4.ミュージック、スタート!!!
これを皮切りに、ウィラ、エミーリア、アントーニアの元婚約者達が再プロポーズをキメ、下剋上ヒロインの方もそれぞれ以前から思いを寄せていた男性が名乗り出て、さくさくと別室へ移っていく。
気がつけば、壇上に残っているのは、ギネヴィア、ジュスティーヌ、ジュリエットだけだ。
「あら?
アルフォンス、あなた薔薇を投げていなかったのね」
ギリギリで命拾いした貴公子達が多数へたりこんでいるフロアの真ん中には、薔薇を持ったままのアルフォンスが立ち尽くしている。
ギネヴィアに見つかって慌てたアルフォンスは、薔薇にキスし直して投げ上げた。
が──
薔薇はふらふらふらっとジュスティーヌの方に漂ってゆき、かと思うとふらふらふらっとジュリエットに向かい、いつまでも空中をさまよっている。
なんぞ??という視線がアルフォンスに集中した。
「私は、私のことを好いてくれる令嬢が良いのですが」
もぞもぞっとアルフォンスは言い訳した。
ジュスティーヌとジュリエット、タイプがまったく違う令嬢のどちらが自分を愛しているのか確信が持てないのでこの結果、ということらしい。
ジュスティーヌは軽く眉をひそめて、アルフォンスを見下ろした。
ジュリエットの方は、露骨になんだかなぁと呆れ顔だ。
「わからないこともないけれど、──」
なにやらギネヴィアが言いかけたところで、「ぴんぽーん!」と「おーろら☆びじょん」からアラート音が響いた。
画面に映し出されたのは、猛烈な吹雪の中、もっこもこの毛皮の外套にくるまって、城門にたどり着こうとしている2つの人影である。
「あらあらあら……どうしたのかしら。
こんな時に」
言い忘れたがこの無憂宮、「死の山」と呼ばれる大陸最高峰の山々に囲まれ、ほぼ一年中吹雪に閉ざされた高地にあるのだ。
なので、無憂宮への移動は、ほぼほぼギネヴィアの転移魔法陣を使うのだが、数十年ぶりに自力でたどり着いた来訪者がいるらしい。
とりあえず、ギネヴィアは彼らを舞台の下に転移させた。
魔法陣から転がり出たのは、小柄な少年と髭面の大男だ。
「ドニ!?」
「バート!?」
ジュスティーヌとジュリエットがほぼ同時に叫んだ。
髭面の大男はあたりを見回し、龍帝の御前と気づくと、あうあうしながらひれ伏してマタギのバートだと名乗った。
そして、疲労と寒さで失神寸前のドニの頬をぺしぺしして呼びかける。
「坊っちゃん! 坊っちゃん!
龍帝様の宮殿に着きましたですよ!
あのお綺麗な方が、坊っちゃんの姉上様ではねえですか?」
「んん……
あ? あねうえ……?」
ドニをバートが舞台に押し上げると、ジュスティーヌが駆け寄った。
「あねうえ、ご無事でしたか!?」
「ドニ! どうしてこんな無茶を……」
ドニは真っ赤に雪焼けし、指先は凍傷でやられているようだ。
過酷な旅で体力を削られたのか、眼は落ちくぼみ、やつれ果てている。
だいぶ衰弱している様子で、侍従達が「担架!」と慌てて救護の用意をし始めた。
「あねうえが心配で……
でも、でもご無事で良かった……」
ドニは、凍ったまつげを溶かしながらぽろぽろと涙をこぼした。
先日の舞踏会の後、ドニはどうにか司直の手を逃れ、ジュスティーヌ会いたさに無憂宮を目指しているうちに、同じく無憂宮を目指していたバートと知り合って同行していたようだ。
それはとにかく、義理の姉弟は、ひしと抱き合って再会を喜び、泣きむせんだ。
ジュスティーヌが婚約破棄をくらったのはドニのせいなのだが、それを恨むよりも姉弟の絆の方が強いらしい。
「ジュスティーヌ。
わたくし、あなたを秘書官としてスカウトしようと思っていたのだけれど、あなたが望むなら、その子もここに置いてよいわ」
ギネヴィアは、ジュスティーヌに声をかけた。
本当なら、ドニは王太子に魅了の罠を仕掛けた重罪に問われる立場だが、無憂宮の住人となるなら、俗世の法に縛られることはない。
「陛下、ありがとうございます!!
