ、一緒に行こう」
「やった!」
「おい!」
二者二様の反応。正反対というやつ
「なんで!興味なくしたんじゃないのか!」
「気が変わった。それに簡単に諦めなさそうなんだろう。さっさと連れてって適当なところで置いていこう」
「えぇ…」
堂々と道半ばで見捨てる予定を決められてしまった。どうしよう
「まいいや」
今は連れてってくれるという点にだけ焦点を当てて素直に喜ぼう
「あ、名前! 君たちの名前!」
「は?今更だな」
ごもっとも
「僕の名前はアンドレアス」
「聖人アンデレか」
「ん?気に食わない。まぁ、聖人の名前だからね。義両親がつけたものだし、気に食わなければほかに好きなように呼んでくれていいよ」
「…いや、構わない」
別に愛着があるわけでもないし、本当に好きなように呼んでくれてよかったんだけど、なんか残念
「そう?じゃ、君たちの名前は?」
「オレはアスプロス」
「僕はマヴロス」
「へー、意外だけど…うん、ぴったりな名前だね」
「適当なだけだよ」
ぷいと顔を背けて歩き出すマヴロスだけど、一瞬寄越した視線は僕を気遣うものだ。やっとついてきていいとお許しを出されたような気分だ
天は写し取ったような青。地は染められたような赤
僕は両親を殺した日に同族に出会った