第六十七話 八月二十六日 【敬吾】 夏休み最後の約束
「おはようケイゴ君・・・」
リンが目を覚ました。
ちょっと腫れてる・・・。
『ケイゴ君・・・今夜は一緒にいてほしい・・・』
きのうの帰り、リンからお願いされた。
『うん、一緒にいるよ』
オレも事情を知らない家族といるのはなんか嫌で・・・。
悲しみがわかる者同士でいたくて・・・泊めてもらった。
『もっと・・・色んなこと言ってあげたかった・・・』
部屋で二人きりになると、リンはずっと泣いていた。
隣の部屋のナツミさんには聞こえないように・・・静かに・・・。
悲しい、寂しい・・・こういうの辛いな。
色々うまくいったのに・・・。
いや・・・オレが暗くなっちゃダメだ。
リンが笑顔でいられるように・・・約束したからな。
◆
「ふー・・・ケイゴ君、泊まってくれてありがとう」
二人で顔を洗った。
当然だけど、まだ暗いな・・・。
「少しは・・・落ち着いた?」
「うん、少しだけ。だって・・・まだねんちゃんの言葉はわかるから」
「あ・・・そっか」
オレも窓の外を望遠鏡で覗いてみた。
・・・まだ力は使えるみたいだ。
「沼に・・・いるんだよね・・・」
リンが寂しそうに下を向いた。
そう・・・まだいる。
「また一緒に遊んだり、お菓子作ったりしたいな・・・」
「信じるって約束しただろ?オレもなにかいい方法がないか考えるからさ・・・そうだ、キクはリンのパンケーキが食べたいって言ってた」
声に出して、ちょっとだけ後悔した。
今日、二人で持って行くはずだったのに・・・。
急すぎるよ、キク・・・。
「パンケーキ・・・うん、わたしも信じるって約束した。諦めたら嘘になる・・・でも、寂しいのはどうしたらいいんだろう・・・」
明るくしようと思ったけど、余計暗い顔にさせてしまった。
参ったな・・・。
◆
「二人ともおはよう。・・・ケイゴ君、朝ごはん食べてってね」
おじさんが暗い顔で洗面所に入ってきた。
元気無い・・・仕方ないけど・・・。
「あの・・・ナツミさんは?」
「ああ・・・お世話になった人とかにあいさつしてくるって朝早くに出て行ったんだ」
あの人も今日出て行く・・・。
「そうなんだ・・・」
「洗濯して・・・しっかり干してったみたいなんだ」
「今日は・・・しなくていいのに・・・」
二日連続で大事な人と離れることになってしまった。
「とりあえず三人で待ってようか」
おじさんがオレたちの背中を教えてくれた。
本当にいなくなるのか・・・。
本物の家族みたいな感じだったんだから、離れないでここにいればいいのに。
◆
「戻りましたー。・・・あら、ケイゴ君も起きたのね。おはよう」
ナツミさんが元気よく帰ってきた。
「あ・・・おはようございます」
「なんか暗くない?きのう夜更かししてた?」
「別に・・・」
いつもと違う・・・。
無理に明るくしてるって感じだ。
◆
「リン、片付けようか」
「うん・・・」
朝ごはんを食べ終わった。
食卓は「いただきます」と「ごちそうさま」だけで、かなり気まずかったな・・・。
「・・・ケイゴ君、ちょっといい?」
ナツミさんが手招きしてきた。
片付け・・・いいのかな・・・。
◆
「聞いたよ、課題に見事合格だね」
ナツミさんと一緒に庭に出てきた。
「うん・・・うまくいった。ありがとうございます・・・」
「よくできましただね。・・・これで、私がいなくなってもあなたがいるから心配ない」
「あ・・・」
いなくなってもか・・・。
「ねえ、本当に今日出てくの?」
オレはナツミさんの目をしっかりと見つめた。
「・・・まあ、そういう話だったしね」
顔は・・・「そうしたくない」って感じだ。
カエデに協力してもらえれば、本当はどう思ってるかすぐわかるのにな。
