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今が『あの頃』になっても  作者: NeRix
本編 第一部
9/71

第八話 七月二十五日 【敬吾】 昼下がり

 白い雲が流れている。

オレは形が色々変わるのを眺めてスズを待っていた。


 あれはワニに似てる。あっちは・・・イルカ?

スズ・・・まだかな。

 何時にって言ったっけ?・・・

言ってなかったかな?

「看板で」ってはたしか言った。


 「し・・・ふる・・・くり。やっぱりわかんない」

この看板、やっぱり読めない。


 山を挟んだY字路を右に行くとオレの家、左に行くとスズの家に着く。

交差点には大きな緑の看板があるけど、もう文字が剥げて何が書いてあるかはわからない。

でもスズとの待ち合わせの時は「看板で」と言えば通じるから便利だ。


 木も多いから日陰ができていて夏場でも割と長い時間待てる場所。

風もいくらか涼しいので気持ちがいい。


 「あ・・・来たか」

地面を踏み鳴らす足音が聞こえて、振り返るとスズが歩いてくるのが見えた。

 

 この大鳥沢は、道路が舗装されているところとされていないところがある。

県道の近くで車が多く通る場所はしっかりしてるけど、オレとスズの家はその先は山だから地面はそのままだ。



 「ケイゴ君お待たせ」

スズは笑顔のまま近付いてきた。

 「そんな待ってないよ。じゃあ、行こうか」

「うん」

二人で歩き出した。

 まっすぐ進むと、途中で山に続く道が見えてくる。

そこを行くと水神の沼、家からだと歩いて大体三十分くらいの距離だ。


 「さっきね、この時間珍しくねんちゃんがいたの」

スズがオレの手を掴んできた。

繋いで行こう・・・。


 「あの猫、行動範囲広いからな。ハルカんちの方でも見たことあるって言ってたぞ」

「ねんちゃん」は、スズの家で飼っている猫の名前だ。

スズとハルカにはかなり懐いている。


 オレのことは、触らせてはくれるから嫌われてるわけじゃないけど、態度は違いがあるみたいだ。

 亡くなったスズのお母さんが拾ってきた猫で、本当は「カムパネルラ」って名前を付けられている。

 小さい頃のスズは、まだ舌足らずで「カムパネルラ」がうまく言えなかった。

だからその頃から言いやすい「ねんちゃん」って呼ばれている。


 「普段は山に遊びに行ってるんだと思う。よくわかんないけど、ご飯の時間には必ず帰ってくるんだよ」

たくさん遊べばお腹も空く、猫も人も同じなんだな。



 「おーいスズー、ケイゴー」

山道が見えてきたところで、ハルカの大きな声が聞こえた。

あ・・・コースケも一緒にいる。


 オレ、スズ、ハルカはこの道から来た方が早くて、アラタ、カエデ、コースケは反対の道を使った方が早い。

コースケは、昼に帰らないでハルカと一緒にいたみたいだ。



 二人と合流して、四人で沼に行くことになった。

アラタとカエデはもういるのかな?


 「スズは日焼け止め塗ってないの?」

「えー、塗ってないよ」

「そうなの?じゃあ出てるところはやったげる」

ハルカは日焼けをするのが嫌みたいだ。

夏はいつも薄手だけど長袖を着ていて、必ず日焼け止めを持ち歩いてる。


 「ん・・・くすぐったいからもういいよ」

「ダメだよ、カエデだってちゃんとしてるんだから」

焼けるのそんなに嫌なのかな?



