第四十三話 八月十八日 【耕助】 勘違い
はあ・・・気になってなんにも手につかない・・・。
今日見た夢は、ハルカとなにか言い合いをしていた・・・。
だから嫌な予感しかしない・・・。
・・・でも、逆もあるか?
夏祭りの夢はいいイメージだったのにあんなことになった。
悪い夢かと思ったら、実は違うってこともあるかもしれない。
・・・あの女の子は何だったんだろう?
戻るのがもっと早かったらわかったと思うんだけど、僕も捕まってたからな。
はあ・・・。
◆
『早くハルカの所に戻らないと・・・』
あの時、僕はすぐに戻れるはずだった。
『ねえキミ、運動会のリレーでアンカーだったよね?えっと、保阪・・・コースケだっけ?』
前から来た男の子に話しかけられた。
僕がアンカーだったこと知ってるから学校の人かな?
背も高いし・・・顔もかっこいい。
『えっと・・・僕?』
『そうキミ、走るの速いよね』
『別に・・・僕の前までの人が頑張ったからだよ』
『そんなこと言うなよ。かっこいいなって思ったんだ』
初対面だけど、君の方がかっこいいと思う・・・。
『えっと、宮沢とかと一緒に転校してきたんだよね?今日は、あのカッコいい・・・えーっと神咲?とかと一緒に来たの?』
『アラタは来てないよ、今日はハルカとだね。あの・・・僕、君の名前わからないや』
『ふーん・・・』
目の前の男子は、顎に手を当ててなにか考え出した。
・・・黙るのやめてくれないかな。
用が無いなら早く戻りたい。
『ごめんね・・・俺、草野って言うんだ。宮沢から何も聞いてない?』
『ハルカから?草野君・・・色別で一緒の人?』
たしかそんな名前だったはず・・・。
『そうそう、同じ紫。他には?』
『いや別に・・・』
『ふーん・・・なんだ、そういうことなら言えばいいのに・・・』
勝手に一人で納得してるぞ・・・。
・・・ああ、女の子たちが言ってたのを聞いたことある。
この人が草野君か。
『あのさコースケ、ちょっと一緒に話そうよ』
『え・・・待って・・・』
なにも言えずに腕を引かれて、奥の方に連れていかれた。
行く、行かないに僕は答えてない・・・。
『ここはわりかし静かだね。・・・花火が始まるまでに終わらせるからさ』
『・・・なんの話?僕、ハルカを待たせてるから早く戻んないと』
『俺、今日の花火大会に宮沢のこと誘ったんだ』
『え・・・』
けっこう驚いた。
そんな話、聞いてない・・・。
『宮沢は花火なんか行かないって言ってた。でもコースケがいたからだったんだね。・・・素直に言ってくれればいいのに』
『・・・なにが言いたいの?ハルカと僕になにかするの?』
それなら話は別、ハルカに近付かせないようにしないと。
なんならハルカを抱えて、走って逃げようと思った。
同い年で僕より速い人はそういないだろうし。
『大丈夫だよ。気にはなってたけど、もう宮沢のことはなんとも思ってない』
『・・・気になってたの?』
『少しね、けどしょうがないかなって。付いて来てくれる子には良くするけど、断られたからって逆恨みなんかしないし』
草野君はにっこり笑った。
・・・結構さっぱりしてる。
爽やかで嫌な感じは全然しない・・・モテそうだ。
『でも・・・それを僕に話してどうしたいの?』
『あ・・・ごめん。話したいのは宮沢のことじゃないんだ。保阪・・・いや、コースケのこと』
『呼び方なんてなんでもいい。結局なに?はっきり言ってよ』
『俺さ・・・コースケに興味あるんだよ』
草野君は照れくさそうに僕の目を見つめてきた。
なに言ってるの・・・。
『宮沢とよくいるのは知ってたけどさ、運動会で見てからずっと気になってたんだ。・・・かっこいいなって思ってた』
『かっこ・・・は?え・・・いや僕、男の子だし・・・草野君も男の子だし・・・』
『あはは、違う違う。変な意味じゃないよ。俺・・・コースケと友達になりたくてさ』
今のは普通に変な意味に聞こえたんだけど・・・。
んー、もうちょっと聞いてみよ。
『なんで僕と?』