「ナツミさんもいた方がいいよ」
「・・・大丈夫だよ。それよりさ・・・きのうの夜、あの子ずっと泣いていたでしょ・・・なにかあった?」
「え・・・気付いてたんだ・・・」
「そりゃね・・・」
妹のことに関してはとても敏感なんだな。
でも・・・。
「ごめんなさい。事情は話せない」
「・・・わかった。じゃあ、あなたが支えてあげてね」
ナツミさんは寂しそうに笑った。
普段ならオレが話すまで諦めなさそうなのに・・・。
◆
「ナツミさん、もうすぐトオルさんが来るんでしょ?荷物まとめるの手伝うよ」
リンが庭に出てきた。
後片付けは終わったらしい。
「・・・ありがとう、スズちゃん」
「別に・・・忘れ物したら戻るの大変だろうし」
リンはナツミさんと初めて会った日よりもよそよそしい。
それにもう「お姉ちゃん」じゃないんだな・・・。
名前で呼ばれた時、その一瞬だけナツミさんは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
当てつけって感じではなかったけど、いつも通りに呼んであげればいいのに・・・。
◆
「ケイゴ君・・・」
おじさんが不安そうな顔で話しかけてきた。
なんだろ・・・。
「どうしたの?」
「ナツミちゃんのことなんだけどさ、おじさんとリンはここにいてほしいって思ってるんだ」
見てればわかるけど・・・。
「まあ、そうだよね」
「彼女もそう思ってるような気がするんだけど、たぶん遠慮して言えないんじゃないかと思ってさ。・・・ケイゴ君ちょっと聞いてみてよ」
オレは自分が口出しできる立場じゃないから何も言えない。
だけど、もやもやしていた。
遠慮してるのは三人共だ。
「今までと同じようにしたい」って、誰かが言えば解決する簡単な問題じゃないか・・・。
「実はさっき聞いてみたんだ」
「え・・・なんて?」
「口では出て行くって言ってたけど、顔は寂しそうだったよ」
「どうしたらいいかな・・・」
おじさんはおどおどしている。
・・・弱気だな。
好きな人のためにイタリアまで付いてった人にはとても見えない。
「おじさんがちゃんと言えばいいんだよ。遠慮しないでって言ってもしちゃうだろうから、こうなってほしいってしっかり伝えれば・・・もしかしたら」
「そうだよね・・・こっちからだよね・・・」
おばさんに声をかけられなかった時の状態なのかな?
今度はさすがに付いて行くわけにもいかない。
だから、家を出る前までに気持ちを伝えてあげてほしい。
◆
「お邪魔しまーす。ナツミさーん、迎えに来ましたよー」
昼前にトオルさんが現れた。
けっこう遅めの時間にしてたんだな・・・。
「ありがとうトオル君。車のトランク開けてもらっていい?」
「はい」
「オレも手伝うよ」
「ありがとうケイゴ君」
オレは目の前にあった鞄を持ち上げた。
ゆっくり運ぼう・・・。
「仙台だし・・・店に行くついでに送ってもよかったけど・・・」
おじさんが小さい声を出した。
堂々としてほしい・・・。
「大丈夫です。バイト代は払ってるんで、その分は働いてもらわないと。それに・・・私のために仕事に行く時間もずらしていただいていますし」
「そう・・・」
あ・・・今日は日曜だ。
店も忙しそうなのに、おじさんは無理したんだな。
◆
「・・・では、短い間でしたがお世話になりました。とても良くしてくださり、ありがとうございます」
ナツミさんが深く頭を下げた。
荷物はもう無い。
あとは、出て行くだけ・・・。
「まあ・・・うちは二人家族で部屋も空いててちょうどよかったから。な、リン?」
「・・・うん」
オレはずっとおじさんを見ていた。
まだ弱気な顔してる・・・。
