1.とある国のとある婚約破棄
とある王国のとある舞踏会。
「シャラントン公爵令嬢ジュスティーヌ!
私はこのフォルトレス男爵令嬢ジュリエットと『真実の愛』に目覚めた!
貴様とは婚約破棄だッ」
国中の貴顕が集まった場で、金髪碧眼高身長細マッチョ、「顔はいい」と言われがちな──つまりポンコツ感漂う王太子アルフォンスは、ピンク髪の男爵令嬢ジュリエットを抱き寄せつつ、自身の婚約者、ジュスティーヌをいきなり指弾した。
銀髪紫目、玲瓏たる美貌を誇る超有能公爵令嬢ジュスティーヌが、さすがに固まる。
「ジュスティーヌ!!
たかがアホの子王太子の一人もつなぎとめておけないとは、情けない!!
貴様のような娘は儂の子ではない!
縁切りだ!」
ジュスティーヌの父、シャラントン公爵が激昂して吠えた。
「アルフォンス!
王命による婚約を勝手に公の場で破棄するとは……
貴様のような息子は廃嫡だ!
フォルトレス男爵家にでもどこにでも、勝手に臣籍降下しろ!」
モブ顔の国王も顔を真っ赤にして叫んだ。
大陸一の美女と謳われた王妃も、激しく同意する。
「は!?
なんで私が廃嫡なんです??」
「え!?
アル様、王様になれないの!?」
アルフォンスとジュリエットが戸惑っているところに、豪奢な緋色のドレスをまとった黒髪の令嬢が拍手しながら進み出てきた。
大興奮で、金色の瞳がキラキラときらめいている。
「素晴らしいわ!
こんなに長く生きているのに、婚約破棄を生で見たのは初めてよ!」
「「「「「「ギネヴィア龍帝陛下!?」」」」」
解説しよう。
16、7歳ほどの令嬢に見えるギネヴィアだが、この地に降り立ったのは千年ほど前のことである。
魔獣の侵攻に手を焼いたある国が、苦し紛れに異世界から聖女召喚をキメたのだ。
こういう場合、召喚されるのは元の世界では名もなき庶民の少女というのが鉄板なのだが、ギネヴィアは元の世界でも強大な魔力をもち、騎士団を率いて魔獣と戦う皇女であった。
「けれど父、叔父、兄の方が、さらに魔力に優れている。
魔獣を滅ぼす力を欲したのなら、なぜわたくしを喚んだのですか?」
豪奢なドレス姿で召喚されたギネヴィアは、魔法陣を囲むその国の王族や神官達に半眼で問うた。
固まっている者達を、じいっとギネヴィアは金色の瞳で見回す。
「なるほど。
強大な魔力を持つ皇帝や皇太子を召喚すれば、国を乗っ取られてしまうかもしれない。
でも、年端も行かぬ生娘であれば、巧くたぶらかせる。
そう考えたのですね」
ばきっとギネヴィアの手の中で扇が砕けた。
「お前ら、舐めんじゃNEEEEEEEEEEEEEEE!!!」
ブチ切れたギネヴィアは黄金の龍に変じ、王族も神官も喰い殺して、その知識も魔力も我が物とした。
もともとの魔力に加え、異界渡りによってさっくり人間を越えていたらしい。
荒れ狂うギネヴィアは、そのまま大陸中を焼き払った。
「火の7日間」と呼ばれた悪夢の後、ようやく我を取り戻したギネヴィアは、さすがに反省して、人間世界の復興を行った。
なんだかんだのあげく、みずからは「龍帝」と名乗って各国の上位に立ち、魔獣侵攻や災害から人間を守り、紛争などが起きた時は自身が裁定する体制を作り上げたのである。
爾来、大陸の平穏は保たれている。
なにしろ、うっかり領土争いなど始めたら、黄金の龍にまるっと焼かれてしまうのだから、揉めようがない。
というわけで、「上位者」として大陸に君臨することになったギネヴィアは、「無憂宮」という美しい宮殿を本拠地とし、今日は聖ウィノウ皇国でオペラ、明日はビエト王国で競馬観戦と諸国漫遊を楽しんでいる。
舞踏会くらいなら、気の向くままにふらっと遊びに来るので、たまたまこの場に居合わせたようだ。
「あら? そのピンク髪の娘、魅了の魔石を身に着けているようね」
ギネヴィアはつつつとジュリエットに寄ると、その首元からさくっとペンダントを奪った。
パキンと小さな音を立ててピンク色の魔石が割れ、小さな赤黒い魔法陣が現れる。
「この国では、魅了魔法はNGじゃなかったかしら?」
「ささささ左様でございます!
