第五十六話 七月二十五日 【きく】 感情
『うん、もう友達だよ』
『じゃあ一緒に遊ぼうよ』
やった、遊び仲間ができた。
姿を見せてよかった、話ができてよかった。
「・・・嬉しいのか?」
「当たり前でしょ。明日はお喋りするんだよ。えーと・・・カエデとコースケと。そのあとは何して遊ぼっかな・・・」
子どもたちが帰ったあと、私は現れた渡り神にさっきのことを話していた。
まさか六人が一緒にいるとは思わなかったな。
・・・感じの悪い子もいなかった。
「ふふふ・・・」
「・・・」
「なんか言ってよ」
「・・・」
まあいい、これからのことを考えるだけで楽しい。
毎日あの子たちと遊ぼう。
◆
「・・・消えたくなければ、役目は忘れるな」
渡り神が冷めた声を出した。
楽しい気分なのに・・・。
それくらいわかってるよ。
・・・ふふ、でも気分がいいから許してあげよう。
「はいはい、任せといてよ。・・・私ね、これからあの子たちともっと仲良しの友達になれるようにする」
「そうか・・・」
だからちゃんと反応してほしいんだけど・・・。
「あなたには友達いないの?」
「今の私には必要無いな」
「ふーん・・・寂しかったら私がなってあげるね」
「・・・好きにすればいい」
渡り神は少し戸惑っているように見えた。
「感情は薄い」って言ってたけど、照れてるのかな?
私みたいにもっと喜べば楽しいのに。
「感情はやはり人間と変わらないようだな。感覚はどうだ?」
渡り神のかぶってる外套が動いた。
「え・・・感覚?」
「今は季節で言うと夏、人間は暑いと感じる時期だ。どうだ?」
「ああ・・・」
そういえばみんな薄めの服だった。
私は・・・暑くない。
「そういうのは無い・・・かな」
「私はそろそろ旅立つが・・・調べたいな。・・・これをかじってみろ。匂いと味を感じるか教えてくれ」
渡り神は生えていた野草を私に投げてきた。
せめて手渡し・・・。
「匂いはわかるよ。きのうの夕方は人間の家から美味しそうな匂いがしてたのを憶えてる」
私は投げられた草をかじってみた。
「う・・・にがい」
すぐに吐き出したけど、口の中に嫌な後味が残って気持ちわるい・・・。
「味覚もあるのか・・・なぜだろう?・・・お前は他の神と呼ばれるものとは違う所が多いようだ」
「そうなの?」
「私がいない間、いろいろやってみるといい。戻ったら聞くことにしよう」
渡り神は立ち上がると同時に姿を消してしまった。
旅立ちか・・・。
「行ってきます」くらい言えないのかな?
あの人、よくわかんないんだよね・・・。
いつも勝手に話すだけだし、そのわりに自分のことはあんまり話さない。
それにこんなに私に構うのはどうしてだろう?
ああ見えてやっぱり寂しいのかな?
なんだか気になる存在ではある。
私が人間だった頃に会ったことがあるような・・・無いような。
貰った記憶も混在してるせいか、複雑な感情が湧いていた。
・・・落ち着いたら整理してみよ。
「あ・・・そうだ」
私は立ち上がった。
水脈を見ないといけないよね。
どうせ戻ってくるんだし、あの人のことはその時でいいか。
◆
「まあ、いつもやってることだけど・・・」
私は沼に近付いて水面を見つめた。
水源は私と繋がっているから感じられるけど、そこから先は実際に水に触れないとわからない。
「早く終わらそ・・・」
沼に手を入れると、感覚が流れる水のように水脈へと入り込んでいく。
「・・・いつも通りね。・・・ここから先は私の土地じゃないから見れない。一度戻って別の流れに沿って・・・」
沼の底にいた頃は、私と全部繋がっていたのに・・・ちょっとだけ面倒になったな。
全部見てくのは時間がかかるかも・・・。
ただ、貰った記憶によると、もっと位が上がればまた水脈とも繋がるみたいだ。
自由に動くために力を使っている分、役目のための力は少なくなっている。
今の私には、その分配ができるほどの力が無いってことみたい。
でも、いずれは動くことすら必要無くなるらしい。
土地に祀られた神はじっとしてるのが多いみたいだけど、私はそんなのやだな。
狭い土地だけど、役目以外は遊んで過ごすつもりだし・・・。
◆
「・・・変な場所は無し。まあ、嵐でもない限り大丈夫だろうけど」
やっと水脈の確認が終わった。
人間も困るだろうから、たくさん工夫して水を自分たちで守れるようになっている。
だから私なんかもう必要ないんじゃないかな?
とりあえずやること自体は簡単だし、役目なら続けるけどね。
・・・あとは何しようかな。
地脈とか風脈とかは「たまに見ろ」ってしか言われてないから今日はいいよね。
うーん・・・また色々見て回ろうかな。
面白そうなところがあったら、あの子たちを連れてってあげることにしよう。
それか・・・誰かの家に行ってもいいのかな?