「スズちゃん、なにか困ったら電話ちょうだいね。すぐ出るから」
「ナツミさんは忙しそうだし・・・わたしのわがままでそんなに電話できないよ。・・・ほら、もう出ないと」
リンは淡々と答えた。
感情が揺れないようにか・・・。
そういう性格だからな。
父親のおじさんにも欲しいものとか言わずに遠慮するし・・・。
「ナツミさんがいて・・・たくさん遊べた。ありがとうございます」
でも、顔を見れば逆のことを言いたいのはすぐわかる。
それはおじさんもナツミさんも気付いているはずだ。
「スズちゃん・・・もうお姉ちゃんて・・・呼んでくれないんだね・・・」
ナツミさんが泣きだしてしまった。
朝からの名前呼び・・・耐えきれなくなったんだろう。
「だって・・・わたしがわがまま言ったら・・・帰りづらく・・・なるんでしょ・・・」
リンまで・・・。
オレはおじさんに目で訴えた。
早くなにか言わないと本当に帰っちゃうぞ・・・。
「・・・」
しっかり目が合った。
けど・・・どうだろう。
「・・・ナツミさん、ずっとここにいてもいいんだよ」
おじさんが震えた声を出した。
言えたけど、任せるような・・・そんな弱い感じじゃ・・・。
「・・・いえ、やっぱり田舎は私には・・・合わないですし・・・でも、そう言ってもらえて嬉しいです・・・」
「お父さん・・・ナツミさん困ってるよ・・・」
「ごめんなさい・・・では、そろそろ・・・」
ナツミさんは背中を向けて玄関のドアに手をかけた。
ああ・・・行ってしまう・・・。
「・・・」
リンはオレにしがみついて泣いている。
顔を思いっきり押し付けて、声を殺して・・・。
「リン・・・お父さんはもう決めてるんだ」
おじさんがリンの頭を撫でた。
さっきまでの弱気な顔じゃなくなってる。
「ナツミさん、待ってくれ!最後に聞いてほしいことがあるんだ!」
「・・・」
ナツミさんは、ドアに手をかけたまま動きを止めた。
いいかも、その勢いで伝えてほしい。
「君はまだ若いから、今は一人でも平気かもしれない。でも、耐えきれないことがこれから出てくると思う。例えば、前に言ってた恋人と別れてしまった時とか・・・」
「・・・」
「だから・・・お父さんは、そんな時に帰ってこれる場所を君に作ってあげたい。辛いことを吐き出したり、一緒にお酒を飲んだり・・・ずっと考えてたんだ」
「・・・」
ナツミさんが振り返った。
「・・・」
スズも顔を上げて、涙目で二人を見ている。
「この子の・・・リンの本当のお姉ちゃんに、お父さんの本当の娘になってくれないか?苗字は花井になってしまうけど・・・お父さんはそうしたいんだ」
「・・・おとう・・・さん」
「これからもそう呼んでほしい。私の娘として、リンの姉として。・・・すぐにとは言わない、考えていてほしい。でも、君の部屋は空けておくよ」
「あの・・・私は・・・」
ナツミさんは大粒の涙を流している。
「お父さんとリンは君と繋がりがほしい」
「繋がり・・・」
「うん、家族になりたいんだ」
おじさんも娘のために色々考えて、調べていたんだろうな。
だから、ナツミさんは気持ちに応えてあげればいい。
「スズちゃんも・・・そう思う?正直に教えて・・・」
「うん・・・お姉ちゃんに・・・なってほしい。あとお姉ちゃんにも・・・リンて呼んでほしい・・・」
「・・・」
ナツミさんが涙を拭いた。
決めたんだね。
「お父さん・・・私、誕生日には・・・お父さんのおいしい料理が食べたい。・・・ね、リンちゃん?」
「・・・」
リンも涙を拭いた。
・・・オレの服で。
「お父さん、わたしも食べたい」
「じゃあ、またみんなにも集まってもらおう。さあリン、お姉ちゃんが出るよ。次に会えるのは二人の誕生日・・・五日後かな?」
