3.男はみんなこんなもの(コジ・ファン・トゥッティ)
「と、いうわけで悪役令嬢チーム5名、下剋上ヒロインチーム5名の紹介が終わりました!
貴公子の皆様、心の準備はよろしいかしら?」
「「「おーーーー!」」」
貴公子達が拳を突き上げてみせる。
「では、ローズ・セレモニー、スタート!!」
事前に指示されていた通り、貴公子たちは胸元に挿した薔薇を抜き、軽く接吻してから投げ上げた。
この薔薇、貴公子達の思いを写し、念じた令嬢の元へと飛んでいく仕掛けになっているのだ。
「おーろら☆びじょん」は天井近くから俯瞰する角度で、無数の赤い薔薇が渦を巻いて舞い上がり、そして舞台へと飛んでいく様子を映しだした。
赤い薔薇は群れをなして悪役令嬢チームの方に向かう。
どうやら悪役令嬢チーム圧勝のようだが──?
「「「え?」」」
ほとんどの薔薇がゲルトルートに降り注いでいく。
彼女のまわりに着地した薔薇が積み重なり、みるみるうちに膝上くらいの高さになった。
お胸は確かにゲルトルートが度外れているとはいえ、「悪役令嬢チーム」側に並んでいるのはいずれ劣らぬ美貌の令嬢達である。
ここまで一人に集中すると思っていなかったギネヴィアと令嬢達は、観客席側に取り付けてある小型の「おーろら☆びじょん」を見上げた。
薔薇の花には、データを魔導階差機関に送る機能もつけてあるのだ。
ゲルトルートには、968票入っていた。
総投票数が1024票なので、94.5%だ。
ゲルトルートに次いでお胸が豊かな悪役令嬢チームのアントーニアに23票、そして下剋上ヒロインチームの聖女候補ヒルデガルトに17票、後は数票ずつお愛想程度に入っているだけだ。
「これは、まさか……
魔導階差機関、令嬢別に投票理由のワードクラウドを出して!」
ワードクラウドというのは、文章に含まれる名詞を抽出し、出現頻度が高いものを大きく、低いものを小さく表示する例のアレである。
薔薇は、令嬢を選んだ理由も収集していたらしい。
そうと知らなかった貴公子達が、やべっという顔になった。
案の定、ゲルトルートを選んだ薔薇のワードクラウドは「おっぱい!」「巨乳!」その他諸々、お胸に関する言葉ばかりだ。
ついさっき、マーベラスすぎるお胸で苦労していると話したばかりなのに、こいつらお胸しか見てなかったのか。
ゲルトルートが無の表情になった。
ひときわ小柄で愛らしいヒルデガルトには、真ん中に大きく「ちっぱい」「つるぺた」「合法ロリ」といった言葉が入っていた。
ぴきーんとヒルデガルトの表情が凍る。
いかにも勝ち気そうな金髪のアントーニアのワードクラウドには、「踏まれたい」「罵られたい」とかそういう言葉が中心だったが、隅の方をつなげると「あそこまで大きくなくてもいい」というフレーズが読み取れた。
びきびきびきっとアントーニアの額に青筋が走る。
ゲルトルートとアントーニアのお胸を比べ、ゲルトルートほど大きくなくてもよいと謎の上から目線で、「普通の巨乳」であるアントーニアを選んだ者がいるということだ。
どちらの令嬢に対しても死ぬほど失礼だろうと、会場が凍った。
「「「龍帝陛下!」」」
「許す」
ゲルトルート、アントーニア、ヒルデガルトが声を上げた瞬間、皆まで言わせずギネヴィアが頷いた。
ダダダダンと三人の前に、色とりどりの魔法陣が出現する。
「蒼蓮の舞!!」
「氷の槍!!」
「裁きの光!!」
高温すぎて蒼く輝く炎やら、氷の槍やら、まばゆい必殺ビームが、貴公子達に降り注ぐ。
「「「みぎゃああああああああああ!?」」」
貴公子達は、慌てて防御結界を張り、それでは追いつかずに飛んだり跳ねたりマトリックス避けをしたり必死に逃げ惑った。
「……陛下。
これは、悪役令嬢か下剋上ヒロインかなんて関係なく、殿方はお胸しか見ていないということでよろしいのでしょうか」
「それ以外、解釈の余地がないわ。
実験は失敗ね」
憂い顔のジュスティーヌと、苦い顔をしたギネヴィアがささやき交わす。
と、ここで、やたらガタイの良い貴公子が、舞台の下へと駆け寄った。
「ゲルトルート!
私だ!
頼む、私の薔薇を見てくれ!」
どうも知り合いらしい。
ゲルトルートが、いぶかしげに眉を寄せて魔法陣を消した。
「……ミハイル卿の薔薇はどこ?」
不承不承ゲルトルートが呟くと、一輪の薔薇がくるくる回りながら浮かび上がる。
そっとゲルトルートが薔薇に触れると、「おーろら☆びじょん」に映像が映し出された。
今より数年前、13、4歳と思われるゲルトルートがハープシコードを弾いているのを、ほぼ真横から見ているようだ。
軽く下唇を噛んで、集中している様子が愛らしい。
弾き終えたらしいゲルトルートがこちらを見る。
褒められたのか、はにかんだような笑みを浮かべて、頬をうっすらと赤らめた赤毛の少女は眼を伏せた。
言ってみればなにげない日常の一コマだ。
だがそれは、途方もなく美しかった。
「私が、君に恋をした瞬間だ」
舞台にあがったミハイルは、ゲルトルートの前に片膝を突いた。
なんだなんだとアントーニアとヒルデガルトも魔法を止めて、皆、邪魔にならないよう2人から距離を取る。
「君が……その、男性からの視線で厭な思いをしていることは知っていた。
だから、私まで不快な思いをさせてしまったらと臆しているうちに、君をまともに見ることができなくなってしまった。
そんなことで君を悲しませ、婚約解消となってしまった身だが……
頼む。
もう一度、結婚を申し込ませてくれないか」
というかこの貴公子、元婚約者のようだ。
「ミハイル、様……」
「ずっと君のことが好きだった。
これからも君だけを愛すると誓う」
ミハイルは訥々と誓うと、小さな箱を取り出し、ぱかりと開いてみせた。
自身の瞳と同じ深い青、サファイアの婚約指輪だ。
ゲルトルートは涙を溢れさせながら、小さく幾度も頷き、震える左手を差し出す。
ミハイルは「ありがとう」と微笑むと、その薬指に指輪を通し、立ち上がるとゲルトルートを抱きしめた。
壇上の令嬢達も、超満員の観客席も、ズタボロになった貴公子達も、割れんばかりに拍手した。
「まあああ! 良かった、良かったわ!!
早く二人きりになりたいでしょうから……控室にでも」
ギネヴィアが侍従を呼び、2人は控室へと案内された。
ギネヴィア「対象者の同意を得ていないデータ収集は、倫理的にアウトです。ただの人間は真似しないでくださいね」