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須田亮 第1章 第5話

 マスクをしていても、やっぱり格が違う。対面に座る彼女を見ながらそう思う。


「ここ家から近いし、一回来たかったんだよね」

「なんか、筑イオに似てるね」

「確かに。まあ、ショッピングモールなんてどこも似てるんだろうけど、なんとなく落ち着くね」


 緊急事態宣言が明けたことで、人の活動が少しずつ増え始め、夕飯時のショッピングモールには、まばらながらに客がいる。


 グループのスライドが完成して、どうにか彼女と直接交流を取る方法を考えていると、彼女から、スライド完成と再会祝いにご飯行かない?と連絡が来た。断る理由があるはずも無く、すぐに連絡を返し、同じグループにしてくれた教授に心から感謝した。


「てかごめん。誘ったのに、なんか、こんなとこで」

「全然全然。どっか出かけてみたかったし」


 ご飯に行くなら彼女にふさわしい店をと、コロナ禍でも営業している小洒落た場所をネットで探していたから、大学に近いショッピングモールを提案された時は、庶民的で少し意外だったけれど、彼女と過ごせるなら、それこそ超高級店だろうが、コンビニ前でのカップラーメンだろうが、本当になんでも良かった。


「こっち来てからどっか行ったりした?」

「どこにも。近所の激安スーパーと年確されないコンビニくらい」

「えっ?」

「あっ、ごめん。別に頻繁に飲んでるわけじゃないんだけど」

「いや、なんで謝るの。年確されないコンビニなら私も知ってますし。須田君も一人でお酒飲むのが意外だなって」

「あ、下村さんも飲むんだ」

「飲むよ。私もたまにだけど。でも多分、須田君よりは強いと思う。なんか弱そう」

「いや、それ舐め過ぎじゃない?」


 三年の月日でどんな変化をしているか気になっていたけれど、彼女は変わっておらず、中学のときのまま、更に美しい。ショッピングモールを提案されたことからも、それは窺える。


 ZOOMのグループで会話をしている時も、たまに冗談を言ったりしながら、頻繁に笑う彼女の声に、何度も癒やされた。


「お待たせしました」


 マスクをした店員が、品を運んでくる。彼女がマスクを外して、畳んで端に置き、フォークとスプーンを手に取った。ああ、彼女は本当に変わっていない。


「この店選んどいてあれだけど、私フォークとスプーンでパスタ食べるの苦手なんだよね」

「あ、俺も。しかもパスタにスプーン使うのって、海外だと小さい子が食べやすいようにそうしてるらしいよ」

「そうなんだ、よく知ってるね。じゃあ、お箸で食べても良いかな?」

「そうしよう」


 別に、フォークとスプーンを使うのが苦手なわけではないけど、僅かでも素の彼女が見たくて、俺も箸に手を伸ばした。


 彼女がパスタに付かないように、艶がかったセミロングの髪を耳にかけて、店の雰囲気を壊さないよう、恥ずかしそうな素振りで、小さな音を立てながらパスタを啜った。俺は、それより少しだけ大きい音で、啜った。


「でも、やっぱ恥ずかしいかもしんない」

「うそ」

「いい年して、二人してお箸でパスタ食べてるって」


 彼女は、パスタをフォークで食べられないけど、箸のことをお箸と言うし、マスク入れは持っていないけど、両手で丁寧に畳んで端に置いた。その品のあり方が、とても心地良い。