「あさってには・・・来れる。だから・・・鞄は一つ置いてくね」
「じゃあ戻しに行こう。お姉ちゃん」
上手くいった。
みんないい所に収まったな。
「ごめんねケイゴ君。おかしなところを見せちゃって・・・あはは、朝ごはんの時から思ってたけど居づらかったでしょ?」
「ごめんね、今度リンちゃんの秘密教えてあげるから」
「え・・・お姉ちゃん、どれのこと?ダメなのはダメだよ」
照れ隠しに使われてるみたいだ・・・まあいいけど。
「あの・・・三人で話してていいよ」
オレは外に出た。
とりあえず、持っていかない荷物を降ろさないとな。
どれかわかんないけど・・・。
◆
「ケイゴ、まだかかりそう?」
トオルさんが車で前でソワソワしながら待っていた。
「いや、そろそろだよ」
中にいてよかったんじゃ・・・。
「仕方ないよな・・・。実は俺さ、ナツミさんにチャンスをもらってたんだ」
トオルさんが真剣な顔になった。
なんだ急に・・・。
「チャンス・・・どんな?」
「このバイトをするってなった時に告白したんだ」
「そうなの?」
「うん。そしたら、ここにいる間にアピールしてみてって。・・・今日返事が貰える」
そんな約束があったのか。
『・・・トオル君、今の話は減点ね』
あ・・・夏祭りで言われてたのってそういう意味か。
「じゃあドキドキだね」
「期待はしてるけど・・・そうでもないんだよね」
「え・・・なんで?」
「ここに泊まるってのを断らせればよかったんだ。近すぎる・・・バイト代は先に貰ってたけど、必要なくて呼ばれない日が多かったからな・・・」
トオルさんの声から元気が無くなった。
・・・ナツミさんを一人で見かけることが多かったのはそういうことらしい。
トオルさんには悪いけど、ナツミさんがここに泊まることになっていなければ、オレとリンは今の状態にはならなかったな。
「オレはトオルさんに感謝してます。ありがとうございました」
「は・・・なにが?」
この人がナツミさんを連れてこなければって想像すると怖いな。
・・・考えないようにしよう。
「オレは、ナツミさんにとても良くしてもらったので・・・」
「そう・・・」
「まだわかんないんだから元気出してよ」
「・・・この間ギンジがさ、ハツミちゃんと初詣行く約束したってはしゃいでたんだよね・・・腹殴っちゃったよ」
ていうか、まずはこの人に明るくなってもらわないといけない。
「あのさ、今日ダメでもまだチャンスはあると思うよ」
「なにそれ、気休め?たしかに大学では会えるけどさ・・・」
「いや・・・ナツミさん、ここに戻ってくるみたいだし・・・ご近所さんになるよ」
「え・・・」
トオルさんの目に光が戻った。
「だから、荷物は全部持っていかないんだって。それに、送り迎え毎日できるんじゃない?仙台まで、二人きりで毎日往復・・・仲良くなれるよ」
「へー・・・早く言えよケイゴくーん」
「頑張ってね」
「へっへっへ・・・」
これで・・・いいよね?
オレ、余計なことしてないよね・・・。
◆
「ケイゴ君、ありがとうね」
ナツミさんはまたオレだけを呼んで、これからのことを話してくれた。
「おじさんの娘になるの?」
「えーと・・・まだそこは決心つかないかな・・・。でも、そうなるかも・・・」
涙の跡・・・まだ残ってる。
「ゆっくり考えるといいよ」
「そうする・・・あ、そうそう・・・あの子の扱い方、これからもっと厳しく見るからね」
急に話を変えられた。
厳しくって・・・。
「そう・・・」
「悪いようにはしないよ。妹が幸せになるようにしたいだけ。それと・・・ここ以上が欲しくなったら、私に相談しに来なさいね」
ナツミさんの指がオレの唇に触れた。
・・・ここ?