もう真夜中だし・・・迷惑だよね。
うん・・・一人で遊ぼ・・・。
私は夜空へ飛び上がった。
・・・三百年前よりも見える星の数が少なくなってるな。
地上からの光が原因らしいけど、夜くらいみんな明かりを消して休めばいいのに。
◆
「この辺はお墓か・・・弔いは昔より手厚い感じね」
夜の墓地に入ってみた。
当然だけど誰もいない・・・。
◆
ここで遊ぶのはどうだろう?
私は適当な墓石に座って考えていた。
かくれんぼとか鬼ごっことか・・・何も出ないけど不気味か?
幽霊がいたとしても、彼らは私に逆らうことはできない。
でも死者はあの子たちにとってあまりいい存在じゃないよね。
この土地でそういうのがいたらすぐに流してしまおう。
「さて・・・もっと面白そうな所を探そう。ええと・・・木下さん?休ませてもらってありがとう」
私は座っていた墓石を撫でて、また空に飛び上がった。
なにもいやしないけど、礼儀は大事だよね。
◆
あの少し高い所にあるのは・・・
小さい社が見えた。
この土地に神は私しかいない。
だからあんなもの作ってもしょうがないのに。
水神を祀ったこともみんな忘れてるのかな・・・。
◆
百段はありそうな階段のある社に下りてみた。
階段はまばらで一人分の幅しかない。
・・・ここで遊ぶのも無しね。
ハルカ以外は転げ落ちたりしたら大変だ。
「ん・・・あれは・・・なんだろ?なんか光ってる」
見下ろすと、誰かが階段の下にいる。
「んー?」
私は目を凝らしてみた。
これはケイゴに渡した力、私なら指で輪を作る必要もない。
見ようと思えば簡単に見れる。
あれは・・・おばあちゃん?
暗い中小さい明かりを持って階段を見つめている人がいた。
・・・近付いてみよう。
◆
「やっぱり・・・いないわね・・・」
おばあちゃんは寂しそうに階段を見つめていた。
・・・こんな夜中に待ち合わせかな?
「ねえ・・・今年も迎え火を焚くの。だから、そろそろ帰ってきてください」
とっても優しい声が夜の闇に溶けた。
「・・・待っていますからね」
なにしてるのかな?
妖の類いでもなさそう・・・そんなのいないんだった。
・・・子どもでもないし放っておこう。
嫌な感じはしなかったけど、おばあちゃんじゃ遊んでも面白くなさそうだ。
「あ・・・そうだ、ハルカはまだ外にいるかな?」
会った中で一番背が高かったな。
きのうも星を見てたし、まだ外にいるかも。
みんなの居場所は、もう触ってるからすぐにわかる。
迷惑かなって思ったけど、行ってみるのはいいよね。
◆
私はハルカの家の庭に下りた。
静かだ・・・もう寝てるのかな?
見てみよ・・・。
◆
「えっと・・・ここね」
壁をすり抜けて、気配のある部屋に入った。
「・・・残念」
ハルカは布団に潜り込んで寝息を立てていた。
「んー・・・」
明日宿題っていうのをやるって言ってたから早めに休んだのね。
みんなもう家にこもってるみたいだし明日コースケとカエデと会うまで一人か・・・。
それなら・・・明日の準備をしようかな。
まずは川に行って、綺麗な石を探して・・・うん、楽しみ。
◆
「いいのが見つかりそう・・・」
河原にはすべすべした石がたくさん転がってた。
一番いいのを探そう。
「これは欠けてるからダメ・・・これは小さすぎてわかりにくいな」
ふふ、一人でも楽しいかも。
・・・こんなことしてたな。
色んな石をたくさん持ち帰って褒めてもらったっけ・・・。
『また綺麗なの見つけてきたね』
『うん、今日は四つもあったよ。すべすべだから触って』
『一番はこれだな』
『違うよ、こっち』
遠い記憶が顔を出した。
「出てくるな!!」
・・・親の顔なんて思い出したくもない。
もういいって思ってたけど、私を見捨てたからあの二人は許せない。
どうせもう死んでるし何もできないけど・・・それだけは忘れられない。
◆
「くだらないこと考えるのはやめよう・・・」
少し落ち着いた。
生きてるっては言えないけど、私はまだ存在している。
だから・・・これから幸せになればいい・・・。
◆
「ふふふ・・・私に見つかってしまったね」
少し下ると、真っ白で、すべすべで、手のひらくらいの石を見つけることができた。
こういうのがいいんだよね。
「これを・・・どこに隠そうかな」
明日は二人と宝探しをしよう。
きっと楽しいだろうな。
『きくちゃんが水神様でも同い年くらいだし、私は友達になるよ』
思い出すと笑顔になれる。
カエデと私はもう仲良しの友達だよね?
・・・他の子はどう思ってるんだろう?
みんな一緒だったら嬉しいな・・・。