第五十四話 八月二十四日 【春香】 一緒に
『ねえコースケ・・・それはまた今度話そう?できれば、また屋上で・・・二人で。その時はあたしの気持ち、ちゃんと話すから』
自分で言った。
だから・・・今日にする。
コースケの不安、あたしの気持ち・・・。
答えはちゃんと用意してある。
あとは伝えるだけ・・・。
◆
「この窓は、先生も気づかなかったことにしておく。それと・・・職員出入口のスペア、お前に貸す・・・失くすなよ?」
「いいの?あたしここ気に入ったから、勝手に来ちゃうよ?」
「・・・こういう経験は授業より大事だ。先生も昔、夜に学校のプールに忍び込んだりしてたからな」
あたしたちが屋上に入り込んでいたことにお咎めは無かった。
「セキュリティは全部解約されててよかったな。本当なら、お前たちが入った時点で警備会社に気付かれてる。そしたら大ごとになってた」
「あはは・・・」
「じゃあ、先生はもう帰るからな。・・・落ちるなよ?」
先生の責任になるから、絶対にケガをしないことを条件にお許しを貰った。
絶対っては言えないけど・・・。
「走り回ったりとかするわけじゃないから大丈夫。でも・・・気を付けるよ。ありがとう先生」
「・・・残り一点はどうだ?」
先生は「もう答えはわかってる」って顔をしてる。
さすがにごまかせないよね。
「もう見つけた。じゃあね先生」
「あっそ・・・。今日は一人か?」
「あとから来るの」
コースケと一緒には来なかった。
先に屋上に登って、一人で待つ・・・。
◆
五時のサイレンが鳴り出した。
あと少しで夜空が来る時間・・・。
『星が見える頃に屋上に来て。職員出入口は開いてるから』
先生の携帯電話でこれだけ伝えた。
でも必ず来てくれる。
夜空と一緒に・・・。
「どこまでもどこまでも一緒に行こう・・・」
ああ、いいな。
あたしの好きなセリフは、夕日に溶けて風に乗り、夜空へと昇る。
間違ってない、あたしの気持ちは・・・。
◆
「ハルカ、今日は一人なの?」
空を藍色の布が覆い、隙間から覗く光があとわずかになった頃・・・。
「珍しいね。いつもは二人なのに」
キクはなにか心配事が無くなったような・・・そんな穏やかな顔であたしの前にいた。
あ・・・かわいい。
お祭りでもないのに浴衣姿をしている。
「コースケを待ってるんだよ。キクは今日何してたの?」
「私はね・・・今、愛が生まれるのを見てきたんだよ」
「愛・・・映画とか?」
「・・・」
キクはただ笑うだけで答えてくれなかった。
でも、いいことがあったんだろうな・・・。
「ハルカとコースケもそういう感じ?」
「そうだなあ・・・キクには教えてあげる。あたしの気持ち」
言葉に、声に出してみたかった。
違和感が無ければ本物だ。
◆
「そうなんだ・・・私は素敵だと思う。新しい愛だね」
キクはニコニコしながら聞いてくれた。
「聞いてくれてありがと」
違和感もなかった。
だから、これは本当の・・・本物の気持ちだ。
「やっと出た答えなんだよ。コースケがそうじゃなくても、あたしは別にいいけど」
勝手だけどあたしの気持ちを伝えたい。
でも・・・受け取ってくれるともっといい。
「じゃあ二人きりの方がいいよね。私にも予定があるから」
「今から?」
「うん・・・気まぐれな私をずっと待ってる人がいる。・・・私も会いたい、だから行ってあげるの。この浴衣はね、その人が見たいって言ってたから・・・」
キクは笑顔で飛び上がって、浴衣をなびかせながらくるりと回ってみせてくれた。
やっぱりかわいいな。
いつもよりも・・・。
「キクはその人好きなの?」
「・・・うん、大好き。でも、どう思われてるかは聞いてない。私は人間じゃないから・・・きっとその人も、それはわかっているから・・・」
キクは不安そうな顔で笑った。
三百年と言っても、この子の中身はあたしたちと同じか少し年上なだけ。
神様だとしても色んな思いがあるんだろうな。
「じゃあさ、キクも新しい愛を探せばいいんだよ」
「・・・そうだね。でもなんだろう・・・これが切ないって気持ちなのかな?ちょっとだけ・・・辛いんだ」
キク・・・どうしたんだろう?