「どういう意味?」
「じゃあまだ早いね」
「・・・ナツミさんが言ってた。オトナなコト?」
「あら・・・」
なんとなくわかるけど・・・。
「まあ・・・そういうこと」
「自分で言ったくせになんで赤くなってるの?」
「・・・とにかく覚えておいてね」
「・・・うん」
まあ、あまりにも締め付けられればリンからなにか言ってくれるだろうし、そんなに心配ないか。
「その話、お父さんにもしたんだよね・・・」
「さっき言ってたね」
「お父さんにさ・・・最低だねって言われちゃった」
ナツミさんは嬉しそうに笑った。
「傷ついたりしなかったの?」
「うーん・・・叱られたかったんだよ。本当に真面目な顔で・・・幸せだった」
「もうそういうことしない?」
「うん、絶対しない。お父さんと約束したもん」
それなら大丈夫だな。
◆
「じゃあ、ナツミさんも出たしオレも帰るよ」
リンのほっぺをつついた。
「お父さんもそろそろ出るかな・・・」
おじさんがリンの頭を撫でて、荷物を取りに行った。
二人とも笑顔・・・。
悲しいこと、一つ減らせてよかったな。
「ケイゴ君、明日の準備は早めにしないとダメだよ」
「大丈夫だよ。それに朝も話したけど、キクのこともちゃんと考える。なんか思いつきそうなんだよね」
「わたしも考えるよ。少し前向きになれたから」
「また明日な」
オレの中で、考えはもうまとまりかけていた。
しっかりした状態でリンに聞かせてやりたいから、今は黙っていよう。
◆
「はあ、夏休みも終わりか・・・。明日は午前中で終わるからまだマシだな・・・」
部屋に戻って準備を終わらせた。
持ってく者なんてそんなに無いんだよな・・・。
「あ・・・」
そういえば、もう・・・。
「これは剥がさないと」
オレは勉強机の椅子に座った。
『スズにちゃんと謝る』
一番古い付箋を剥がすと、その部分は色が変わっていた。
・・・満点以上の点数をもらってもいいな。
やっと捨てることができる。
でも、新しい約束ができた。
「ここがいい・・・」
同じ場所に新しく付箋を付けた。
『キクへのお礼に、リンのパンケーキを食べてもらう』
必ず剥がすよ。
キクが戻るのを待つだけっていうのはちょっと違うよな?
オレさ、とってもいいアイディアが浮かんだんだ。
それには、リンとオレが二人とも頑張らないといけない。
時間はかかるかもしれないけど、百年はかからないから楽しみにしててくれよ。
オレはアラタからもらった写真に強く誓った。
あとは・・・アラタだよな。
あいつはショックが大きかっただろうし・・・。
『お前とスズはそうじゃないだろってこと』
お前の言う通りだったよアラタ。
・・・辛いよな。
『その時は、ケイゴとここで農業やるよ』
あれはオレを励ますのもあったんだろうけど、キクがいる大鳥沢が良かったんだよな?
・・・今度はオレの番だ。
リンには悪いけど、明日からアラタが元気になるまでそばにいて話をしてやろう。
あの時、お前はそうしてくれたからな。
◆
「えーと・・・」
オレは机に貼ってある付箋を眺めていた。
まだいくつか残っているものがある。
『みんなに草野とハルカのことは黙っておく』
『コースケの隠れ家は誰にも教えない』
この二つももういらないな。
あとは夏休み中のものは無さそ・・・。
『夏休み最終日に、スズに手紙を届ける』
あった・・・。
「確認はやっぱり大事だな」
引き出しから預かっていた手紙を取り出した。
『この手紙を夏休み最後の日にわたしに届けてほしいの』
『忘れないでね。あと、必ず手渡ししてね』
もう夕方だけど・・・間に合うな。
これをリンに届ける。
きっと・・・待ってるだろうから。
手紙の中身が去年のことであったとしても、乗り越えた今、どんなことでもオレは受け入れられる。
それはこの夏に出逢った人たちや、みんながいたからだ。
色々な思いがこもっていそうな手紙・・・。
オレは大事にバッグに入れてスズの家へ走った。
◆
「花井さーん、郵便ですよー」
「あ、はーい」
オレの大切な女の子はすぐに駆けてきた。
これが夏休み最後の約束だ。
【敬吾】完