『俺、女の子は周りに多いけど男でこいつは友達って奴いないんだ。それにさ、なんにも才能とか無いからコースケみたいに光ってるやつのそばにいたいんだよ』
・・・なんか口説かれてるみたいで気持ちわるいな。
でも・・・友達くらいなら。
『言っとくけど僕、図鑑とかそういうのを見るのが好きなんだけど、そんなのでもいいの?つまんないと思うよ』
『俺も好きだよ、最近は図書室で木の図鑑を見てる。あそこは女の子が付いてきてもうるさくしないから』
『梅の花と桃の花の違いって知ってる?』
『サービス問題じゃん。まず花びらだね、とがってるかどうか。あと梅は枝から直接花が咲く』
正解・・・気晴らしに図鑑を開いてるんじゃなさそう。
『まあ・・・僕でいいなら』
『やった、ありがとコースケ。そうだ、二学期になったら俺にも走り方教えてほしい』
『あ・・・うん・・・』
『じゃあ、俺も待たせてる子がいるから』
僕もハルカを待たせてたからすぐに戻った。
そしたら・・・ああなったんだよね・・・。
もっと早く戻れれば違ったのかな?
◆
「はあ・・・」
また溜め息が出てしまった。
なんか・・・色々考えちゃう。
草野君、慣れ慣れしかったけどそんなに悪い奴じゃなかったな。
・・・むしろいい人だった。
背は・・・ハルカよりも高かった・・・。
ハルカ・・・草野君に誘われてたって・・・。
もしかして、気になってたけど僕がいたから断った?
『え・・・あー・・・そうだなー・・・花火ねー。あはは』
流星群の時、花火のことを言ったらちょっと様子が変だったよね。
あれは気のせいじゃなかったってこと?
・・・もしかして、僕はハルカにとって邪魔なの?
ナツミさんの影響もあるだろうけど「助手」って呼ぶのも、僕はそのくらいってことだったりするのかな・・・。
『あんたに関係ない!』
・・・思い出すと苦しくなる。
話してた女の子のことだとは思うけど、かなり強く拒まれた。
僕の知らないところで何があったんだろう?
なんで教えてくれなかったんだろう?
『あなた、女の子みたいに背が低いわね』
・・・触れてほしくないところだった。
屋台のお姉さんに言われたときも落ち込んだのに・・・。
知らない人に言われるのは結構くるな。
『来年もあそこで見ようか』
あれは、ただ僕に気を使っただけ?
なんか態度も変だったよね・・・。
このままじゃ何もできないしハルカに聞いてみようかな?
・・・うん、確かめればいい。
僕の想像と違ってたら安心できるし、この変な気持ちも消える気がする。
ちゃんと聞こう。
僕はハルカにとって何なのか・・・。
『こーちゃんはね、あたしにとって・・・』
そんな昔の話じゃない!
今がどうか知りたい。
◆
僕は急いでハルカの家に向かった。
違ってなかったら・・・どうなるんだろ・・・。
僕の知らないハルカがいるかもしれない。
考えるとなんか辛いな・・・。
◆
とりあえず着いたけど、いるかな・・・。
途中から騒がしい排気音がずっと聞こえてた。
「ふんふーん・・・おっコースケか、ハルカは出かけたよ。静かなとこ探すって言ってたな」
庭にいたギンジさんが振り返った。
バイクをいじってて騒がしかったんだな。
鼻歌まじりで気分よさそうだし、姉さんとの夏祭りは楽しかったんだろう。
「ありがとう」
「おう、だーいけと仲良くやれよ」
「あ・・・うん」
僕はすぐに庭を出た。
静かなところでハルカが行きそうなところ・・・日陰があって・・・お寺だ。
◆
僕は古寺の階段を見上げた。
・・・いつもよりも長く感じる。
でも・・・行かなきゃ・・・。
◆
「あれ・・・もしかしてあたしに会いに来た?」
ハルカは境内の日陰に座っていた。
「なに?こっちおいでよ」
読んでいた本を閉じて、僕に手招きをしている。
行こう・・・。
「お兄ちゃんがガチャガチャいじっててうるさくてさ。ここなら静かだし、日焼けもしないし」
「うん・・・涼しいし・・・」
「そうそう・・・あのさ・・・あたし、あんたに言いたいことあったんだ」
ハルカが真面目な顔になった。
もしかして・・・やっぱりそうなのかな?