ドニと二人で、誠心誠意お仕えいたします!」
この上なく晴れやかな笑顔でジュスティーヌは礼を言うと、ドニに付き添ってどこやらへ消えた。
もはやアルフォンスには一瞥もくれない。
道中、色々事情を聞いていたのか、バートは「坊っちゃん、えがったなぁ」と涙ぐんている。
「ていうか、バート。
なんでここに?
私が王都に出た後、すぐに結婚したって聞いたんだけど……」
ジュリエットがバートを睨んだ。
「おめぇと一緒になるって約束したのに、他の娘と結婚するわけねえべ。
ま、なしてそんだら嘘ついたか、だいたい察しはつくけんど」
視線を泳がせまくっているジュリエットの父母が「おーろら☆びじょん」に抜かれる。
どうも、大事な娘を髭面のマタギと切り離したかった両親が、嘘をついたようだ。
「ほんとに!?
私、めっちゃ泣いたんだよ!?」
ジュリエットは舞台の上からぽーんと飛んで、バートに抱きついた。
ドレス姿だというのにだいしゅきホールドをキメて、バートの髭面に頬をすりすりと擦りつける。
「悔しくて悔しくて、絶対バートよりかっこいい人と結婚してやる!って思ったけど、そんな人、どこにもいなかった。
だから、こうなったら王妃様になってやる!って思ったけど、すっごくヘンなことになっちゃったし」
「そうかそうか……やっぱり、都会は怖いのぅ。
ジュリエット、山に帰るべ」
バートが、わしわしとジュリエットの頭を撫でる。
ジュリエットは「うん!」と元気に頷く。
それから二人は、堂々とキスをした。
すかさず空気が読める魔導階差機関が、「おーろら☆びじょん」に映し出す。
だがそのキスが長い。
ちゅっちゅちゅっちゅとクソ長い。
一体、自分達はなにを見せられているのだろうかと、ギネヴィア以下、並み居る皇族王族貴族達は固まった。
バートはようやくジュリエットを下ろすと、2人揃ってギネヴィアに向き直り、深々と頭を下げる。
「麗しの龍帝陛下様。
この度は、ジュリエットがえらいお世話になりました。
今日はうっかり手ぶらで来てしもうたですが、後日、鹿でもお届けさしてもろうてええですか?」
どう見ても辞去の挨拶だ。
この男、このままジュリエットを連れ帰り、鹿を担いでまた登ってくるつもりなのかと、ギネヴィアは軽くのけぞった。
「いえいえいえいえ……気持ちだけ、受け取っておくわ。
せっかくだから、ご飯でも食べていって頂戴。
あとで転移魔法陣を開くわ。
ああああ、それと! 男爵夫妻とちゃんと話すようにね」
「「はい! ありがとうございます!」」
2人は頷いて、侍従に案内されてどこぞにはけていった。
それを見送ったギネヴィアは、ため息をついた。
乙女?の素朴な疑問にさくっと答えを出し、後は大舞踏会を優雅に楽しもうと思っていたのに、実験は大失敗するし、元サヤプロポーズやら義弟&マタギ登場やら、斜め上の事態がてんこもりでもうクタクタだ。
ふと見ると、ジュスティーヌをドニに持っていかれ、ジュリエットにはもともと恋人がいたと悟ったアルフォンスが、魂が口から抜けたような顔で立ち尽くしている。
赤い薔薇は、まだ空中を漂っていた。
もう駄目だ。
この愛され待ち王太子までフォローしてやる気力は、今のギネヴィアにはない。
「と、言うわけで……踊りましょう!
ミュージック、スタート!!!」
どういう「と、言うわけ」なのか誰にもわからなかったが、華麗な円舞曲に合わせ、人々は舞い始めた。
ご覧いただきありがとうございました!
ゲルトルートとミハイルの話は、拙作「ピンク髪ツインテヒロインなのに攻略対象が振り向いてくれません」(https://ncode.syosetu.com/n2517gv/)に詳しく出てきます。
ところで作者、「結局男の人って、婚約破棄物によく出てくる悪役令嬢タイプと下剋上ヒロインタイプとどっちが好きなんだろう…」とわりとガチでひっかかっております。
皆様このへんどうお考えになっているのか、感想欄にコメントを頂戴できますと幸いです!