辛いならさ、あたしたちがいるじゃん。
「あたしはキクの力になりたいな。だから困ったら話してよ」
「・・・ありがとうハルカ。でもこの話は内緒だよ。・・・そうだ、ここに来たのはお願いがあったからなの」
今はあたしの力を必要としてないってことか。
でもいつか必ず助けになってあげよう。
「お願いってどんなこと?」
「明日、みんなで集まるんでしょ?私はちょっと行けないけど、夕方にみんなを沼に連れてきてほしいの」
「沼に?」
「うん、約束・・・してほしいんだ・・・」
キクはあたしから目を逸らした。
なんか変・・・。
でも、詳しく聞けない雰囲気がある。
「わかった。ちゃんとみんなに伝えるから・・・必ず行くからね」
「うん、呼び付けてごめんね」
「・・・キク、友達なんだからそんなこと気にしないでいいんだよ。あたしも来てほしかったら呼ぶし、呼ばれたら行くよ」
「あはは、そうだよね・・・。じゃあ明日、来なかったらお菓子一年分ね」
キクは明るい顔で二区の方に飛んで行った。
いつもと違うように見えたけど・・・思い過ごしかな?
それに待ってる人って・・・やっぱりアラタ?
『二人の間にある壁は案外もろいかも』
だったかな?
あの占い、割と当たってるからきっと大丈夫だよ。
ふふ、アラタ・・・水神に恋か。
キク、かわいい顔してたな。
初めて会った時より、あたしたち人間に近くなってる気がする。
顔が赤くなったり、目が潤んだり・・・神様もそういうもんなのかな?
◆
「ハルカ・・・いる?」
あたしの聞きたかった声が、夜空と共にやってきた。
ずっと・・・ずっと待っていた声だ。
「コースケ、早くこっちに来て。隣空いてるから」
心の準備のために一人で早めに来ててよかった。
あたしは落ち着いている。
キクのおかげもあって、お寺の時みたいにはならなそうだ。
「・・・」
コースケはあたしの隣に寝転がった。
なにも言わないけど、ぴったりとくっついてくれてる。
◆
二人で夜空を見ていた。
まだ言葉は生まれないけど全然気まずくない。
だけどそろそろ・・・。
どこから話そうか。
「・・・隠れ家のこと、秘密にしててごめんね」
コースケに先を越されてしまった。
あとで聞きたかった話だけど・・・。
「気にして・・・ないよ。あそこの欠点って・・・トイレがないとこだよね」
「え・・・ああ・・・カエデは我慢できなくて外でしてた時あったよ」
「そう・・・知らなかったのって本当にあたしだけ?」
「・・・ハルカだけ」
けっこうショック・・・。
隠し事されてるってこういう気持ちなんだね。
あたしも同じことしてたけど、自分がされると嫌だな・・・。
「なんであたしには秘密にしてたの?」
「・・・本当はみんなにも黙ってるつもりだった。一人になれる場所が欲しかったから」
「みんなと一緒は嫌なの?」
「そうじゃないよ。・・・原因はハルカかな。僕、ハルカにどう思われてるか考えてるって言ったよね?わからなくて、一人で考えてた」
・・・それなら仕方ない。
わかってる・・・あたしが原因でコースケは悩んでた。
この話・・・もっと教えてほしいな。
「コースケはさ・・・あたしにどう思われたいの?」
「実は・・・答えはまだ出てないんだ・・・。でも一緒にいたいって思ってる」
あれ・・・もしかしてコースケもあたしと同じなのかな?