いや、その前に僕から聞きたい。
「僕もハルカに聞きたいことがあった」
「え・・・なんだろ・・・」
「花火の時、草野君と会って話したんだけど・・・」
「・・・」
ハルカの顔色が変わった。
・・・だけど何も言わない。どうして?
「ハルカを花火に誘ったって言ってた・・・本当?」
どっち?早く教えて・・・。
「・・・ほんとだよ。でも断ったんだけど・・・」
「僕・・・邪魔だった?」
「は?ちょっとなに勘違いしてんのよ・・・」
勘違い?
ならどう違うのかちゃんと教えてほしい。
「でも、僕が屋上で花火の話をした時・・・なんか変だった」
「いや、それはさ・・・」
「・・・草野君と関係あるの?」
「えっとね・・・」
ハルカの話し方が弱くなった。
やっぱりそうなの?
「・・・本当は草野君と行きたかったんじゃないかなって。・・・僕なんかより背も高いしかっこいいよね」
「え・・・」
「それだったら言ってくれればよかったのに・・・花火の前もイライラしてた」
思ってることを全部言ってみた。
苦しい・・・。
「あのさ・・・あんたバカじゃないの?そんなわけないでしょ」
「じゃあなんで僕に言わなかったの?話さないってことは、なにかあったってことじゃないの?」
なんか、強い言い方になってる気がする・・・。
このままじゃ夢と一緒になっちゃうかも・・・。
でも・・・ちゃんと答えてほしい。
「どうなの?」
「別にあんたに言う必要が無かっただけだよ。結局コースケと一緒に行ったじゃん」
僕が知りたいのは結果じゃない・・・。
「あの女の子とはなに話してたの?・・・僕の話?」
「・・・」
黙った。
ほら、言えないんだ・・・。
「それも、話せないんだね・・・。じゃあ浴衣の話は?僕が夏祭りのこと忘れてたらいいなって思って、自分から言わないようにしてたとか」
嫌な想像が、勝手に口から出てくる。
「しつこい!そんなんじゃないって言ってんじゃん!!」
・・・なんで怒るの?
なんで教えてくれないの?
「ほとんど答えないから聞いてるんじゃないか!」
「何なのよ・・・来てすぐ変なこと言い出して・・・」
「別に・・・ハルカが気になってる人いるなら、僕に気を遣わなくていいって・・・それだけ・・・」
「あんたに何がわかるっていうの?女々しい考え方して・・・女の子みたいなのは背だけにしてよ!」
「あ・・・」
ギリギリで保っていたものがバランスを崩し、倒れて粉々になった気がした。
「そっか・・・うん・・・」
そこに待っていたように悲しさが覆いかぶさり、僕を塗りつぶしていく・・・。
「僕・・・そうだよね・・・」
嫌な想像と夢は現実とぴったりと重なって、もう自分を保てそうにない。
だから・・・ここにはもういられない。
「・・・コースケ?あの、あたし・・・今のは違くて・・・」
「・・・最近考えるんだ。僕ってハルカにどう思われてるのかなって・・・。近頃は助手なんて呼ばれるし・・・。僕はコースケじゃなくて助手なの?」
「コースケ・・・あんたが思ってるようなことはないから・・・ね?あたしの話も聞いて・・・あ、待って!」
僕は階段を駆け下りた。
断崖、足元が壊れてきてる・・・。
安全なところに行かないと、走らないと・・・。
・・・わかってるよ、こういうの「逃げ出した」って言うんだ。
僕の足が速いのはこのためだったのかな?
ハルカ・・・追いかけてはこないみたいだ。
最後に見えた顔、泣いてたように見えた・・・。
読んでいただいてありがとうございます。
今までのお話で漢字の間違いがいくつかありましたので、そこだけ修正します。