「まだ大学生だし、ここ日本だし、ギリ許されるよ」

「そっか。許されるか」


 美味しいしと付け加えて、彼女は笑みをこぼす。パスタを大盛りにすれば良かった。


「あ、この曲、最近聴いてるやつだ」

「へー。俺も聴いたことあるかも」

「嘘でしょ」

「え、いや、ほんとに」

「話合わせてる感めっちゃあるよ。てかごめん、店内BGMの話とか、なんか再会したての話すぎて、笑っちゃた」

「いや、ほんとに聴いたことあったよ。ドラマのやつでしょ?」

「そうだけど、あんまり緊張しないでよ。私も緊張してるけどさ」

「あ、緊張してるんですね」

「お互い様でしょ。バレてるからね」


 彼女が笑うたびに、緊張がほぐれていくのが分かる。それが彼女も同じなら、俺も、もっと笑おう。


 曲がどんどんと流れていく。お互いに博多弁が混じりだして、中学時代に戻ったような感覚になる。


「この前いいねくれたよね」

「あ、インスタの?」

「そう。須田くんも同じこと思っとるんかなって」

「下村さんが同じこと思っとってびっくりした」

「なんでそう思ったん?」

「なんでかな。────生まれてから、良かったなって国のおかげで思えたことが無いからかも」

「分かる。先人たちが作ってくれたとか、世界全体で見たら恵まれてるって分かってても、幸せって思えないよね。なんでやろうね」

「俺が思ってたのは、俺達の世代は何も自分達で勝ち取ってないからかなって」

「勝ち取ってない?」

「生まれてから、死ぬかもとか思ったことは無いやん?生活を豊かにしようとか、国の力を増していこうとも思ったことがなくて、先人たちが勝ち取ってきたものが、全部標準装備として生まれてからあってさ」

「うん」

「多分、二千年以前って、生きてるだけで生活が豊かになっていく実感があったと思うんよ。でも、それが揃ってる状態で生まれると、そこに対してありがたさとか、恵まれてる実感とかを感じるのって難しくて、ただ、そこから新しく勝ち取れる何かって、もう無いと思うんよね。何もしなくても不自由なく暮らしていけるから」


 こんなこと、考えていなかった気がする。でも彼女を前にすると、すらすらと言葉が出せる。


「その分、自分で自分に価値を見出さないと、生きていく理由とか見つけられなくて、昔よりも生きていく難易度が上がっとるんかなって。ごめん。なんか一気に喋りすぎた」


 頭が良いんだねとか、面白い考え方するねとか、思われたいんだろうか。


「須田くんって、中学来てなかった割に、頭良いよね」

「バカにしとるやろ」

「ごめん、そういうつもりじゃなくて。頭良すぎて中学来なかったのかなって」

「頭良すぎて?」

「クラスの子とかと考えてること違いすぎたんかなって思った。私も今やから須田君の言いたいこと分かってると思ってるけど、当時やったらちんぷんかんぷんやったかも」


 今なら言いたいことが分かると言ってくれた彼女には、当時だったら分からなかったと正直に言ってくれる彼女には、普段自分が考えていることを、なんでも話したいと思った。


「────下村さんって外国語学部よね?こっち来たのってそれが理由?」

「あー、そう。留学しやすそうやったけん。コロナで無くなったんやけどね。ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした」


 お会計を全部出そうとしたけど、私が誘ったからと言われ、結局割り勘になった。


 奢り慣れていない俺と違い、彼女の断り方はとてもスマートで、過去にもこうして断ってきたのだろうと想起させられる。


 こうして異性と二人で過ごすことは、彼女にとって日常的だったはずだ。それが、こんな世の中になったことで、俺にとって話しやすい距離感が生まれている。そもそも、通常の大学生活だったら、授業が被っていて、スライド制作で同じグループになったとしても、二人きりで食事するなんて関係にはなってないだろう。初めて、コロナ禍に感謝した。


 だけど、ここからどうしたら良いかは全く分からない。映画とかドラマなら、二軒目で酒を飲んだりするんだろうけど、どこも出してくれないし、このまま解散というのはあまりに冷たい気がする。何より、本意じゃない。


「出口の近くにパン屋さんあるし、駅から微妙に遠いし、マジで筑イオに似とるねここ」


 一歩一歩建物の外に近づき、パン屋の向かいの、安売り中と張り出されたアルコールコーナーが目に入る。


「そーやね」


 あれが店で飲めれば誘いやすいのに。いや、飲めたところで誘えていたかは分からないけれど。


「もしかして飲みたくなってる?」

「あ、いや、え、なんで?」

「今、遠目にお酒コーナー見てたから」


 見透かされていたようで、恥ずかしくなる。酒を飲みたいんじゃなくて、下村さんと飲みたいと言いたいのに、別の言い訳で口が動く。


「あー、あそこのお酒、やっぱ近所の激安スーパーの方が安いなって」

「ほんと?あれも安いと思うけど。いいなー」

「下村さんは?飲みたい?」

「うーん、ちょっと飲みたいかもしれない。というか、さっきお酒の話出た時から飲みたいなー、でもどこも飲めないんだよなーって思っとった」

「どこのお店もアルコール出しとらんもんね。でも、自分も飲みたいという気持ちはあります」

「お、良いですね」

「じゃあ、さ、買ったとしてやけど、どこで飲む?」

「良いならやけど、宅飲みしか選択肢なくない?」

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