すぐに出せる答えじゃないもんね。
あたしもあの雨の日、暗闇で一人ぼっちになってやっと見つけたから・・・。
「・・・じゃあ、あたしの話ね。草野とのこと・・・黙ってたでしょ?」
まずは、不安を全部無くしてあげないといけない。
「あ・・・やっぱり草野君のこと好きなの?」
「はっきり言っておくけど、全然違うからね。草野には一切興味ないもん。あたしは、自分より背が低くて弱虫の方が好きなの。引っ張ってもらうよりも、あたしが引っ張っていきたいから」
「弱虫って・・・ひどいな。でも・・・まあ、よく考えたらそうだよね」
思ってること、正直に言ったけど今のは余計だったかな?
でもこれは大事な話、全部隠さずに教えてあげないと。
「で、黙ってたのは・・・あんたにあたしを女の子って意識させたくなかったから・・・そういう話から遠ざけたかったんだよ・・・」
「・・・ハルカがお姉ちゃんはダメって言ったんだよ?四年生の終わりくらいから、なんかそれが変わってきて・・・」
コースケの声が低くなった。
・・・やっぱり憶えてたか。
仕方ない、今回こじれたのはあたしが全部悪い。
「あたしのせいでコースケを混乱させてたのはわかってる・・・ごめんね。あたしもうまく言えなくてさ・・・」
「・・・花火の前、あの女の子とはなに話してたの?」
「草野にちょっかい出すなって言われてたの。それで最後にコースケをバカにしたから怒った。でもね、イライラしてたのはあの子と自分が重なったからだと思う」
「重なった?」
「そう、あたしとあの子が。あんたがたまにあたし以外の人とかと話してるとイライラしたり、もやもやすることあるんだ・・・。実はカエデにも、ハツミさんにも・・・アラタにも・・・まあみんなかな」
自分もあの子と同じで、周りに嫉妬しているって気付かされた。
あたし以外と仲良くしてるのが気になる。
だけど自分はそれを直接言うことはできない。
『ねえ、草野君にちょっかい出すのやめてほしいんだけど』
でも、あの子ははっきりとあたしに言ってきた。
本気で草野が好きだからなんだと思う。
自分よりも、正直にそれを言えるあの子にも嫉妬した・・・。
「でも、それは恥ずかしくて言えないからちょっとコースケに当たっただけなの・・・」
「・・・ハルカは僕をどう思ってるの?女の子にそういうふうに思うのはわかるよ。勘違いだったけど、たぶん僕が草野君の話を聞いて思ったことと・・・同じだから。でもアラタにもそう思うのはどうして?」
あたしは一度、深呼吸をした。
ちゃんと言うんだ・・・。
「・・・あたしの・・・あたしだけのコースケなのにって・・・」
「え・・・ハルカ?」
あたしは答えなかった。
向こうから少し大きめの雲が流れてきている。
月を隠して、あたしたちの顔も隠してくれるのを待つ・・・。
◆
「・・・カムパネルラ」
準備ができた。
ここから本題・・・。
あたしが自分の心から導き出した答え・・・。
「カムパネルラ?」
「そう、やっとわかったんだ。これは恋なんじゃないかっても思ってた。でもおとといの雨の中・・・一人ぼっちになって気付いた」
これがあたしの気持ちだよ、コースケ。
「コースケには、あたしのカムパネルラになってほしい。弟でも男の子でもなくて、もっと特別な・・・」
「・・・んーと、ハルカはジョバンニってことだよね?」
「そう、でもお話と違うのは・・・あたしのカムパネルラはいつの間にかいなくなったりしないの」
「・・・」
コースケはきっと考えている。
だから、先に続きを話そう。
「あたしが嫉妬みたいな感情を持つのは、コースケがあたし以外の人といる時・・・。自分が置いて行かれたような気がして寂しくなってた」
「うん・・・」
「だから強引に連れだしたり、強く当たったり・・・でも二人でいる時は優しくしたり・・・いろんな感情があったんだと思う。だからどっちでもない助手を間に合わせにしてたんだよ」
言葉がどんどん出てくる。
キクに話した時以上だ。
「でも、助手も違った。・・・どこまでもあたしと一緒に行ってくれるカムパネルラ。コースケがそうなってくれたらいいなって・・・やっと答えが出たの」
これがわからなかった残りの一点。
『んーと・・・じゃあはっきり聞くね。ハルカちゃんは、コースケ君に恋愛感情を持っているのかってこと』
ナツミさんに弟か男の子かって話をされた時、最初はそうなのかなって思いもあった。
『そういうの気にするってことは、やきもちなんじゃない?』
言われてみれば当てはまってはいるけど、どっちでも無いような気もしてたんだよね。
今回、真剣に自分と向き合ってやっと本当の気持ちがわかった。
あたしは、お姉ちゃんとも女の子とも見られたくなかったんだ。
男と女、お姉ちゃんと弟・・・そういうのじゃない。
もっと特別な関係・・・。
本当の幸っていうのを一緒に探していきたい・・・。
「だから、コースケにはあたしのカムパネルラになってほしいの」
やっと言えた。
どう思ったかな?