娘!!
これはどういうことだ!?」
国王がギネヴィアに揉み手をしつつ、ジュリエットにキレた。
すかさず衛兵がジュリエットをねじ伏せる。
「知りません!
ジュスティーヌ様の義弟のドニ君が『どんなイケメンでもコロコロっと落とせるお守りだよ』ってくれたんで、ずっとつけてたんです!」
じたばた暴れながらジュリエットは叫んだ。
魅了の効果が切れたせいか、アルフォンスはそのへんにへなへなとうずくまっている。
「貴様ぁ!
せっかく跡取りに据えてやったのに、どういうつもりだ!?」
公爵が、一人娘のジュスティーヌを王家に嫁がせるため、養子にしたドニの胸ぐらをひっつかんだ。
「あ、義姉上が婚約破棄されれば、僕が義姉上と結婚できるって思ってええええ」
美少女と見紛う小柄なドニは、ぶんぶんと揺さぶられるまま答える。
「腹黒ショタっ子が、大好きな義姉の婚約をぶっ壊そうと下剋上ヒロインに無自覚ハニトラかけさせたパターンですか。
よくある展開ですわね」
恋愛小説にも造詣が深いギネヴィアは納得したように頷くと、まだ呆けているアルフォンス、展開についていけずに固まっているジュスティーヌ、じたばたしているジュリエットをんじーと眺めた。
子供がアリの巣を観察するような視線で、国王以下ぞわっとする。
「そういえば……
恋愛小説では、知性教養美貌血統すべてが揃っているけれど感情をあまり見せない『悪役令嬢』タイプと、家格の低い家で野放図に育って貴族らしいことはなんにもできない『下剋上ヒロイン』タイプの令嬢が恋を争うことが多いけれど。
結局、殿方はどちらのタイプが好きなのかしら」
ギネヴィアが誰にともなくに問う。
「……読者には圧倒的に『悪役令嬢』タイプが人気と見ますが。
殿方はやはり『下剋上ヒロイン』をお好みなのでしょうか……」
答える者がいなかったので、当事者のジュスティーヌが、戸惑い気味に答えた。
ギネヴィアは、きらんと眼を光らせる。
「でも、今回は魅了のせいで発生した婚約破棄でしょう?
この際、実験してみましょうか」
「「「「「実験!?」」」」」
国王、公爵以下周囲の者がぶったまげる。
「王太子が正気を取り戻したら、あなたがよいのか、ピンク髪がよいのか、改めて選ばせるとか……どうかしら」
ギネヴィアはジュスティーヌに問うた。
婚約破棄されたてのジュスティーヌに訊くことではないが、龍帝ギネヴィアは人の理を超えた存在。
気さくでおおらか、たまに斜め上にお茶目だが、人間ごときの事情にいちいち忖度しない。
「龍帝陛下、恐れながら申し上げます。
それでわかるのは、アルフォンス殿下個人の好みかと。
『殿方全般の傾向』をお知りになるには、独身の貴公子をたくさん……たとえば1000人以上集めて、『悪役令嬢』タイプと『下剋上ヒロイン』タイプの令嬢を複数呈示して、どちらが良いか問われるしかないと思いますが……」
ジュスティーヌは淡々と進言する。
「まあ! それは面白そうね!
無憂宮のイベントとして行えば、各国の交流にもなるし。
どういう結果になるかしら……とっても楽しみだわ!」
テンションを上げるギネヴィアの足元に、どーんと金色の転移魔法陣が出現した。
お約束の無詠唱だ。
「この3人、客人としてわたくしがお預かりしますね。
『実験』の詳細を詰めたら、改めて告知いたしますわ」
ギネヴィアは、「え?え?え?」とおろついている国王に告げると、さくっとジュスティーヌ・ジュリエット・アルフォンスを攫って無憂宮へと転移していった。
「「ジュジュジュジュリエットォォオオオ!?」」
人混みをかき分けてようやく現れたフォルトレス男爵夫妻が愛娘の名を叫んだが、色々遅かった。