 「はい、おしまい。行こうよ」

スズの日焼け対策が終わった。


 「ていうか、ここって日陰だから大丈夫だよね?」

スズが空を見上げた。

 「紫外線舐めちゃダメだよ」

「舐めてはいないけど・・・」

山道は昼間なのに薄暗い。

セミの声もさっきの道より増えて騒がしくなっている。



 「やっぱりこの辺は綺麗にしてるよね」

コースケが歩きながら山道を見回した。

 「この前の日曜日じゃなかったっけ。小雨だからやったんでしょ」

先月まではかなり草が伸びていたけど、最近大人たちがこの辺りを草刈りしたから歩きやすくなっている。

 そういや、うちのお父さんも行ってたな。

オレも大人になったらやんなきゃいけないっぽい。


 「スズんとこは千円払ったの?」

ハルカが振り返った。

 「うん、日曜日が一番忙しいから休めないもん」

草刈に参加できない家は、区長にお金を払うらしい。

なにに使われるのかはわからない・・・。


 「あれさ、みんなが千円払って誰もやんないってなったらどうすんだろ?」

「そのお金でやってくれる所に頼むんじゃない?」

「ああ・・・コースケは頭いいわね」

「いや・・・他に考えつかないし・・・」

たしかにそうするしかないな。

 まあ・・・まだ大丈夫だろ。

それより・・・。


 どこかに虫がいそうな木は無いかな・・・。

少し外れたところにクヌギの木が見えた。

カブトかクワガタがいないか見に行きたい・・・。

 でも、ハルカが怒るだろうから我慢しないといけない。

・・・遠くが見えるようになれば虫も探しやすいのにな。



 緩い坂を登ると、開けた場所に出た。

・・・水神の沼だ。


 「はあ・・・とうちゃーく。あたし久しぶりだけど、ちゃんと水神の石もあるね」

「やっぱりここは水が澄んでて綺麗だね。中に生えてる植物も見えるしさ。あ、みんな知ってる?冬になるとたまに鳥が来てるんだよ。僕見たんだ」

ハルカとコースケが先に沼へ近づいた。

 へえ、鳥か。

なら冬にスズを誘って見に来ようかな。

・・・ちゃんと約束して。


 「ここがそうなの?」

沼の向こう側から声が聞こえた。

アラタたちかと思ったけど違う・・・大人の男と女がいる。


 「あれトオルさんじゃない?」

「あ・・・本当だ。わたし久しぶりに見たよ。女の人と一緒にいるね」

ハルカとスズが、男の正体に気付いた。

たしかに・・・アラタの兄さんだ。

水神の所に来るなんて珍しいな。


 ・・・一緒にいる女の人は誰だろう?

