第五話 七月二十四日 【春香】 夜空
今夜は晴れていて星がよく見える。
三日ぶり・・・今日も会いに来たよ。
この深く濃い藍色の夜空に・・・あたしは恋をしている。
◆
「いったー・・・」
頭の後ろに衝撃があった。
またやっちゃった・・・ジンジンする・・・。
なににぶつかったのかな?・・・物干し竿だ。
夕方にお父さんから夜空を見るための双眼鏡を買ってもらった。
通信簿のご褒美、とってもいい気分だったのに・・・。
「んー、こういうの何とかならないかな・・・」
何かに没頭すると、関係ないものは見えなくなってしまう。
『そそっかしい子ね』
『気をつけなさいよ』
お母さんには何度も言われてるけど、全然治んないんだよね・・・。
『お母さんも似たようなもんだから気にするな』
お父さんは逆におおらかな人だ。
いつもお母さんには聞こえないように励ましてくれる。
この間は聞かれてたみたいで、言い合いになってたけど・・・。
「まあいいや、こぶとかできてないし」
あたしはまた双眼鏡を覗いた。
なにか嫌なことがあっても、夜空を見ているとなんとなく忘れられる。
まずは星座を追ってみたり、自分でも星をつないで形を作ったりしてるとあっという間に時間が過ぎて・・・これがいい。
そして星を眺めてもっと時間が経つと、宇宙の広さがあたしを抱きしめに来る。
大きすぎて少し怖いけど、それに包まれると夜空と一つになった気がして、もう色んなことがどうでもいい・・・。
・・・ああ、広いなあ。ジョバンニもこんな気持ちで乗ったのかな?
あたしにとっての幸せはこの時間だ。
そして、この素敵な世界をたくさんの人に知ってもらいたい。
あたしが夜空を好きになったのは、小さい時に読んだ「銀河鉄道の夜」の影響だ。
読み終わって夜空を見上げた時、「ああこんなに綺麗な風景があったんだ」って教えてくれたから・・・。
まあ、カムパネルラはいなくならないでほしかったけど・・・。
◆
『大人になったら写真家になって、風景や星空を撮って回りたい』
『そしてたくさんの人にあたしの見ている世界を知ってもらいたい』
夜空が好きになったおかげで、ぼんやりだけどやりたいと思うこともできた。
お父さんに話したら『中学生になったらカメラを買ってやる』って応援してくれている。
この双眼鏡も、お父さんなりに色々調べていいものを買ってきてくれたみたい。
『身の丈に合ったもんを・・・なんていう奴もいるけどな、やるならいいもんを使ったほうがいいんだよ』
貰う時に言われたけど、お父さんの顔を立てるために値段は聞けなかった。
そのかわり、何度もお礼を言ったけどね。
◆
そうだ・・・自由研究は、大鳥沢で星が見えるスポットを探そう。
たくさんの星たちを見ていたら、明日からのことが浮かんできた。
やっぱり、そういうのに連れてくならコースケだよね。
明日も迎えに来てくれるし楽しみだな。
頼めば・・・一緒に来てくれるよね。
断られても強引に連れてこ。
夜風が吹いて、顔を撫でていった。
今の風のせいかはわからないけど、薄い雲が星たちの顔を隠していく・・・。
・・・明日から夏休みだし、今日はまだこうしていよう。
今、あたしは夜空と一つだ。