もし、コースケがあたしを女の子として見てるなら・・・あたしはそれも受け入れるつもりでいる。
だって女の子として見せていた部分もあるからだ。
たとえば日焼けを気にしていたのは、コースケの好みに合わせていればあたしと一緒にいてくれる時間が増えるって感じたからだろうし。
そのために女の子っていうのを利用した。
「ハルカ・・・僕は自分の気持ちが恋なのか・・・まだはっきりわからない」
コースケはまだ答えを見つけていないみたいだ。
「でも、ハルカがジョバンニなら僕は一人ぼっちにしない」
「それって・・・」
あれ・・・違った?
「ジョバンニのそばには、カムパネルラがずっと一緒にいるよ。・・・これが僕の気持ち。でも、ハルカが僕を男の子として見たとしたら・・・それも受け入れる。だって・・・二人はどこまでもどこまでも一緒に行くんでしょ?」
コースケがあたしの手を握ってくれた。
あたしも握り返して、離れないようにしっかりと繋いだ。
「うん・・・一緒だよ」
これで・・・どこまでも行ける。
◆
「僕、草野君と友達になったんだよね」
コースケが夜空を見上げた。
あとからあたしが知って嫉妬しないように教えてくれたのかな・・・。
「別にいいと思うけど・・・ただ一番はあたしだからね?それでもう誰にも嫉妬しない」
「僕も・・・ハルカの一番?」
「当たり前でしょ」
心と言葉もちゃんと手を繋いでいる。
もう暗闇で一人ぼっちになることはなさそう。
「コースケさ・・・やっぱり陸上はやらないの?」
突然かもしれないけど、話を変えてみた。
せっかく二人きりなんだから、もっとずっと心を近付けたい。
だから、なんでも答えてほしい・・・。
「たぶん・・・。僕はハルカと一緒に行きたいから」
「なら、中学校に入ったらあたしと写真部を作ることになるけどいいの?」
「それなら部員がいるよね。陸上は・・・草野君に任せるよ。夏休み明け教えてくれって言われたし」
「ならあたしと来なさい。・・・でも考えが変わったら隠さずにちゃんと言ってね。あたしは怒らないから、これからは考えてることちゃんと言い合うようにしよ?」
「・・・」
コースケは、繋いだ手に力を入れることで答えてくれた。
じゃあ・・・もっと・・・。
「え・・・なに?」
「ん・・・あたしのってこと・・・」
あたしはコースケを抱きしめた。
色んな初めては・・・あたしが貰う・・・。
「僕も・・・いい?」
「うん・・・離さないでね」
思っていることを伝えるのはたまに怖いこともある。
だからそういう時、あたしはコースケを抱きしめてあげよう。
夜空はいつも、あたしにそうしてくれていたから・・・。
次回から三部となります。
三部は夏休み前日まで時間が戻り、水神キクの視点だけの物語になります。
キクが六人の子どもたちと過ごし、なにを思ってきたのか。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。