見たことない人だ。


 「僕はたまに会うよ。もう使わない高校とか大学の教科書をくれるんだ。大学って教授が書いた本を教科書にしてたりするんだって」

コースケはすぐに気付いたみたいだ。

昔からトオルさんと仲良かったからな。


 「お、みんなもう来てたか」

「お待たせ」

アラタとカエデの声が背中に当たった。

とりあえず全員揃ったな。


 「あー、今回はアラタたちが遅刻。あたし言われたばっかなんだけどなー」

「う・・・なんだよ」

「待ってはるちん、まだ時間過ぎてないよ」

「そうなんだ・・・まあいいや。で、トオルさんはあそこで女の人と何してんの?デート?」

ハルカが向こう側の二人を指さした。


 「わかんない。でも、きのう大学の先輩と大鳥沢を調べるって言ってたからそれかな」

「なに調べてるんだろ。でもみんなでいるときに会うのはいつぶりかな?僕たちが一年生の時くらいだよね」

「そうだよ。兄ちゃんはあの事件で俺たちとあんまり遊んでくれなくなったからな」

トオルさんは仙台の大学生だけど、中学校くらいまではオレたちとよく遊んでくれていた。

たしかに事件があってからはそうだな・・・。


 「兄ちゃん調子に乗りやすいからな。傘でパラシュートの真似して足の骨を折って・・・危ないからってみんな心配したのに」

アラタが、スズを見ながら話し出した。

ああ・・・わざとか。

 「あはははは、わたしその話ダメ。思い出すとおかしくて・・・」

スズがお腹を押さえて笑い出した。

何年経ってもこうなるな・・・。


 「・・・確かにあれは事件だったわね。さすがにやばいと思って、あたしが走ってうちのお父さん連れてきたんだから。何があったか聞いたら大笑いしながら来たけど・・・」

ハルカはスズを少し引いた目で見ていた。

 「おい大丈夫か?って笑いながら聞いてたんだもん。あはははは」

スズの笑い声が大きくなった。

ハルカはそういうつもりじゃなかっただろうけど・・・。


 「敵兵にやられましたって言いながら救急車に乗っていったよね」

コースケが追い打ちをかけた。

こっちはわざとだな。

 「はあ・・・はあ・・・あはははは・・・はっ・・・はあ・・・あはははは・・・」

スズはもう呼吸がうまくできなくなってる。

みんな殺す気かよ・・・。


 「兄ちゃんのせいで、あの日の夜すぐ区長たちが集まって会議したんだよな」

「パラシュートごっこは禁止になったよね」

「ハルカの父ちゃんは、うちに来るたび兄ちゃんに戦争はもう終わったのか?って聞いてるよ」

別にトオルさんは悪い人じゃない。

ハルカの兄さんがバイトを探しているときも紹介してあげたりしたらしい。


 「こんにちはー、そっち行くねー」

女の人がオレたちの方に手を振ってきた。

・・・スズの笑い声で気付いたみたいだ。



 「やあ子どもたち、トオルお兄さんだよ」

トオルさんがいつもとは違う声を出した。

横の女の人を意識してるな・・・。


 「トオルさんこんにちは。その人は誰?」

コースケが一番最初に挨拶した。

・・・オレもお姉さんの方が気になる。


 「あれ・・・アラタ君から聞いてなかったのかな。俺たちは、今日から大鳥沢の調査を始めたんだ。で、この人は大学院のナツミさん。トオルお兄さんは助手ってわけだ。ん?スズちゃん、そっち向いてどうしたの?」

「・・・」

スズは後ろを向いてしまった。

さっきの話と、今の態度で耐えきれなくなったみたいだ。


 「こんにちは、私はナツミっていうの。仲のいい子どもたちがいるってトオル君からは聞いてたんだ。ふふ・・・みんなかわいい。一ヶ月くらいこの辺をうろうろしてると思うからよろしくね」

ナツミさんがオレたちの顔を順番に見てきた。

 綺麗な人・・・。

トオルさんよりは年上だろうし、すごく落ち着いた雰囲気の女の人だ。


 「ケイゴ君とカエデちゃんの二人とは久しぶりだね。俺のこと忘れてない?」

「今、兄ちゃんの話してたんだ。骨折した時のこととかさ」

「・・・アラタ、ちょっと来い」

トオルさんは急に優しい声をやめて、顔も険しくなり、アラタを離れたところに連れて行ってしまった。


 「あー、アラタ君が・・・戦争に連れてかれた。あははは」

・・・もうほっとこう。



 「兄弟で仲がいいんだね。私は一人っ子だから羨ましいって思うんだ」

ナツミさんがオレたちに笑顔を向けてきた。

・・・初めて会った人と残されるのは気まずいな。

 大鳥沢の人とはどこか違うし・・・。

でもトオルさんが戻るまでなんとか繋がないといけないっぽい。

 

 「ねえ、トオルさんとナツミさんはどういう関係なの?まさか恋人?」

スズがみんな気になっていることをいち早く聞いた。

いつの間に落ち着いたんだろう・・・。

 「そういうんじゃないよ。さっき言ったけど、私は大鳥沢の歴史みたいなものを調べに来たんだ。でも土地勘がないからこの辺出身の人を大学の掲示板で募集したの。そしたらちょうどトオル君が来たってだけよ」

ナツミさんは微笑んで答えてくれた。

余裕のある話し方だ、それでいて優しい。


 「助手って、トオルさんは何をするの?」

「そうね・・・古い言い伝えのある場所をピックアップして、案内してもらったりとかかな。あとは私がやりやすいように細かい仕事を頼んだりとかね」

なるほど、まさに助手って感じだな。


 「みんなにもお話を聞くことがあるかもしれないからその時は協力してね。ちゃんとお礼はするから」

「ナツミさんくらいの女の人っていないから、なんかあたし緊張するなあ。知ってることだったら教えてあげるけど」

ハルカは少し照れている。

オレも緊張するかも・・・。


 「じゃあさっそく聞きたいんだけど、ここの水神の由来とか知ってる人いないかな?」

「ごめんなさい、僕たちもわからないんだ。何百年もあるってことくらいかな。親に聞いたことあるけどわからないって」

コースケが申し訳なさそう顔をした。

オレもここのことは、いつからあるのかなんて由来はわからない。


 「やっぱりそうなんだ・・・気にしないでね、すぐにわかったらおもしろくないもの。でも、これはたくさんの人に聞き込みをしていかないといけないわね」

「なら、まずは区長さんに聞くのがいいと思う。トオルさんなら家も知ってるし」

カエデも話に入ってきた。

・・・初めて会った人に自分から行くなんて珍しいな。

多分顔を赤くしてるだろうけど・・・。


 「ありがとう。あとで彼に案内してもらうね」

「あたしたちも自由研究でよく外にいると思うから、いっぱいお話しできると思うよ。こっちは調査じゃなくて、地図を作るんだけどね」

「なるほど、地図ね。楽しそう、詳しく教えてほしいな」

ナツミさんはずっとニコニコだ。


 子どもの話でも真剣に聞いてくれる。

それに質問を流さないでしっかり答えてくれるからいい人なんだろうな。



 「ナツミさん、すいませんお待たせしました」

「・・・」

仲のいい兄弟が戻ってきた。

アラタ・・・ちょっとふてくされてる。


 「あら早いわね。もっとこの子たちと話していたかったんだけど・・・。あ、そうだ、みんなのお名前を教えてもらえる?」

名前・・・そういやまだ言ってなかったな。


 「俺が紹介しますよ。まず、ケイゴ君にスズちゃん、背の高い子がハルカちゃん、隣がコースケ君とカエデちゃん。で、これが弟のアラタです」

トオルさんが勝手にやってしまった。

別にいいけど・・・。

 「ちゃんと覚えるようにするね。じゃあまたねー」

ナツミさんは爽やかに手を振った。

 やっぱりここの人と少し違う。

でも何が違うんだろ・・・雰囲気?



 「ナツミさんて、なんか素敵な人だね。あたし憧れるな」

「トオルさんもあんな美人の助手ができるなんていいよね」

ハルカとコースケが離れてく二人の背中を見つめた。

・・・たしかにそうだ、正直羨ましい。


 「美人の助手・・・なにコースケ、羨ましいの?心配しなくても、あんたは今日からあたしの助手にしてあげるよ」

「えっ、助手・・・なんかそれやだ。やらないよ」

「一緒のチームでしょ?あんたは助手、あたしが呼んだらすぐに来る。お願いしたらすぐにやる」

「・・・僕は助手なんかやらないからね」

あれだけ必死で否定してるから、よっぽど嫌なんだろうな。

ていうか、今までもこんな感じだったから、助手になろうとどうだろうとあんまり変わりなさそうだ。


 「わたしも憧れるな。なんか本当に大人のお姉さんて感じで・・・いくつなんだろう?聞いとけばよかった」

スズも二人の背中を見ている。

 ・・・なんとなくだけどスズに似ているような気もした。

きっと大人になれば、あんな感じになるんじゃないかな。

 

 「よし、兄ちゃんたちも行ったし、水神の前で写真撮ろうぜ」

黙っていたアラタが、元気を取り戻した。

三脚とカメラを家から持ってきていたみたいだ。



  オレは一番最初にカメラの前に移動した。


 「みんな水辺に立って、水神が真ん中になるように並んでみて」

ハルカがカメラの位置を合わせてくれている。

写真好きだって言ってたからな。


 「じゃあオレここ」

オレは撮った時に、水神の石の左に立った。

 「わたしはここ」

スズがオレの右に並んだ。

 「俺はここ・・・」

アラタは石の右。

 「じゃあ僕アラタの隣」

コースケも決まった。


 「カエデ、あたしも入ってみるからみんな写るか見てて」

ハルカがこっちに来て、コースケの隣に並んだ。

じゃあカエデはスズの横かな。


 「あれ・・・誰かな?」

カエデがオレたちのずっと後ろを指さした。

・・・また誰か来たみたいだ。

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